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第六十二話  第二試合

 

「それでは、第二試合──、始めっ!!」



 第一試合同様、審判らしき、黒服に蝶ネクタイを締めた体格の良い男の人の開始の合図と共に、会場に設置された打ち上げ筒から、花火が打ち上げられる。その様子に、観客たちも大いに沸いた。



 《さぁ、始まりました、第二試合! この試合の様子も、しっかりと実況してまいりますっ!》



 お姉さんの気合いの籠もった実況に、耳を傾けながら、俺は先ほどの事を思い出していた。


 それは、闘技場へと向かっていくギルバードの姿。その姿が一瞬、そう、一瞬だけ儚く消えかけてしまった事に対してだ。


(気のせい、だよな。まさか、ギルバードに限って……)


「どうしたのにゃ、凡太?」

「いや、なんでもないよ」



 隣に立つ、マンガみたいに全身を包帯でグルグル巻きになったミケが、俺の顔を見て首を捻る。

 それにヘヘッと、無理やりに笑顔を作るが、上手く笑えたかどうかは分からない。ちなみに舞ちゃんは、医療室へと向かえに来た黒服と一緒に、実況席へと戻されてしまった。


 俺の誤魔化し笑いに再びコテリと首を捻るが、「ま、いいにゃ」と、闘技場に顔を向け直すと、始まった第二試合の主役であるギルバードに向けて、声援を送る。


(そうだな、今はギルバードが無事に勝って、俺達の元に帰って来れる様に、一生懸命応援しなきゃな!)


 両の頬をパシンと叩き、要らない雑念を振り払うと、俺もミケの隣に立って、ギルバードに声援を送る。


 だが、その考えがフラグであると、この時の俺は気付いていなかった。



 ☆



 闘技場では、ギルバードと布被りの大きい方が、睨み合っている。いや、ギルバードの顔はどこか涼し気で、微かに笑っている様だ。


 そんなギルバードが着ているのは緑色の、中世の人達が一般的に良く来ていそうな、ボタン留めのシャツとズボンという服装の上に、カーキ色の革鎧を着こなしており、その長い金髪がより目立つ格好だ。

 そのせいか、観客たちの中にギルバードの名を叫ぶ──主に女性の声が聞こえる。対して、野太い声でのブーイングも凄まじいが。うんうん、分かるよ、その気持ち。


 その中の革鎧だが、多比良姫様のゴミ……、ゴホン、コレクションの中にあった物だ。多比良姫様曰く、「昔、北欧の知り合いが何かに送ってきた物での。何かに使えないかなと思って、取っといたのじゃ」との事。ギルバードがその服と革鎧を見て感激していたのを見た多比良姫様は、「男前が気に入ったのなら、良かったのじゃ」と、喜んでいた。

 そして、その下に着ているシャツとズボンだが、これは多比良姫様のコレクションでは無く、なんとあの雀宮さんのお手製である。革鎧を見つけたギルバードが、「これがあるならば、エルーテルに居た時にしていた恰好になりたい」と、雀宮さんに相談し、作って貰ったのである。ギルバードに頼まれた雀宮さんは、スズメじゃなくてツルなんじゃないかって位に、現代の機織り機であるミシンを使って、徹夜までして作り上げた逸品だ。出来上がったそれを受け取ったギルバードが、「有難う御座います」と、雀宮さんにお礼を伝えた時にその場に居合わせたが、雀宮さんの小さな頬は真っ赤になっていた。イケメンは鳥類すら虜にするらしい。


 そして、何かの革で出来た手袋を嵌めたその手に握るのは、木で出来た和弓の様な弓だった。だが、その背中には矢の入った入れ物、所謂、(えびら)は持ってはいない。



「私はギルバード。ギルバード・フォン・ルクセンドルフと申します。それで、あなたは?」

「……」



 闘技場の上では、優雅にお辞儀をして自己紹介をし、布被りに名前を問うギルバードと、そのギルバードの質問をアッサリと無視する布被り。



「これから戦う相手の名前を知っておきたいと思ったのですが、名乗りたくないのでしたら、仕方ありませんね。それでは、始めましょうか」

「……」



 相変わらず何も言わない大きな布被りに対し律儀に一礼すると、布被りから距離を取る為、履いていた茶色の革ブーツで地面を蹴り付ける。


 そして、一定の距離を取ったギルバードは、試合が始まってから、まだ一度も動いてすらいない布被りに向かって、矢を番えていない弦を引いた。



「……マジックアロー」



 そうギルバードが呟くと、引いた弦の中仕掛けと握りの間に突如として光が集まり、矢の形が現れる!



