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第六十四話  本物のネームド

 

 ──エルフ──


 この世界にある伝承や言い伝えにも出て来る、伝説上の種族。その容姿は伝承や言い伝え、そしてラノベに至る物を含め様々である。イタズラ好き、容姿端麗、神に近き精霊……。


 エルーテルに住むエルフであるギルバードは、俺に馴染み深い容姿をしていた。綺麗な金髪、ムカつく程のイケメン、長命であるがゆえの穏やかな性格、そして、先端の尖った細長い耳……。


 初めてギルバードがエルフだと知ったのは、多比良姫様のお屋敷で彼が記憶を取り戻した時では無く、うちで一緒に暮らす事になった最初の夜だった。

 エルーテルに風呂という文化があるか分からなかった俺は、その日の夜、ギルバードと一緒に風呂に入る事にしたのだ。この国にある、同じ釜の飯を食い、裸の付き合いをすれば、みんな友達の輪っ!てやつだ。


 そうして、風呂という文化を知ってはいたものの、実際に入った事が無かったギルバードと一緒に風呂に入り、その金髪を洗い流していた時に、その特徴的な耳を拝見する事になったのである。


 ギルバードがエルフであると判った俺は、早速舞ちゃんに報告し、失った記憶が戻る手掛かりにならないか相談。それを聞いた舞ちゃんが、あれこれとギルバードに質問したが、特に記憶が戻る事も無く、「私はエルフなんですねぇ」と、せっかく自分の出生が分かったというのに、他人事だった。特に困っていないギルバードに、俺はギルバードの記憶を戻そうとはあまり思わなくなったのである。


『エルフ、か。久しく見ては居なかったが、まだ生き残っていたのだな……』



 ブフゥと、大きく息を吐く金銀オーク。その目はギルバードをしっかりと捉えている。


 対するギルバードだが、様子がおかしかった。いや、おかしくなった。それまでの、どこか余裕ぶった態度が、被っていた布からオークが姿を現してから一変したのだ。持っていた弓を放り投げては、跪き、まるで怯える様に両の肩を掻き抱き、ガタガタと小さく震えている。完全に戦意を喪失した、急変と言えるギルバードの様子の変化。何が彼をそうさせたのか!?


(オークはエルフにとって、まさに天敵とも言える魔物。だからあそこまで恐れているんじゃないのか!?)


 エルフとオーク、それは水と油の様に絶対に交わる事の出来ない間柄、だと俺は思っている。主に18禁のアニメやマンガに良く描かれる、うら若き女性のエルフと狂暴なオークの凌辱話は、枚挙に暇無い程だ。それと似通っている物で、オークと女騎士の間柄というのもある。


 だが、ギルバードは男である。それは、家の風呂でも確認したし、「へぇ、そっちの毛も金色なんだぁ」と、下世話で最低な知的好奇心が解決した瞬間だったので、良く覚えている。


(まさか、ソッチの気が──!?)


 等と考えて、首を振る。今はふざけている場合では無い。ギルバードの相手は、ミケも恐れる本物のネームドなのだ。そんなヤツを前にガタガタと震えていては、殺してくれと言っている様なものである。



「どうした、ギルバード!! 取り合えず立て! そのままじゃ、殺されるぞ!!」



 声を張り上げ、ギルバードを鼓舞する。もし、そこまで怯えて戦えないと言うのであれば、今すぐギブアップをしてくれてもいい。とにかく、蹲り、ガタガタと震えている状態を何とかしたかった。


 俺の檄が効いたのかは分からないが、何やらブツブツと呟くと、フラフラと立ち上がる。今だに不安要素しかないが、取り敢えず立ってくれた事にホッとする。



「よし。良いぞ、ギルバード! 戦えないのなら、今すぐギブアップしていいからな!」



 立ってくれた事、それだけで嬉しくなった俺はギルバードを褒める。すると──、



『……さっきから五月蠅いぞ、小僧』



 立ち上がったギルバードを見て、嬉しそうに口を歪ませた金銀オークが、俺を睨む。そこに籠められた圧に、「ひっ!?」と、隣にいたミケが短い悲鳴を上げるが、俺はそれを真っ向から受け止めると、



