第十三話 僕、卒業します
一千万の小切手を失った替わりに、何かを得た様な気持ちに浸る俺。フゥと無意識に安堵の息を吐きながら、汗も流れていない額を服の袖で拭う。
(良かった、もう少しで家族会議が始まる所だった……)
もし、そうなっていれば、全会一致で父さんにはこの家を出ていってもらう所だ。危うく冤罪で、一家のが大黒柱を失う所だった。では、目の前の銀髪美少女ちゃんは一体……?
ギシリ……
(ん?)
ベッドのマットレスが音を鳴らす。見ると、ベッドに腰掛けていた銀髪美少女が立ち上がり、俺の前に立っていた。
彼女の背丈は俺よりも小さい。その為だろうか、俺の目線の高さにある特徴的な銀色の髪からは、花だろうか、柑橘系のとても良い匂いがする。男所帯の我が家では、決して匂う事の無い香り。
「な、何かな?!」
そのまま香りを楽しんで居たかったが、俺の目に立った彼女は、穿いていた短パンのポケットをガサゴソと漁ると、徐に何かを取り出した。
「……はい、これ……」
「これ、は……」
それは、さっきの公園で、俺の胸ポケットから落ちて来た、不思議なカード。全く見覚えが無かったので、誰かのイタズラかと思い、そのまま公園に置いてきたのだが。
(——あ~、なるほど。そういう事か……)
そこで、やっと俺は合点がいった。どうやら、目の前の彼女は、この不思議なカードを俺の落とし物だと思い、わざわざ親切に、俺の後を追ってまで届けてくれたのである。恐らく、俺が風呂に入って暢気に鼻歌を歌っている時に、玄関のインターフォンを押したのだろう、その音に全く気付かなかった俺は、当然玄関に出る事は無く、家に入っていったのを確認したのに、誰も出て来ない事を心配した彼女が、家に上がって様子を確認していた時に、ちょうど奇行の真っ最中だった俺とバッタリしてしまったと。……ふふふ、謎も解けてしまえば、案外チョロい物よのぅ……。
コホンと一つ咳倣いをして、
「あ~、わざわざ届けてくれたんだね、ありがとう。でも、どうやらこれは俺のじゃ無さそうなんだ。これを持っていた記憶が無いからね。だから、もし君さえ良ければ、そのカードを君にプレゼントするけど、どうかな?」
女性恐怖症とまではいかなくても、思いっきり苦手にしている俺が、初対面の、しかも美少女にこれだけ言えただけでも、凄い事である。あとは、彼女がそのカードを受け取って、代わりに私の唇を……なんて展開にでもなれば——。
しかし、目の前の銀髪美少女ちゃんは、そんな俺の浅はかな思いの、斜め上の行動を取って来た。
「……違う……。これ、貴方の……」
そう言うと、俺に向かって一歩踏み出し、体を密着させてきた。そして、潤んだ瞳で俺を見上げ、
「忘れ……ちゃったの……?」
「~~~~~っ!!」
まさに一撃必殺! 凄まじい破壊力を持ったその行動に、俺は為す術無く轟沈する。
「……あ、えっと、……その……。えぇ?」
キョドりまくる俺に、
「……私は、……あなたの傍に、居る……」
「…………——」
思考が完全に停止する。目の前の、こんな美少女にそんな事を言われれば、誰だって考えるのを放棄するに違いない。
完全に停止した思考の中で、俺はほぼ無意識に、目の前の彼女の肩をそっと優しく抱く。
「……んっ……」
彼女の口から、か細い息が漏れ出た。それすらも、今の俺にはただのスパイスでしかない。
そっと、抱き寄せる。彼女からは否定も拒否も見られなかった。これは——イケるっ!
彼女の細い顎に手を添えた。そして、そのまま、桜色の唇目掛け、顔を————。
≪は~い、ストップ~。それ以上は、私の許可無しにシちゃダメですよ~?≫
部屋という空間そのものから、若い女性の声が響いた。