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第七十一話  いえ、エルフでは無いわ

 

 壁づたいに玄関まで移動した僕と姉さんは、改めてマジックサーチを使う。でも、周囲に何かの反応は無い。



「……やっぱり、何も反応は無いわね。家の中まで分かる様にかなり魔力を込めたのだけど」



 辺りを警戒しながら、姉さんは誰に言うでもなく、そう口にする。


 マジックサーチは込める魔力量によって、物の奥にある反応すらも感知する事が出来る様にもなる。でも、それにはそれなりの魔力量と制御が必要になるので、誰でも出来る事じゃない。実際、僕には出来なかった。



「じゃあ、私が先に行くわよ」

「う、うん。気を付けて、姉さん」



 オレンジ色に塗られた可愛らしい玄関扉。その取っ手に手を掛けた姉さんは、僕の心配する声にコクりと頭を縦に振ると、握っていた取っ手を少しずつ手前へと引いていく。すると、「ギィ」と短い擦れ音の後、少しずつ扉が開いていった。


 そうして、少しずつ玄関と扉の隙間が広くなり、何とか人一人が通れる幅まで扉を開くと、姉さんは玄関を挟んだ向かいに居る僕を真っ直ぐに見つめ、頷いた。



「お邪魔しま~す……」



 中に何か居るかも知れないのに律儀にそう一言言ってから、出来た隙間に膝歩きで体を入れる姉さん。すると、取っ手を持っていない方の手で、すぐに顔を覆った。


(……何だ?)


 その姉さんの行動を不思議に思った僕は、姉さんに近づく為に、少しだけ扉に近付くと、


  (……うっ!?)


 むせ変える程の錆びた鉄の臭い。明らかに血の臭いのレベルが変わった。まるで空気に赤い色が付いているんじゃ無いかって位の濃密な血臭。周りに漂っていた血の臭いは、間違いなく、マギーさんの家からしていたみたいだ。


 そんな濃縮された血の臭いにやられていると、いつの間にか姉さんの姿は玄関から消えていた。僕が血の臭いでクラクラしている間に、家の中に入っていったのだ。姉さんが居なくなった事で、慎重に開けた玄関扉が少しだけその隙間を狭くしている。


(参っている場合じゃないな)


 頭を軽く振って気を取り直した僕は、玄関扉の隙間から中を覗き込んだ。だけど、やっぱり中は真っ暗だ。外の木々の間には、少しずつ陽の光が差し入ってきてはいるが、まだまだ低い。この家の中を照らす様になるには、まだ時間が掛かりそうだ。


 そんな暗闇に目を鳴らす様に目を細めてると、暗闇の中に、動く黒いモノが見えた。家の中に入ったねえさんだ。その黒いモノが、こっちを見た様な気がした時、「……ギル」と名前が呼ばれる。姉さんの合図だった。


 とうとう僕も中に入る時が来たかと思ったら、無意識に深く息を吸っていた。むせる程の血の臭いが肺に張り付いていく感覚に襲われるが、気にもならなかった。

 そして吸った分の空気を一気に、でも静かに吐き切ると、狭くなっていた玄関の隙間を広げる為、玄関扉をそっと押す。


 ギィっと小さく鳴った扉をさらに押し込んで行く。すでに家の中に入るのに十分な隙間は出来ているが、それでもさらに隙間を広げようとしたのは、家の中に充満している血の臭いを少しでも和らげたいからだった。でも、玄関の扉を全開まで開いた所で、部屋に充満していた血臭は変わらなかった。


 物音を立てない様に、四つん這いでそっと家の中に入る。その際、心の中で(お邪魔します)と言ってしまったのは、けっして姉さんの真似をしたわけでは無い。



 初めて入ったマギーさんの家。相変わらず真っ暗だけど夜目に慣れて来たのか、食卓や椅子、棚といった、家具と思しき物があるのは何となく分かった。離れた壁沿いに水瓶の様なシルエットが見える事から、ここは僕の家を同じ様に、台所と居間が一緒になっている部屋かも知れない。