『……言葉の意味が解るのかよ。オークのおっさん』

『ほぉ。オレの圧を受けて、そこまで吼えるのか、小僧。人族にしておくのは惜しいな。どうだ?あそこでガタガタと震えているエルフの代わりに、オレとやらんか?』



『そこの猫よりも、な』と、怯えるミケを蔑む金銀オーク。そのミケの前に立つと、オークを睨み付け、



『そりゃ、どうも。でも、俺にソッチの気は無ぇよ。そして、今のアンタの相手はギルバードだ。──強いぜ、ギルバードは』

『それは楽しみだな。なら、存分に楽しむとしよう』



 フンっと鼻を鳴らすと、立ち上がったには立ち上がったが、顔面蒼白で今にも倒れそうなギルバードに向かって、ゆっくりと近付いていくオーク。



『さて、あの人族の小僧はああ言ったが、本当に戦えるのか? エルフの戦士よ』



 金と銀、それぞれの斧を淡く光らせるオーク。自分の得物に魔力を通し、準備万端だ。

 それに対し、ギルバードは弓すら持っていない。迫ってくるオークにすら視線をくれず、俯いているだけである。


「おい、ギルバード! ギブアップと叫べ! それだけで良い! そうすれば、俺が戦うから!だから、ギブアップしてくれ!」



 戦うどころか、立っているのもやっとなギルバードに、金銀の斧を持ったオークがついに辿り着く。それでも、顔を上げる事なく、何かをブツブツと呟くギルバード。



『……何がお前をそうさせたのかは、分からん。だが、お前と戦う以上、あの方にオマエ等を殺せと命じられた以上、お前に戦意があろうと無かろうと、オレはお前を殺す』



 そう言うと、雨合羽の様になっていた布切れを、「フンっ!」と気合を込めて四散させた。まるで、アニメやマンガで筋肉自慢の男が、着ていたシャツを筋肉で弾けさせる様なその様に、思わず「親方!」と、呼んでしまいそうになる。


 そうして消えた布切れの下は裸では無く、黒色の、コンバットスーツの様な服の上に、同じく黒色の革鎧姿をしていた。そして、その背中には、何かを差し込める様な小さな筒状の、ホルダーの様な物が二つ付いた茶色のベルトが巻かれている。


 すると、持っていた二本の斧を、そのホルダーに二本とも差し込むと、無手になったそのデカい手で、ギルバードの、雀宮さんに作ってもらった服の襟元を握り締めると、ググっと持ち上げる。



「う、うぁ……」

『さっきの魔法矢は見事だった。それだけに、お前がこうなってしまったのは、とても残念だ』「う、うぅ」

『今のお前には、オレの相棒たちを使うまでも無い。この手で緩やかに絞め殺してやろう』



 そう宣言した後、グググッと力を込めるオーク。と同時に、ギルバードの足が地面から離れていく。



 《突如として、様子がおかしくなったギルバード様を、締め上げて行くオーク選手! 出来れば殺して欲しくは無いので、ギルバード様! どうか、ギブアップしてください~!!》



 実況のお姉さんの悲痛な叫び。それは会場内に居た女性の総意らしく、あちらこちらで「ギル様ぁ~!」「ギブアップなさってぇ!」と、ギルバードにギブアップする様に勧める声が聞こえてくる。



