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第六十五話  まるで結婚式みたいだな……

 

 ★  ギルバード視点   ★



「今日はおめでたい日なんだから、姉さんは家で、ミーナが呼びに来るのを待っていれば良いよ」

「そんな事言って。だったらギルも、私の相手をしなさい!」

「いや、僕はやる事があるから!それに、姉さんの相手は朝にちゃんとしただろ!?」



「それじゃあ!」と、中に居る双子の姉に手を振ると、玄関の扉を開ける。すると、霊峰ピレネーから昇ったばかりの、陽の星から差し込んでくる春先の朝の白い光が、朝露に濡れた木々の葉や家の窓を照らし、僕の目に映るいつもの見慣れた村の景色を、キラキラと輝かせていた。まるで、この森に住む全ての精霊たちが、今日という日を祝福しているかの様だ。



「うん、良い天気だ!」



 これ以上無い気持ちの良い朝に、僕は嬉しくて、堪らず独り占めするかの様に新鮮な朝の空気をたっぷりと肺に取り込んでは、その香りを楽しむ。そうして、たっぷりと深呼吸して満足した僕は、目的地である教会へと向かう為、家のすぐ前を通る、割れたレンガが敷き詰められた道を歩き始めた。

 頭を思いきり後ろに倒して上を見ても、まだてっぺんが見えない程の背の高い木々の間を、縫う様にして建てられた家々。その中に一棟だけ、毛色が異なった建物がある。それが、今、僕の向かっている教会だ。

 村に建つ住居全てが、森で間伐した木で出来ているのに対し、ほぼ村の中央に建てられたその教会だけは、赤銅色のレンガ造りになっていた。

 この村の開拓者である父にその理由を聞いた所、「エルニア様を、私達と同じ様な所に住ませる訳にはいかないからな」と、得意げに笑っていたっけ。道に敷かれたレンガは、その時の余り物や落として割れた物らしい。


(ここまで開拓するのは、大変だったろうな……)


 綺麗に敷き詰められた、苔生して色を変えたレンガの上を歩きながら、開拓当時の父さん達の苦労に思いを馳せる。



 ここは僕と姉、そして父さんと母さんが暮らす、鬱蒼とした森の中にある、名も無き小さな村。ここに、僕達の様なエルフが、50人程暮らしている。すぐ近くには西のエルフの大里と呼ばれる、僕達エルフの住む大きな街がある。父さんと母さんがそこからこの村に移って来たのは、まだ僕も姉さんも生まれる前だった。

 なんで、西の大里からこの森に来たのかは分からない。前に理由を聞いた時、「自由を愛するエルフの血がそうさせたんだ」と、村のすぐ近くで自生していた山葡萄で作ったワインを飲みながら、父さんはそう語っていた。

 そうして、まだ殆ど開拓されていなかったこの森を、先に居たエルフや、後から来たエルフと遺書になって、木と、精霊と、そして、ここに住む動物達を一番に考えながら、少しずつ開拓していった父さん達の尽力で、今の村が出来たのだった。


(僕が生まれてもう12年になるけど、僕が物心ついてからは、新しい家は建っていないよな)


 この村で一番新しい建物は、教会だ。その教会も建てられてから百五十年になるという。それから、この村に新しい家が建っていない。この村に移住してくるエルフが居ないからだ。


(まぁでも、僕はこの位でちょうど良いと思うんだよな。静かでいいし)


 50人しか暮らしていないこの村では、ある意味みんなが家族みたいなものだ。その家族観が生み出す心地よさが、僕は気に入っていた。


 そんな事を考えながら歩いていたら、すでに教会は目と鼻の先だった。まぁ、家からそこまで距離がある訳では無いんだけど。


 レンガを作る際に、父さん達が掛けた“不変”の魔法のお陰で、劣化の速度は遅いとは言え、少しずつ痛んでは来ている教会の壁。その教会の壁には、色紙や草花で綺麗な飾り付けがされていた。



「まるで、結婚式みたいだな……」



 いつもとは違う教会の出で立ちに、ボソリと感想を述べると、



「何が結婚式ですってぇ!?」

「うわっ!?」



 壁の角から人が現れたかと思うと、突然怒られた。



「何だ、ミーナか。驚かすなよ」



 現れたのは、ミーナだった。ミーナはこの村に住むエルフの女の子で、僕や姉さんよりも年下である。ハッキリとした年齢は分からない。前に年齢を聞いたら、「女の子に、歳を聞いたらダメなんだからねっ!」と怒られてしまった。なんでだ?


