第六十七話 センチュリー
~~ センチュリー ~~
それは、僕たちエルフやドワーフ、フェアリーといった妖精族の中でも、選ばれた存在──
魔物はおろか、魔物の中でも別格な力を持つとされる旗を、単独で相手に出来る程の力を持つ戦士の中の戦士。中には、単独であの魔族の相手をしたセンチュリーも居たらしい。
そのセンチュリーは、誰でもなれるわけでは無く、東西南北にそれぞれあるエルフの大里で、毎年秋に行われるセンチュリーの選抜試験に受からなくてはならない。その選抜試験を、姉さんは見事合格したのだ。
姉さんは元々、体を動かすのは好きでも、戦うのはあまり好きでは無かった。そりゃそうだ。姉さんだって、女の子だ。戦うのが好きな女の子なんて、普通は居ない。
そんな姉さんの心境が変わったのが、一昨年だった。一昨年の冬、僕は姉さんと一緒に、森の奥深くへと入った事がある。理由は母さんが体調を崩したからだ。冬の寒い時期にしか採れないという薬草を採りに、森の奥深くへと入った僕達は、冬眠から目覚めてしまった熊に襲われた。
まだまだ冬真っ只中の時期に起きてしまった事で気が立っていた、僕たちよりもはるかに大きな熊は、僕たちにその強靭な爪を容赦無く振るってきた。恐怖の余り、気を失ってしまったからあまり覚えていないんだけど、気付いた時には、姉さんは僕を庇う様に前に立ち、死神の鎌の様に感じられた熊の爪を、姉さんは薬草を採るために持ってきた短剣で弾き返すとそのまま立ち向かって行き、熊の喉を短剣で貫いて倒してしまったのだ!
結局薬草が見つからなかった僕達は、雪が降りしきる中、殺してしまった動物は食べて弔うという村の掟に従って、倒した熊を二人で引き摺りながら村まで戻った。その後、僕たちを探してくれた父さんに、とんでもなく怒られたのは言うまでもないだろうが、それ以上に僕達が引き摺ってきた熊を見て、驚いていた。
「ど、どうしたんだい、この熊は?」
「私達を襲ってきたから、それで……」
「それでって、アイシャが倒したのかい!? その鎌で!?」
「……うん。ごめんなさい……」
「……そ、そうか……」
その時の父さんの驚き様は、未だに鮮明に覚えている。ちなみに、その時に食べた熊の肝のお陰か、母さんの体調がすっかり良くなった。
だが、僕たちよりも遙かに大きな熊が、一家四人で食べきれるはずも無く、父さんは理由を説明しながら、村にある家々に配っていった。もちろんミーナの家にも、である。
すると、それを聞いたウッドゲイトさんが、「アイシャちゃんに、センチュリー試験を受けさせよう!!」と提案したらしい。
最初は頑なに反対していた父さん達も、ウッドゲイトさんが毎晩の説得を受けて、「本人が了承すれば」という事になった。
「アイシャちゃん、こんばんは。ちょっと良いかい?」
「なに? ウッドゲイトさん」
ある日の晩、夕食を取り終わった僕達の家に、ウッドゲイトさんが訪れた。そして、食後のお茶を楽しんでいた姉さんに、センチュリーの事を話したのである。
「──という訳なんだけど、どうかな? 私の見立てではあるが、アイシャちゃんにセンチュリーになれる素質があると思う。だから──」
「良いわ」
嫌がるだろう姉さんの説得を試みようとしたウッドゲイトさんの言葉。それを途中で遮って、姉さんは了承したと伝える。
「え?」と、口をポカンと開けたまま固まってしまったウッドゲイトさん。それを見た父さんが、「アイシャ、そんなすぐに決めなくて良いんだよ。もっとゆっくり考えてから──」と、まるで、考え直せとでも言いたいかの様に、そう口にするも、
「ううん、父さん。私決めたの。そのセンチュリーの試験、受けてみる」
と、姉さんに即答され、ウッドゲイトさんと同じ様に口をあんぐりと開けていた。
「アイシャ、何があなたを変えたの? 畑の害虫の駆除すら躊躇うほどだったあなたがどうして?」
情けない男二人に任せてはおけないとばかりに、落ち着いた表情の母さんが、テーブルの対面に座る姉さんに問う。
そんな母さんの、いつもとは違う真剣な顔つきに、初めはアハハと、誤魔化す様な照れ笑いを浮かべていた姉さんだったが、すぐに居住まいを正すと、母さんの目を真っ直ぐに見つめ、
「……あの時、あの熊にギルが襲われそうになった時、私、思ったの。守らなきゃって。そう思って、無我夢中になって……。そして、熊を倒してギルを救えた時、私、嬉しかった。守れたんだ!って嬉しかったの。と、同時に戸惑った。そんな気持ちになれる自分が居た事に。母さんが言った様に、私は何かの命を奪う事はとても嫌い。それは今でも変わらない。だから、自分が分からなくなって……」
「……」
「でも、今日、ウッドゲイトさんがセンチュリ―の話をしに来てくれた時、私、思ったの。そのセンチュリーになれば、自分の事が少し解るんじゃないかって。あまりセンチュリーの事は知らないけれど、誰かを守る大事な仕事をする人だって事は、とても分かった。だから、センチュリーになって、ハッキリさせたいの。あの時のギルの様に困っている人を救って、その時、本当に嬉しいって思うのか。そんな気持ちが本当の自分なのかって……」
