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第六十六話  僕は甘えん坊じゃないよ

 

「よぉ、ギル! 遅かったな! またサボってたのか?!」

「あら、ギル。遅かったわね。どこかで遊んでたの?」



 父さんの後に続いて、両扉になっている教会の扉を潜ると、その中では二十人ほどの村の大人達が、それぞれ作業をしていた。

 だが、教会に入ってきた僕の顔を見るなり、作業の手を止めて、さっき父さんが浮かべた様な、茶目っ気を多分に含んだ顔で、僕に声を掛けて来る。



「皆酷いよ。これでも僕は姉さんの相手をするっていう大役を果たして来たんだからね!」

「おぉ! そんな難しい言葉、何処で覚えたんだ、ギル?」



 抗議の声を上げた僕をさらに揶揄う大人達。そんなあんまりな扱いに不貞腐れていると、フワリと優しく頭を撫でられる。



「ギル、お疲れ様。大変だったでしょう」と、労いの言葉を掛けてくれたのは、母さんだった。何時も着ている、ふんわりとした淡いクリーム色の絹で出来たローブに、淡い緑色のストールを肩に掛けた母さんは、しゃがみ込んで僕を優しく抱き締めてくれた。すると、フワリとはちみつの匂いが鼻をくすぐる。今日のお祝いに出す、ケーキでも作っていたのかもしれない。



「ううん、大丈夫だよ、母さん。いつもの事だしね」

「そう、偉いわね、ギル」



 僕達と違う赤みがかった金色の髪がフワリと揺れ、僕の鼻にかかる。それを軽く手で払うと、「か、母さん……」と恥じらう。父さんを含め、他の大人達が、母さんに抱かれる僕を見て、ニヤニヤと笑っていて、バツが悪かったのだ。


 この村に居る子供は全部で、五人。その中で、僕は一番年下だ。なので、色々と揶揄われる。姉さんだって双子なんだから、同じ年なのにな。



「ミイシャ。ギルの事を可愛がるのは結構だけど、そろそろ準備の続きをしよう。今、ミーナが迎えに行ったが、うちのお姫様の事だ。きっと我慢出来ずに、予定よりもずっと早く、ここに来る事になるだろうからね」



 バツの悪い思いをしている僕に助け船を出す父さん。ミイシャとは僕の母さんの名だ。



「そうね、じゃあ、ギルも手伝ってくれる?」と、髪を払われた事を特に気にする様子も無く、スッと立ち上がると、ニコッと笑う母さん。その顔のお陰で、さっきまで感じていたバツの悪さも、恥じらいも綺麗サッパリと消えていった僕は、「うん!」と、大きく首肯した。


 その僕の返事で、休憩も終わりとばかりに、大人達もそれぞれ作業の続きに取り掛かっていく。父さんも、左右に二台ずつある長机の上を拭き始め、母さんは、教会の奥にある調理場へと向かっていった。


「さて、何を手伝おうか」と、自分に出来そうな作業は無いかとキョロキョロしていると、「全く、ギルは相変わらず甘えん坊だな」と、何故か嬉しそうな顔をして僕に近付いてきたのは、ミーナのお父さんである、ウッドゲイトさんだった。



「僕は甘えん坊じゃないよ、ウッドゲイトさん!」

「ハハッ。甘えん坊はみんなそう言うのさ。さて、それじゃ、ギルには何をお願いしようかな……」



 と、短く切った金髪の頭をグルリと回して辺りを窺うと、壁の飾りつけをしていた女の人に向けて指を指す。



「アイナが少し大変そうだから、手伝ってあげてくれないか?」

「うん、分かった!」



 頷いて、タタッとアイナさんの元に向かう僕に、「頼んだぞ!」と、手を振るウッドゲイトさん。

 ウッドゲイトさんとその奥さん、ミーナのお母さんであるアイナさんは、父さんと母さんと昔から仲が良く、その子供達である僕や姉さんも、自然とミーナと仲が良くなった。僕も小さい時から、色々とお世話になっていて、少し前には、弓の扱いを教えてもらった事もあった。


 ウッドゲイトさんは村一番の弓の名手で、たまに行う狩りや、極まれに村に現れる魔物との戦いでも、その弓の腕で魔物を簡単に倒す。そんなウッドゲイトさんに、僕は密かに憧れていた。



 そうして、自分の元に来た僕に、「じゃあ、手伝ってくれるかしら?」と、アイナさんは僕の頭を一撫ですると、持っていた紙の飾りを僕に渡してきたのだった。



 ☆



「終わった~」



 準備していた色紙や草花で出来た飾り付けを全て飾り付けた壁を見て、木の長ベンチに腰掛けていた僕は、フゥっと汗を拭う。


 そんな僕の目の前に、「お疲れ様、ギル。はい、これ」と野イチゴとはちみつで作ったジュースの入った木のコップが差し出される。顔を上げると、そこには同じコップを持った母さんが立っていた。


 それを受け取って、一口含むと、野イチゴの酸味と、はちみつの優しい甘さが口一杯に広がる。その美味しさに、僕はそれを呷るように一気に飲み干すと、「ぷはっ」と、コップから口を離す。コップを放してもなお、口の中にいまだ残る甘さと酸味が、疲れ切った体を優しく癒してくれる様だった。