「……ギル」

『……光よ、集いて照らせ。ライティング……』



 四つん這いのまま周囲に目を向けて部屋を観察していると、姉さんの合図が再び聞こえて来た。その合図に、ここに来た理由を思い出した僕はその場に座り込むと、空いた手を目の前に翳して、ライティングの魔法を唱える。


 すると、翳した手がヒカリ草の様に少しずつ光っていく。そして、蛍ほどの明るさになると球状になり、僕の手から離れて宙に浮かんだ。そしてさらにその光がランプ程の強さとなって、真っ暗だった部屋の中を照らす。



「「うっ!?」」



 ライティングの魔法で生まれた、りんご位の大きさの光の玉によって照らされた部屋を見て、僕と姉さんは同時に息を飲む。


 結婚していないマギーさんが暮らしているこの家の居間に置かれた食卓は、二人掛けの椅子が備え付けられた小さな物だった。その食卓と椅子が置かれている床が、真っ赤に染まっていたのだ。


 そんな、衝撃的な光景の中、ピチョン……、ピチョン……と聞こえてきているのは、水を使う台所からではなく、目の前にある食卓から。食卓の端から赤い水滴が垂れ、床面に出来た水溜まりに小さい波紋を作っている音だった。


 人一人分ほどの血で出来た赤い水溜まりを前に、口がパクパクと動くだけで、何も言葉が出て来ない。左隣に居た姉さんも、立ち上がろうとした恰好のまま動けないでいた。ナニが出て来ても良いように構えていた大樫の弓を持つ手も、ダランと下がっている。



「なんなの……、これ……」と、掠れた声で、赤い水溜まりを指差す姉さんに、「分からないよ……」と返すのが精一杯だった僕だったが、それに気付いた。



「──血、だけ……?」



 そう、そこには血溜まりしか無かったのだ。その血を流した人の姿が無かったのだ。



「──?! マギーさん!?」



 僕が言いたかった事を理解した姉さんは立ち上がって、ここには居ないマギーさんに向けて声を上げる。だが、マギーさんの声はおろか、物音すら返ってこない。



「マギーさん、どこ!? マギーさんっ!?」



 キョロキョロと辺りを見渡す姉さん。僕も立ち上がって辺りを見るが、誰も居ない。



『光よ、集いて照らせ。ライティング!』



 ライティングの魔法を唱えた姉さんは、僕の出したライティングの玉よりも大きな光の玉を携えて、奥にある部屋へと向かって行く。


「ぼ、僕も行くよ!」と、奥の部屋へと続く廊下へと消えていく、姉さんの背中に慌てて声を掛けると、その背を追う。


 そうして、姉さんの後ろについて行くと、廊下は行き止まりになっていて、左右に一つずつ扉があった。



「……私は右側の部屋を見るから、ギルは左側をお願い」

「う、うん」



 後ろに居る僕の方を見る事無くそう提案してきた姉さんに、分かったと返事を返す。そして、腰のホルダーに差してあった短剣を手に取ると、空いている手で、扉の取っ手に手を掛ける。



「……マギー、さぁん……。居ますかぁ……?」



 ゆっくりと取っ手を引き、扉を開けていく。少しずつ開いていく隙間からそっと中を覗くが、居間同様、真っ暗で何も見えない。


(しょうがない……)


 僕は、肩の上でフヨフヨと浮いていた、光の玉をそっと動かす。ライティングの玉は、少しの距離ならば、意思通りに動かす事が出来るのだ。


 扉を少し開けて出来た隙間から、ライティングの玉を部屋の中に入れる。姉さんもすでにもう片方の部屋に入ってしまった為、僕の周りは再び暗闇に逆戻りしてしまったが、何も見えない部屋にいきなり入るよりかはマシだろう。


 ライティングの玉がフヨフヨと、扉の隙間を潜っていく。そして、入っていった部屋の中を、朧げに照らした。そこには、ベッドと小さな棚があるだけの、簡素な部屋だった。


(……お客さん用の部屋かな?)