そこまで話すと、不安になったのか、姉さんは俯いてしまう。まるで、叱られているかの様な佇まい。すると、姉さんの思いの丈を黙って聞いていた母さんが、軽く息を吐くと、「アイシャ」と姉さんの名を呼ぶ。それに、体をビクッと震わせた姉さん。
「あなたの考えは分かりました。ですが、センチュリーというのは、そう簡単になれるものではありませんし、センチュリーとなってからもとても大変な務めです。それでも、あなたはなりたいの?」
優しい、でもどこか厳しさが籠もった母さんの言葉。それは十歳の子供に覚悟を問う言葉。だけど、姉さんはそんな母さんの言葉を受けて、俯いていた顔を上げると、
「──うん!」と、目の端に涙を浮かべて笑った。
「──そう。なら母さんは、あなたを応援します。自分のやるべき事が見つかって良かったわね」
「……お母さん……」
「ふふっ、子供だと思っていたけれど、親の知らない間に、随分と成長したのね」
と、優しく微笑むと立ち上がり、姉さんの所へ行くと、その頭を胸に抱く。
「頑張ってね、アイシャ」
「……うん」
──こうして、大の男が二人揃ってポカンと口を開けている間に、あれよあれよと全てが決まって行ったのである。それは去年の春の事だった──。
☆
こうして、センチュリーになる事を決めた姉さんは、この年の秋に行われる選抜試験に向けて、特訓を開始した。
元々体を動かすのは好きだった姉さんだが、戦士のさらに上の存在であるセンチュリーになる為には、基礎体力、魔物と戦う武力、魔物を知り、戦いを有利に進める知識力と、必要な力が全てにおいて圧倒的に足りない。そこで、白羽の矢が立ったのが、姉さんにセンチュリーになる事を進め、この村で一番の戦士であるウッドゲイトさんだった。
村や森の中で行われた、数々の訓練。それは朝早くから、夜遅くまで続いていた。訓練が終わって、家へと帰って来た姉さんは、湯浴みもそこそこ、ご飯もそこそこに、倒れ込む様に自分のベッドに沈み込んでいた。
ウッドゲイトさんは、姉さんに自分の持っている知識、弓の扱い方、戦いの中での身のこなし方など、選抜試験合格に向けて、自分の知っている事を全て姉さんに教えていったのである。
すると、才能なのか、姉さんの努力ゆえか、メキメキと力を付けていった姉さんは、秋口に入る頃には、「これなら選抜試験も受かるだろう」と、お墨付きを貰うまでに成長していた。
そうして力と自信をつけた姉さんは、選抜試験を受ける為、ウッドゲイトさんと一緒に、近くにある西の大里に向けて、出発したのである。僕と姉さんがちょうど、十一歳を迎えた日だった。
そして、出発してからちょうど十日が過ぎ、森の中を秋虫の鳴く声が染める中、姉さんの選抜試験合格を願いながらも、いつもの様にミーナ達と遊んでいた僕の目に、ウッドゲイトさんの隣を歩く姉さんの姿が入る。
すぐさま姉さんの元に向かった僕達(ミーナだけは、お父さんであるウッドゲイトさんに抱き着いていったが)に、姉さんはニコリと笑うと、背中に背負った革袋の中から、紙に書かれた合格通知を高々と掲げたのだった。
ウッドゲイトさんと別れた姉さんは、僕の手を握りながら、道中での思い出話を聞かせてくれた。だが、西の大里に着くまでの話で、家へと着いてしまい、続きはその日は聞けなかった。でも、僕は怒る事は無かったのである。それは、久しぶりに姉さんに会えて嬉しかったというのもあるけれど、それ以上に、選抜試験の合格よりも、姉さんの無事の方を喜んだ父さんと母さんの姿を見たからだった。
☆
本当なら、父さんと母さんはすぐにでも姉さんの合格祝いをしたかったらしいのだが、秋の収穫はすでに終わったものの、冬に向けての保存食作りにまだまだ人手が掛かるとの事で、渋々我慢していた。
そこまで厳しくはないものの、雪も降る事もある。その為、冬を越すためには、保存食作りは大切だった。干し肉、干し野菜、干しきのこ……。作る物は一杯ある。
そんな忙しい時に、姉さんの護衛として、西の大里に一緒に行ったウッドゲイトさんが、家へとやってきた。姉さんの旅の安全を守ってくれたウッドゲイトさんに、改めてお礼を伝えた父さん達。それを受けて「いやいや」と照れた様に頭を掻くウッドゲイトさんだったが、「ところで……」と、家に来た理由、その話を切り出した。それが、今行われている、姉さんのお祝いパーティーだった。ウッドゲイトさんは、他の村の人達に相談し、やるのなら、エルニア様の聖誕祭と一緒に派手にやろう!って事になったらしい。それほど、この村からセンチュリー(の候補だけど)が出た事が嬉しく、とても誇らしい事なのだと、ミーナのお母さんであるアイナさんが教えてくれた。
本格的な冬を迎え、村を白く染める様に降る雪を、家の窓から眺めては、姉さんのお祝いも重なった来年のエルニア様の聖誕祭が早く来ないかなと、冬が明けるのを今か今かと心待ちしていた。
そうして聖誕祭と、姉さんのお祝いの日を迎えたのである。