「──しっ!」



 短く息を吐くと、引いていた弦を放す。すると、矢の形をした光の塊が、布被りに向かって飛んで行く!



 《おおっと、ギルバード選手が弓で放った光の塊が、我らの教祖様の戦士に向かって飛んでいく! これは危な~い!!》



 実況のお姉さんの声が城内に響く中、光の矢が布被りに迫り、そして、一歩も動かない布被りの顔のすぐ横を通り過ぎては消えてしまった。



「……これが私の得意としている攻撃、マジックアローです。どうです?驚いてくれましたか?」



 ニコリと、まるでイタズラでも成功したかの様に笑うギルバード。その顔は殺し合いをする様な場所で浮かべるべき顔では無い。

 そしてその顔を、俺はつい最近見たばかりであった。



 ☆



「記憶を戻すのじゃ!」

「……はい?」



 あれは、多比良姫様の屋敷で世話になってから、三日目が過ぎた位だった。


 いつもの様に雀宮さんが作った朝ご飯を皆で食べ終えた俺は、俺とギルバードが世話になっている間に使ってくれと宛がわれた部屋で、さて、今日は何をしようかと考えている時、閉まっていた障子襖がバァン!と開け放たれ、屋敷の主人である多比良姫様が現れた。


 そして、驚いている俺をよそに、部屋の中央に置かれた丸い座卓まで来ると、敷かれた座布団の上に座り、開口一番にそう言い放ったのである。



「記憶、ですか? 誰の?」

「そんなの決まっておろう! 色男のじゃ!」

「色男……、あぁ、ギルバードの事ですか」



 色男と聞いて、ギルバードの事を言っていると察した俺は、「はぁ」と短く息を吐いた。

 多比良姫様はカタカナ文字に弱いらしく、ギルバードの事は色男と呼んでいた。ちなみにミケの事は猫娘と、天さんと同じ様に呼んでいる。



「ギルバードの記憶については俺もネットで色々と調べたのですが、あまり素人が手を出さない方が良いみたいで……。それに、普段の生活には困っていないので、本人もあまり乗る気じゃないんですよね」



 ギルバードと一緒に住み始めた当初、記憶が無いギルバードを不憫に思った俺は、何か出来ないかと色々調べたが、あまり有用なものは無く、中には素人が手を出したせいで余計に拗れたみたいな事も書かれていた。それに、言葉や生活習慣などの記憶は失っていない為、無理やり戻してあげようと思う気持ちも次第に無くなっていった。



「そうは言っても、記憶は戻った方が良いじゃろう? な?」

「は、はぁ。それはそうですけど」

「それにな。これはわらわの勘働きなのじゃが、あの色男の記憶を戻しておいた方が良い様な気がしてならんのじゃ……」

「え、それって?」

「いや、こう!と詳しくは言えんのじゃが、わらわもこの国を守護する神々の末席に居る者。己の勘働きには自信があるのじゃ。その勘働きが訴えておるのじゃよ」

「そ、そうですか……」

「うむ。じゃから男よ。お主も手伝うのじゃ! どうせ、やる事も無いのじゃろう?」

「はぁ、まぁ」



 と、いう事で、屋敷の外で天さんと二人、森林浴をしていたギルバードを呼び出し、彼に事の顛末を伝えると、嫌な顔一つせずに「お願いします」と頭を下げたのだった。



 ☆



 そうして始まった、ギルバードの失った記憶を呼び戻そう作戦(命名、多比良姫様)は始まった。



「……で、何をやるのですか、多比良姫様?」



 ギルバートの失われた記憶を取り戻させるという事で、まずは何からやるかと、俺達の滞在する部屋の前に、まるで刑事ドラマに出て来る、〇△捜査本部と書かれた戒名(かいみょう)の様に、作戦名の書かれた長い紙を張り付け終わった多比良姫様が、額を一つ拭うと、俺達の居る丸い座卓の所にやってきては、座布団に座る。



