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第七十二話  良い子ね、ギル

 

 僕の問いに答えた姉さんは、ガバっと目の前の窓を開け放つと、外へと飛び出す。



「姉さん!?」

「ギル、あなたは教会に行って父さんかウッドゲイトさんに報告してきて! それまで私がアイツを何とかするから!」

「そ、そんな!? 姉さん一人じゃ危ないよ!?」

「大丈夫だから! とにかくギルは教会に行って!」



 ラモンさんの家へと走りながら、姉さんは僕に指示を出す。そんな姉さんの後に続いて外へと出た僕は、姉さんの指示に従うか、姉さんと一緒にラモンさんの家へと向かうか悩んでいた。


(どうする!? 姉さんの言う様に、教会に行って誰かを連れて来るべきか!?)


 そこまで考えて、僕は教会でウッドゲイトさんが言っていた事を思い出す。確か、人手が足らないと言っていなかったっけ? だから、僕と姉さんが、マギーさんとラモンさんの迎えに来たのだ。


(ならば、教会に行った所で誰も居ないかも知れない。それに……)


 そこまで考えた僕は、姉さんの後を追うべくラモンさんの家へと走る。それに気付いた姉さんが、叫んだ。



「ギル! 良いからあなたは教会に行きなさい!」

「嫌だ! 教会に行っても誰も居ないかも知れない。それにさっき姉さんは言っただろ? 何があったのか分からないじゃ、教会に戻れないわって」



 僕のその言葉に、一瞬キョトンとした顔を浮かべた姉さんだったが、フッとはにかむ様に笑うと、



「ったく、しょうがないわね。でも良い? 少しでも危ないと思ったら、すぐにでも教会に逃げる事!」

「うん、分かった──」

「──ナニが、ワカッタって?」

「「──!?」」



 ラモンさんの家から聞こえた何者かの声に、ラモンさんの家へと向かっていた僕と姉さんは、その場で立ち止まる。



「誰っ!?」



 姉さんが持っていた大樫の弓をラモンさんの家へと向けて構える。僕も持っていた短剣を構えながら、ラモンさんの家を睨む。


 すると、ラモンさんの家の窓がバリンっと割られ、中から影が飛び出してきた! その影は、上空で一回転すると、ドズン!っと地面を響かせながら着地する。僕達の前、ちょうど森の高い木々の間を避けて差し込んできた、陽の光の当たる所に。



「……オー、ク……?」



 少し前に立つ姉さんが息を飲む。僕もそうしていたかもしれない。

 ラモンさんの家の窓から飛び出してきたのは、一匹の、オーク独特な桃色に少し青みがかったオークだった。腰にボロ布を巻き付けただけで、剥き出しになっているでっぷりと膨らんだ腹が、着地した衝撃で大きく揺れている。

 かなり大きい。教会の高さ位あるんじゃないか!?



「オォ。これマタ小さなエルフが二匹キタモンだ。コレジャ、腹の足しニモナリャしねぇナァ」



 言葉の抑揚が酷くて聞き取り辛い言葉で、オークは喋る。そうして、左手に持っていたナニかを口に運ぶと噛み千切り、クチャクチャと咀嚼した。一部の魔物が共通語を話す事が出来ると、前にウッドゲイトさんが言っていたけれど、まさか、そんなヤツと出くわすなんて!



「……ラモン、さ、ん……」

「……え?」



 姉さんが口に手を添えたのか、くぐもった声で呟く。それが一体何を意味するのか分からなかった僕は、聞き返してしまった。すると姉さんは、口を覆っていた手で、オークの持っていたナニかを指差す。



「あ、あれ。ラモン、さん……」

「──!?」



 姉さんの言葉の意味を理解した瞬間、体中に鳥肌が立った。オークが口に運んだソレが、ラモンさんだって!?

 言われて、ソレを良く見る。真っ赤に染まったソレは、全く原型を留めていない。だが、所々に残された服の様な物が確認出来る。それは良くラモンさんが着ていたローブに似ていて──。



「う!? うぉおえぇぇ!?」



 込み上げる吐き気を我慢出来ずに、その場で吐く僕。「がはっ!? ごほっ!?」と激しく咳き込んでみるが、襲ってくる吐き気は一向に収まる気配を見せない。



「……今すぐ、ここから逃げなさい、ギル」



 そんな僕を見ることなく、姉さんは言い放った。ここから逃げろと。

 確かに、吐き気に襲われて何も出来そうに無い僕じゃ、何の役にも立ちそうに無い。逆に姉さんの足手まといになりかねない。



「……うん、分かった」



 嘔吐物が付いた口をグイっと強引に拭うと、ヨロヨロと後ろに下がって行く僕。敵の正体は分かったのだ。ならば、今すぐにでも、教会に助けを呼びに行った方が良い。


 だが、目の前に居るオークは、持っていたラモンさんだったモノをブンッと僕に向かって投げ付ける!