「そうにゃ、ギルさん! 参ったするにゃ! あとの事は、凡太に任せるにゃ!」

「ミケの言う通りだぞ、ギルバード! 降参しろ! ギブアップって言うんだ!!」



 俺とミケもギルバードに向けて、ギブアップする様にと叫ぶが、ギルバードは胸元を掴むオークの手をグッと握り返すだけで、その口からはギブアップという言葉は出ない。



『ん? そうか、悪かったな。オレが絞めているから離せないのか。では、少し緩めてやろう』



『オレは慈悲深いからな』と、ギルバードの胸元を掴む手を少し緩める。と、苦し気に咳き込むギルバード。そうして暫く咳き込むと、息を整える。



『どうだ、エルフの戦士よ。少しは楽になったか? 話せる様になったか? ならば問おう。あの人族の小僧の言う様に、お前は降参するのか?』



 まるで、自分がギルバードの命を握っていると言わんばかりの上から目線なその言葉に、イラつきながらも、ギルバードに向かって叫んだ。



「もういい、ギルバード! 俺に任せろ! そうだ! 俺は戦いたくなってきたぞ! そのオークとな! まさか現実世界でオークと戦える日が来るなんて、何て俺はラッキーなんだろ! だから、頼む! ギブアップしてくれ! そして、ソイツと戦わせてくれ! 頼む!」



 勝ち抜き戦じゃないから、オークと戦う事は出来ない。だから、俺の口から出たその言葉は、嘘だ。でもそんな事は関係無い。このままではギルバードを失ってしまうのだ。あの試合が始まる前の、霞の様に姿が薄くなったギルバードの姿が思い浮かぶ。そんな事にはさせたくない!



『だそうだが、どうする? エルフの戦士よ? オレとしては、今のお前と戦うより、あっちの生きの良い小僧と戦う方が、楽しそうではあるがな』


 と、俺の方へと視線を向け、熱視線を送ってくるオーク。ギルバードと違って、俺はこんな魔物にモテる人生なのか!?



『さて、最後通告だ! 降参か!? 続行か!? どちらだ!?』



 緩められ、息を整えたギルバードは、フッと口もとを緩めると、



「……あんな、すぐにバレるウソ、私が、分からないと、でも……?」

『──続行だ』

「うぐぐうぅ!?」

「ギルバードぉ!?」



 震える体とは裏腹な、ギルバードの見せた続行の意思を受け、オークは再びギルバードの胸元を締め上げる。と、会場内にギルバードの苦悶の声が響いていき、会場の女性達の悲鳴がそれを追う。



「なんでだよ!? ギルバードぉ!?」



 最後の望みが絶たれた今、ギルバードがギブアップを口にする機会は失われたと言っても過言ではない。その選択に、俺は頭を抱える。


(こうなったら、仕方ない! ギルバードの失格を承知で、飛び込もう! ギルバードを失うよりもよほど良い!!)


 隣のミケを見ると、俺を見ていた。そのミケに頷くと、少し考えてから頷き返してくれた。そして、自分の体に巻かれた包帯を解き始める。これから行う事に、その包帯は邪魔だからだ。だが、ミケはゴブリンとの戦いで、大ケガを負っている。まともに戦う事すら出来ないだろう。だから、オークも、俺の対戦相手だと思われる黒い人影も、そして、不気味な存在感を放つ、土手の隣に居る白髪の老人も、俺が相手にすればいい。その間、ミケと舞ちゃんには、学校の皆を守って貰おう!


 そう決断し、自分の中にある魔力を練って行く。別に練り上げなくても問題無いのだが、こうした方が効率良く、魔力を使える気がしたのだ。幾ら、この会場内に魔力があるとしても、その使い方すら分からない俺。最低でも三連戦を行うかもしれないのだから、限りある魔力を無駄にはしたく無い。



「……っ……」

「──!?」



 そうして、魔力を練る為に集中していると、俺の耳に誰かの言葉が入って来た。高まった魔力が無意識に、五感を高めていたのだろう。

 耳に入って来たその言葉は、闘技場の上、今まさに、絞め殺そうとしているオークと、それに耐えているギルバードの方から聞こえてきた。アンテナを張る様に、そちらに意識を向けると、それはギルバードの声だった。

 オークのデカい手で締めあげられ、苦し気な呼吸の合間に紡ぎ出された言葉。それは──



「──姉さん……」だった。


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