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第六十八話  聖誕祭

 

「いやぁ、この村からセンチュリーが出るなんてなぁ!」

「まだ、候補生よ、神父様」

「おぉ、そうじゃったな。それで、誰の師事につくのじゃ?」

「それがね、あのフォルテナ様なのっ! 凄くない!?」

「ほぉ! ”春疾風”様か! それは凄いの! アイシャの力が認められたって事かな?」

「そうなのかなぁ? 良く分からないけど──」



 普段なら、前髪の辺りに村で摘んだ花を付ける程度の飾り付けしかしない、片手に鉄の錫杖を持ったエルニア様の神像も、今日ばかりはと、その全身を色紙や草花で飾り立てられていて、その表情は嬉しそうに微笑んでいる様に見えた。


 そんなエルニア様の神像が見下ろす中、この村に最初に移民してきたエルフの一人である、白髪と同じ色の長いアゴヒゲのを生やした年老いた神父様に誉められて、姉さんは、長く綺麗な金色の髪を一纏めにした後頭部を掻いていた。

 そんな姉さんを、僕は長椅子に座って、目の前に並べられた料理を口に運びながら、何気なしに見ていると、



「こら、ギルっ! いくらアイシャさんが綺麗だからって、ずっと見すぎよ!」



 と、いつの間にか隣に座っていたミーナが、僕の頭をパシッと軽く叩いてきた。



「痛っ!? 何すんだよ、ミーナ!?」

「フンだ アイシャさんばっかり見ているギルが悪いんでしょ!?」



 聖誕祭の為に化粧をしたのか、淡く紅を塗った唇から、ピンク色の舌を「ベー!」っと出すミーナ。



「そんな事ないよ」



 そうミーナに返し、まだ神父さんと話している姉さんを改めて見る。


 選抜試験に合格したお祝いに、ウッドゲイトさんに西の大里で買って貰ったという若草色の革のドレス姿、その普段見慣れないその姿に、綺麗だなー位は思ったけれど、それ以上に旅の続きを聞きたかった僕は、姉さんが暇にならないかなぁと見ていただけだった。


 着飾っているのは姉さんだけでは無い。ミーナを始め、母さんやアイナさんも、姉さんの着ているドレスほどでは無いにしろ、エルニア様の聖誕祭の為に、去年採れた麻や綿で作られた小奇麗なローブやワンピースで着飾っている。聖誕祭と、西の大里に行く時しか着飾ってるのを見る事が無いので、それらを見るだけでお祭り気分になってくる。僕も、他の大人の人と同じ様に普段のシャツの上に、ベストを着てちょっとだけお洒落な感じだ。



「まぁ、良いわ。それで、いつ渡すのよ?」

「え? あぁ、うん」



 オレンジ色に染められたワンピース姿のミーナの言葉に、僕は穿いているズボンのポケットのふくらみに目をやる。そこには、選抜試験に合格した姉さんに対するお祝いと、そして、あの時助けてくれたお礼も兼ねたプレゼントが入っていた。



「アイシャさんの為に、せっかく作ったんだから、早く渡しなさいよ。きっとアイシャさんも喜んでくれるわ」

「そうだよ、ね」



 そう言って、ズボンのポケットから取り出したのは白い糸を通した、翡翠で出来た丸いペンダント。近くを流れる川に落ちていた翡翠の石を、冬の間、雪の降っていない日に村の鍛冶屋産の所に行っては、砥石を借りて少しずつ磨いたのである。丸いデザインは、ミーナに相談した。



「うん、分かった。じゃあ、行ってくる──」

「どこ行くのよ、ギル?」



 翡翠のペンダントをそっと握り込み、一つ頷いて席を立つと、そこにちょうど姉さんがやって来た。



「姉さん……」

「ん、な~に?」


 少し気怠そうな声は、みんなの挨拶周りで疲れてしまったせいだろう。姉さんのその様子に、ペンダントを渡す事で、余計な気遣いをさせたくないと躊躇ってしまった僕の足を、隣のミーナが蹴り付ける。

 そうなると、覚悟を決めるしかない。元々姉さんに渡すつもりで作ったんだしな。

 机の上にある、木苺のジュースの入ったコップを手に取る姉さんの前に、恐るおそるペンダントを握っていた手を差し出すと、少しずつ開いていく。すると、教会の壁に設置されている燭台の蝋燭の灯りに照らされた、深緑の石が露わになる。



「姉さん、これ」

「ん? ペンダント!? 綺麗……。これ、どうしたの!?」



 開いた僕の手に乗せられた翡翠のペンダントを見て、口に手をやって驚く姉さん。そんな姉さんの顔を見れた事に満足した僕は、そのペンダントをもう一方の手で掴んで持ち上げると、「えっ? えっ!?」と驚いている姉さんの後ろの回り、留め具を外した紐をそっと姉さんの首に回す。

 そうして、姉さんの首にペンダントを付け終えると、再び姉さんの正面に回り、



「姉さん、合格おめでとう。そして、あの時助けてくれてありがとう……」

「ギル……。私の方こそありがとう。大事にするね」


 目に涙を浮かべた姉さんは、ほんの少しだけ低い僕をそっと抱き寄せ、感謝の言葉を口にした。



 ☆



 聖誕祭も終わって、家に帰ってきた時には、夜の10時を過ぎていた。

 聖誕祭の会場となった教会の後片付けは、明日の朝早くにやろうと父さんが言ってたので、湯浴みも歯磨きもそこそこに、子供部屋の自分のベッドに潜り込むと、すぐに眠気が襲ってきたので、身を任せた。