 空気を切る音と共に飛んできたソレを、僕は見ない様にした。ソレを見てしまえば、吐き気と恐怖でここから動けなくなってしまうからだ。

 そんな僕に、口周りに付いたラモンさんの血を拭ったオークが、ニチャアっと口元を歪めて、



「行カセル訳無いだろうガ! 柔らかそうナ肉をヨ! こんなヨボヨボの爺サンノ肉、マズくて食えたモンジャネエぜ!」



「ブシャシャ!」と嗤う。そんなオークから目を逸らさずに、大樫の弓をオークに向けて構えたまま、姉さんは問う。



「……マギーさんは、どうしたの……?」

「ンア? マギーさん? ……あぁ、あの女のエルフカ?」



 姉さんの問い掛けに、何かを思い出したオークは、さらに顔を醜悪に歪める。



「……モチロン喰ったサ。女の肉ハ柔らかくテ良い!」

「──このブタ野郎っ!」



 叫んだ姉さんが、オークに向けていた大樫の弓の弦を引く!



「マジックアローっ!」



 姉さんが力ある言葉を口にすると、引いた弦の間に、光の矢が現れる! 僕達エルフ族の得意技、マジックアローだ!



「シッ!」と、短く息を吐くと魔力で出来た矢を放つ! 放たれた光の矢は、空気を切り裂きながら、オークに向かって行く。対するオークの手には何も握られていない。完全に丸腰だ! これなら当たる! 



「──フッ!」

「「──!?」」



 だが、僕の予想は外れた。腰に手を回当てたオークが、自分に迫ってくる光の矢を、なんと吐く息だけで消してしまったのだ! あまりにあまりな結果に、僕も姉さんも思わず目を疑ってしまう。



「オイオイ、こんなヘナチョコで、俺さまヲ倒せるト思ったノカヨ?」



 ふぅ、やれやれとでも言うかの様に、肩を竦めるオーク。そんなオークの態度が気に障ったのか、姉さんは「マジックアロー!」と唱え、すぐさま次の矢を放って行く。だけど、新たに放たれた光の矢も、同じ様にして掻き消されてしまった。



「もっとマトモな技はネェノカヨ? オチビチャン?」



 姉さんをおちょくるオーク。対して姉さんは、相変わらず弓をオークに向けながら、僕だけに聞こえる位の声で、



「……ギル、良い? 今から目くらましをするわ。だからあなたはその隙に、教会へと向かってちょうだい」

「そんな!? 姉さん一人でアイツと戦うの!? そんなの無理だよ!? 一緒に戦った方が──」

「聞きなさい、ギル」



 静かな声だった。でもそこには、逆らえない迫力があった。



「──多分、アイツは“旗”よ。これがどういう意味か、解るわよね?」

「!?」



 姉さんの口から出た思わぬ言葉に、僕は言葉を失う。


(旗だって!? 旗って事は、あのオークは魔物の中でも、さらに強いヤツって事!?)



 息を飲む。さっきから息を飲み過ぎて、吐きに吐いた胃袋の中は、空気しか入っていない。

 そんな僕に、姉さんは言葉を続ける。



「今の私一人じゃ、旗を倒すなんて無理だわ。せいぜいが時間を稼ぐ位よ」

「そんな!? センチュリーは、一人で旗の相手を出来る位、強い人じゃないの!?」

「確かにセンチュリーはそうよ! だけど、私はまだ候補生。私の今の力は、センチュリーの足元にも及ばないわ」

「そんな……」

「だからギルは教会に行って、この事を伝えて欲しいの。そして、助けを呼んで来て欲しいの。大丈夫、それまで何とか時間を稼ぐから」

「……うん、分かった……」



 納得は出来ない。出来る訳が無い。でもそれしかこの村を、姉さんを救う事は出来ない。それがハッキリと解ってしまった。だから僕は首を縦に振るしか無かったのだ。



「良い子ね、ギル」

「何だよ、それ。母さんの真似?」



 揶揄(からか)う姉さんに、反論する僕。姉さんには解っているのだ。僕が納得していない事が。それでも教会に行くと決めた僕を褒めてくれた。



「ヤット、話ハ纏まったカヨ?」



 そんな僕達に、いつの間にか腕を組んでいたオークが声を掛けてくる。



「……意外、ね。まさか、待っていてくれたのかしら?」

「アァ。コウ見えても俺サマハ紳士デ、通ってイルカラナ」

「それこそ意外、ね!」



 そう叫んだ姉さんは、持っていた弓を上空へと向ける。そして──!



「レインアローっ!!」



 力ある言葉を放つ! すると、引き絞られた弦の間に、マジックアローよりも大きな光の矢が現れる!


「シッ!」と、掛け声と共に上空に放たれた矢は、弧を描いてオークの頭上まで飛ぶと、分裂を始めた! そして、百本近い数に分かれた光の矢が、オークに向かって、一斉に降り注ぐ!



「今よ、ギル!!」

「──!」



 姉さんの合図を受けて、教会へと続くレンガ道に向かって駆ける僕。その背後では、降り注ぐ光の矢が、雨とは比べ物にならない程の大きな音を立てながら、オークに降り注いでいた。


(姉さん、無事で居て!!)



 ……一瞬だけ後ろを振り返った僕は、姉さんと目が合った。その顔は、これまで見たどの笑顔よりも、優しさに満ちていた──。


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