 そうして、一息吐いた僕は、改めて、教会の中を見回す。

 小さな教会の壁には、色紙や草花で作られた飾り付けがこれでもかと飾り付けられ、四台ある長机の上には、母さんを始めとする女の人が腕を振るった自慢の料理たちが、そこかしこで美味しい匂いを立ち昇らせている。教会の中だけでは無い。外の壁もミーナが頑張って飾り付けをしてくれていた。

 いつもの教会が、まるで絵本に出て来る宮殿の様に装飾されたその姿に、僕はとても興奮し、長ベンチの後ろに立っていた母さんの顔を見上げると、「これで姉さんも喜んでくれるよね?」と、笑う。



「えぇ、そうね。アイシャはとても喜ぶと思うわ。ギルも手伝ったし」

「僕、あまり手伝って無いけれど? ま、良いか。姉さんが喜んでくれるなら! 姉さん、どんな顔をするかなぁ?」

「そうね、きっと、目を大きく開いて、口もあんぐりと開いたままになっちゃうかも知れないわね」



 二人して、姉さんの喜んだ顔を想像しながら笑い合っていると、「楽しそうだね」と、父さんもやってくる。



「ギル、お疲れ様。疲れたかい?」

「うぅん、全然! それより、そろそろ姉さんが来る時間じゃない?」

「お? もうそんな時間かな?」



 そう言って、父さんは何やら呟いたかと思うと、自分の目の前に小さな火の玉と木の枝が出て来る。そして、木の枝の周りを火の玉がグルグルと回り始めたかと思うと、ピタッと止まった。



「十一の時か。約束の時間だね。じゃあ、アイシャとミーナがもうすぐここに来るかな。私としては、約束の時間よりも早くアイシャが来ると思っていたけれど、ミーナが頑張ってくれたみたいだね」



「ふふっ」っと顔を綻ばせた。すると、



「お? 今日の主役の登場だぞ!」



 と、教会の入り口で、外の様子を見ていたウッドゲイトさんが、大きな声で姉さんが来た事を報せてくれた。



「さすがはアイシャ。時間通りだ。さて、では迎えに行くとしようか。ギル、おいで」

「うん!」



 返事をし、座っていた長ベンチから立ち上がると、父さんの横に並んで、入り口まで歩く。すると、小さいながらも姉さんとミーナが交わす話し声が聞こえて来た。すぐそこまで来ているみたいだ。



「うわぁ、キレイ! これ、ミーナがやったの?」

「うん! どうかな、アイシャさん?」

「とっても素敵! ありがとう、ミーナ!」

「えへへ♪」



 入り口に辿り着くと、さっきよりもはっきりと、二人の会話が聞こえて来た。どうやら、教会の外の壁にミーナが飾り付けた色紙や草花を見て、姉さんが感動しているみたいだ。



「喜んでくれて、嬉しい! でも、教会の中はもっとスゴイと思うよ! いこっ!」

「わわっ!? 待ってよ、ミーナ!」



 嬉しさの余り、気持ちが逸ってしまったミーナが、姉さんの手を引っ張って、角から姿を現す。



「あ、ギル! それに父さんとウッドゲイトさんまで!」



 ミーナに手を引かれながら僕達の居る教会の入り口まで来ると、姉さんは嬉しそうに笑う。



「ようこそ、アイシャ。 待たせちゃったかな?」

「うぅん、そんな事無いよ、ウッドゲイトさん。ミーナとお話ししてたら、あっという間だったもん!」

「そうか。ミーナも役に立ったみたいで良かった」

「みたい、じゃなくて、ちゃんと役に立ったんだから!」



 姉さんを出迎えたウッドゲイトさんが、姉さんの横に立つミーナの頭をポンと軽く叩くと、ミーナはそれを嫌って、思いきり払う。



「うん、ミーナもご苦労様。アイシャの送迎まで頼んでしまって悪かったね」

「うぅん、気にしないで、おじ様。それで、準備は全部終わったの?」



 労う父さんに、手を振って気にしないでと伝えるミーナ。そして、中の様子を覗き込むと、そう父さんに質問する。ちなみに、ウッドゲイトさんは、教会の扉に寄り掛かっては、「娘に嫌われた」と、泣き真似をしている。



「うん、無事終わったよ。ミーナを始め、皆のお陰だ。さぁ、アイシャ。中へお入り」



 優雅に今日の主役である姉さんに一礼すると、教会の中へと招き入れる父さん。


「うん」と返事をし、「失礼しま~す」と、恐るおそる教会の中へと入る姉さん。すると、そこに、



「「「アイシャ! センチュリー候補生の選抜試験、合格おめでとう!」」」



 と、中に居た人達から、祝福の声が一斉に掛けられる。


 そう、教会に装飾を施し、聖誕祭の時しか食べられない様な料理が、長机に所狭しと並べられたこのパーティーの目的は、僕の姉さんが、センチュリー試験に受かったことへのお祝いだった。


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