「何だろう?」



 ──ふと、目が覚める。聖誕祭で疲れたはずなのに、何故かパッチリと目を開けた僕は、目をコシコシと擦りながら、不意に感じたナニかを探すため、まだ真っ黒な自分の部屋の中を、じっと見つめる。

 そうすると、最初は見えなかった真っ黒な空間に少しずつ目が慣れていき、うすぼんやりと見える様になってきた。

 だけど、特におかしな所は何も無い。寝る前と変わらない、いつもの部屋。


(気のせい、かな?)


 くあっとあくびが出た。やっぱり疲れているんだなと、足元にはだけていた毛布を足でクイッと引っ張りあげる。そうして毛布にくるまり、ウトウトとしかけたその時、またもや感じた背中の産毛を撫でられる様な、ゾワゾワとした気色悪さ。



「なんだろ、一体……」



 こうなるともう、起きてその違和感というか、嫌悪感というか良く分からないソレの正体を突き止めないと寝れないなと判断した僕は、ベッドから体を起こす。すると、



「……ギル」

「ひっ!? って、何だ、姉さんか」



 暗闇の一部が動いたかと思うと、ソレが僕の名前を呼ぶもんだから、思わず悲鳴を上げてしまった。

 だけどその声が、この部屋のもう一人の住人である姉さんの声だと気づいた僕は、鳥肌が立った腕を擦ると、姉さんらしきその暗闇を睨み付け、



「んもう、姉さん! こんな夜中に何ふざけてんのさ! みんなに祝って貰って嬉しくて、寝れなくなっちゃうのは分かるけど、時間を考えて──むぐっ!?」



 と、文句を言うが、それは最後まで口から出なかった。姉さんが僕の口を手で塞いだからだ。



「むぐむぐっ!?」

「しっ、静かにして。何か変な感じがしない? ね、ギルもそう思うでしょ?」



 と、僕と同じ様に何かを感じ取った姉さんが、僕の目の前まで顔を近づける。薄ぼんやりと見えたその目は真剣そのものだが、ほんの少しだけ怯えた様な雰囲気も見えた。



「――ぷはっ。姉さんも何か感じたんだね!?」

「えぇ。なんだろ、とても嫌な感じだわ」



 口を覆っていた姉さんの手を退けて息を吐くと、暗がりに慣れた目で辺りを窺う。と、ベッドがギシっと鳴った。姉さんがベッドに片手を付き、僕の方へと身を寄せてきたのだ。

 あまり見せない弱々しい姉さんのその様子が、正体のはっきりしないこの違和感の不気味さを如実に物語っていた。


 部屋を染める、夜特有のシンとした空気。すべての生き物が活動を停止しているかの様だ。

 でも、おかしい。この時期ならば夜に活動するフクロウの鳴き声が聞こえるはずだし、もうすぐ夜が明けるのならば、森に住む、早起きの鳥たちの鳴き声が聞こえてきてもおかしくはない。なのに、何も聞こえないのだ。


 いつもと違う雰囲気に、ますます胸騒ぎが強くなった時、バンっと部屋の扉が開けられる。



「うわっ!?」「きゃっ!?」



 突然の事に驚いた僕と姉さんは、互いの体を強く抱きしめあう。そして僕は咄嗟にはだけていた毛布を掴み上げると、それを姉さんの頭に掛け始めた。だけど、慌てているから中々上手く被せられないでいると、部屋に入ってきたナニかに毛布を取り上げられてしまう。



「うわ!? か、返して──」

「アイシャ、ギル、 起きてるのか!?」

「……へ、父さん?」



 上へと持ち上げられた毛布を取り返そうと腕を伸ばすと、毛布を取り上げたナニかは、持っていた携行ランプを僕へと近付け、声を掛けてくる。その声はとても聞き覚えがある声──、父さんの声だった。



「父さんかぁ。びっくりさせないでよ!」



 僕の腕を掴みながら、父さんに抗議の声を上げる姉さん。しかし、父さんはそんな姉さんの抗議に返事する事なく、



「アイシャ、ギル。すぐにここを離れるから、ついてきなさい」

「父さん?」



 どこか切羽詰まった様に口早にそう言うと、持っていたランプを入ってきた部屋の扉に向ける父さん。普段の父さんからは想像出来ない、あまり発しない少し強いその言い方に、不安な気持ちが強くなる。そんな父さんの背中に声を掛けるが、父さんは答えず、ただ辺りをランプで照らすだけだった。



「……行きましょう」

「姉さん?」



 いつの間にか持ってきた、ポールに掛けてあったフードの付いたマントを僕に投げると、自分用のマントを着け、父さんの後に続いて、部屋を出ていく。



「ま、待ってよ!」



 渡されたマントに急いで袖を通すと、すぐに二人の後を追って部屋を出る時、ふと後ろを振り返る。真っ暗なその部屋は、不安で圧し潰されそうな僕の心を表しているかの様だった。


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