 子供の少ないこの村(というより、エルフはその長命に比べて子供の時期が短い為、子供が少なく感じるだけらしい)で、僕と姉さんと年齢が近い事から、ミーナとは昔から良く遊んでいた。


 ミーナは肩まである、僕と姉さんの様な金髪では無く、赤みがかった茶色の髪を紐で一つに縛っていた。何かの作業をしていたらしい。みると、赤みがかったその髪や、ミーナが着ている緑色のワンピースには、教会を彩っている草花の欠片が、くっ付いていた。



「驚かすなじゃないわよ! 一体今まで、何をしていたの!?」

「家で姉さんの相手をしていたんだよ」



 腰に手を当てて、僕より少しだけ高い位置にあるその顔を、ふくれっ面にしたミーナに、僕は突き出した両手平を向けて、弁明する。


「本当かしら? 準備が嫌で、何処かでサボっていたんじゃないの!?」

「そんなに言うなら、ミーナが姉さんの相手をすれば良いだろ? それに、ほんとかどうかは姉さんに聞けば判るさ。準備が終わったら、ミーナが姉さんを迎えに行くんだろ?」



 疑いの目を向けるミーナに少しムッとしながら、俺は確認した。



「そうよ。ある程度準備が終わったら、私が迎えに行く事になってるわ。そうね、ギルの言う様に、アイシャさんにギルがサボってなかったか、聞いてみるわ」



 腕を組み、ウンウンと頷くミーナ。僕と姉さんは双子なので、歳は同じなのだが、何故か姉さんに対してはさん付けで、僕は呼び捨てである。意味が分からない。


 好きにしてくれと、そんなミーナに呆れていると、



「誰が騒いでいるかと思いきや、またお前達か。痴話ゲンカはよそに行ってやって来なさい」



 ヌッと、角から現れたのは、エルフにしてはとても珍しい、口髭を生やした大人だった。誰だろう、僕の父さんだ。

 村で採れた麻で出来たシャツとズボン姿の父さんは、特徴的な左右で色の違う目で僕達を交互に見ると、軽く溜息を吐く。



「おじ様! 痴話げんかなんてしてません! というか、痴話げんかって何ですか?! 私とギルはそんな関係じゃないですよ!」

「そうだよ、父さん。そもそもミーナが変な言い掛かりをつけてきたのが原因なんだ。だから、僕は悪くない」

「何ですって~!?」

「はぁ。まぁまぁ、二人とも。……それで、ギルは今来たのか?」



 父さんの登場で、少しは落ち着くと思ったこの場も、父さんの余計な一言で、再び熱が入ってしまった。失言だったと短く溜息を吐くと、父さんは俺に視線を向ける。



「うん、そう。姉さんの相手が終わったから、こっちの手伝いに来たんだ」

「そうか。じゃあ、教会の中の準備がまだだから、そっちを手伝ってくれ。分からない事は、中に母さんが居るから、母さんに聞くといい」

「うん、分かった」

「ミーナはどうだ? 外の飾り付けは?」

「だいたい終わったけど、これでどうかしら、おじ様?」

「……うん、良いんじゃないか。これで、ミーナの担当箇所は終わりかい?」

「えぇ、終わったわ。後はアイシャさんを呼びに行くだけよ」

「そうか。なら、もう迎えに行ってくれないか?」

「え? それは良いけど、まだ、中の準備は終わっていないんじゃ?」



 教会の壁に施された飾り付けを見て、ウンウン頷く父さんがミーナにそう指示を出すと、ミーナは首を傾げる。それを見て父さんは、困った様な笑みを浮かべて、



「うん、終わるまではもう少し掛かると思う。でも、あのアイシャの事だ。待ちきれなくて、家を出てしまうかも知れない。そうならない様に、ミーナに相手をしてもらいたいんだ」

「えー!? 私、ギルの様には出来ないよ!?」



 堪らずといった感じで、ミーナは傾けていた首を今度は横にブンブンと振る。それを見て、父さんは柔らかく微笑むと、



「大丈夫。ミーナは違う事でアイシャの相手をしてもらいたいんだよ。なんだったかな? ほら、最近言っていた……」

「あ、あれね。西の大里で流行っているお菓子の事でしょ?」



「う~ん」と、何かを思い出す様に斜め上を見る父さん。その父さんが何を言いたかったか分かったミーナが、嬉しそうに顔を崩す。



「うん、それだ、それ。アイシャもまだまだ子供だから、甘い物が好きでね。要は話相手になってやってほしいんだ」



「頼めるかい?」と、父さんがミーナの頭の上に手をポンと乗せると、アイシャは嬉しそうに笑いながら、



「分かったわ、おじ様。アイシャさんの話相手をしてくる!」



 と、頭や服に付いていた草花の欠片をパッパッと軽く払うと、姉さんの居る家へと伸びるレンガ道に向かう。



「アイシャさんを連れてくるのは、約束の時間で良いんでしょ~?」

「あぁ。大丈夫だ。しっかり話相手になってやってくれ」



「は~い!」と、手を振りながら、ミーナは家へと向かっていった。

 その姿を見えなくなるまで見送っていた父さんは、一つ頷くと今度は僕の頭に手を乗せて、



「さて、じゃあ、サボっていたギルには、何をお願いしようかな?」



 と、茶目っ気たっぷりに笑った。


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