 隙間から覗く限り魔物が居る感じはしないので、そっと取っ手を引いて中に入る。フヨフヨと、ライティングの玉が僕の肩上に戻ってくる中、改めて部屋の中を観察した。


 部屋の中にはポールハンガーもあった。だが、そこには何も掛けられていない。白いシーツが張られたベッドにも皺が無いから、暫く使われて無さそうな感じだ。やっぱりここは、客間なのだろう。



「マギーさぁん、居ますかぁ……?」



 部屋の中をグルリと見回すが、マギーさんはおろか、何も居ない。部屋に荒らされた様子も無い。


(ここには誰も居ないな……)


 踵を返し、部屋の出口を潜る。その際、もう一度振り返るが、やはり何も無かった。


 パタリと、客間の扉を閉めた僕は、姉さんの入って行った右側の扉の前に立つ。そして、扉の取っ手に手を掛けると、ゆっくりと引いていく。



「……姉さん。こっちは何も無かったよ……」



 そっと中を覗くと、僕より強い光を発しているライティングの玉の下、姉さんが小さな窓の前で佇んでいた。



「姉さん、こっちはどう?」



 扉をさらに開けて中に入り、姉さんに声を掛けながら部屋の様子を窺う。

 さっきの客間と違い、ベッドのシーツには皺が残り、その上には、脱いだであろう寝間着が畳んでおいてあった。こっちの部屋は、マギーさんの私室だな。ざっと見た感じ、マギーさんは居ない。もしかすると、僕たちが来る前に起きて、村の散歩でもしているんじゃないのかな?


(なんて、それはあまりにもマヌケな考えだよな……)



「姉さん、マギーさんは居た?」



 僕と姉さんが生み出した光の玉で照らされた、マギーさんの部屋を観察しながら、再び姉さんに声を掛けるも、姉さんからの返答は無い。



「……姉さん?」


 視線を姉さんにやる。姉さんは相変わらず、窓の前に立ってこちらに背を向けていた。



「どうしたの、姉さん?」



 全く返事をしない姉さんを不思議に思った僕は、姉さんの隣に移動すると、横に立つ姉さんを見る。

 姉さんは、真っ直ぐに窓を──そこから見える外を見ていた。



「……何か、見えるの?」



 姉さんの視線の先に合わせる様に、僕も窓から外を眺めた。そこには、少しずつ陽の光が差し込みつつある森の中に建っている、ラモンさんの家が見える。



「ここからラモンさんの家が見えるんだね。……少しは明るくなってきたけど、まだあまり見えない──」

「──シッ! 静かにして!」

「──!? 姉さん?」



 姉さんの注意を受けて初めて、様子がおかしい事に気付く。小刻みに震えているのだ、姉さんが。


(一体何が!?)


 姉さんから視線を外し、再び外を見る。やはりそこには、ラモンさんの家が見えるだけ──


 ──フッ──……


(──えっ!?)


 ここから見えるラモンさんの家。その家の窓に今、影が動いた。ラモンさん家の中に誰かが居るのか?


(普通に考えれば、ラモンさんだろうけど……)


 これが日常ならば、ラモンさんが珍しく早起きしたって事なんだろうけれど、今は村に危険が迫っている時だ。それに、今居るマギーさんの家にはマギーさんは居ない所か、居間には大きな血溜まりがある。はっきり言って異常事態だ。ならば、ラモンさんの家に見えたナニかの影も、普通にラモンさんだって考えない方が良いのかもしれない。──その時、ある事に気付いた。



「──姉さん! マジックサーチは!? マジックサーチであの影の事が判るんじゃない!?」



 横に居る姉さんの腕を掴む。僕のマジックサーチでは、魔力量もレベルも低くて、離れているラモンさんの家までマジックサーチで調べられない。しかも屋内だし。でも、姉さんならばそれが出来るハズだ。



「姉さん、マジックサーチで調べてみてよ! もしかすると、ラモンさんかもしれない──」

「──もう使ったし、アレはラモンさんじゃないわ……」

「──え?」



 僕の言葉を途中で遮った姉さんが、歯をギリリと鳴らす。



「どういう事?」

「私のマジックサーチには、アレはラモンさん、いえ、エルフでは無いわ」

「……じゃあ、アレは、何……?」



 そう姉さんに問うた僕は、知らず唾を飲み込んでいた。その問いに、持っていた大樫の弓を強く握った姉さんが答える。



「──アレの反応は赤色……。つまりは“魔物”よっ!」


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