「うむ、男よ!よくぞ聞いてくれた! まずはこれを見るのじゃ!」



 と、ババァ~ン!と効果音付きで、着物の懐から取り出したそれは、一冊の本だった。



「えっと、どれどれ……」



 座卓に置かれた、実用書の様な本を手に取り、タイトルに目を向ける。すると、そこには──


【素人にも出来る!? 記憶喪失の治し方入門】


「って、絶対ダメなやつやんけ~~!!」

「な、何をするのじゃ~!?」



 タイトルを見た途端、全力で窓から本を投げ捨てた俺に、避難の声を上げる多比良姫様。だけど、自分の取った行動が何一つ間違っていない俺は、本を捨てられた事を怒って詰め寄ってきた多比良姫様に、逆にこちらから詰め寄ると、



「さっき言いましたよね!? 素人判断が一番危ないって! それに何ですか、あれ!? 【出来る!?】って、【!?】マークが付いてるじゃ無いですか! しかも入門って! よくあんな本ありましたね! マジでアレは無いです! 無理ですって!」

「そ、そんな事は無いのじゃ! わらわは昨日一晩掛けてアレを呼んだのじゃ! じゃから大丈夫なのじゃ!」

「入門編を一晩呼んだだけで出来たら、誰も苦労しませんよ!」



 当人のギルバードを差し置いて、あ~だこ~だと言い争う俺と多比良姫様。その後、「どうしました!?」と、騒ぎを聞きつけた雀宮さんが止めるまで、言い争いは続いたのだった。



 ☆



 あ~だこ~だと言い争った手前、ギルバードの記憶を取り戻そう作戦に些かやる気を失った俺に対し、自信のあった入門編の実用書を捨てられた事で、俄然やる気になった多比良姫様は、その後も事ある毎にギルバードを呼び付けては、あれやこれやと試していた。のだが──……、



「そうじゃ! コップの水を向こう側から飲むのじゃ! それでも記憶が戻らなければ、今度は深呼吸をした後に、息を止めるのじゃ!」

(それは、しゃっくりの止め方だよ……)


 また、ある日には──……



「寝る時に、枕の高さを自分に合う様に調整するのじゃ!」

(それは、イビキの止め方では……?)


 そして、またある日には──……



「親指と人差し指の間を、指でこうグリグリっと押すのじゃ! 気持ちが良いぞ!」

(それは歯が痛かった時に押すツボだよ!)


 と、おおよそ記憶喪失の治療とは関係の無い、しかも治療とは程遠い素人対応を続ける多比良姫様を、流石に見ていられなくなった俺は、晩御飯を食べている時、一言多比良姫様に言う事にした。なぜ、晩御飯の時に言う事にしたかというと、ただ単に、皆に俺の意見が間違っていない事を示したかっただけである。



「──多比良姫様、一つ良いですか?」

「何じゃ、改まって?」



 いつもの様に晩酌を楽しんでいる多比良姫様と面向かい、居ずまいを正す。それを見た他の皆は、これから何が始まるのかと興味津々の様で、箸を止めた。



「多比良姫様がギルバードの記憶を戻そうと、日夜頑張っているのは知っています」

「う、うむ。そうじゃろう! だというのに、最近のお主は付き合いが悪く──」

「しかし、そのやり方は間違っています!」

「な、なんじゃと~!?」



 カランと、空になった盃を落とす多比良姫様。若干、演技臭いものを感じたが、ショックを受けているのは分かった。ならば、畳み掛ける事にしよう。



「どど、どこかじゃ! どのやり方が間違っていると申すのか!?」

「今までのもの、全てです」

「ぜ、全部じゃと~!?」

「はい、全部です。コップの水を飲み干すのはしゃっくりの止め方ですし、記憶喪失に枕の高さは関係ありません。それに、ツボを押す事も関係無いかと。あと、それから──」

「……もう、いい……」

「……はい?」


 多比良姫様が、ギルバードに施してきた数々の行いを俺が指折り列挙していると、顔を俯け、プルプルと震えだす多比良姫様。何かを呟いたようだが、それが聞こえなかった俺が聞き返すと、ガバっと顔を上げた多比良姫様。その顔は怒りで真っ赤に染まっていた。



「もういいと言ったのじゃ! この痴れ者~~~~!!」



 そして事もあろうに、まるで子供が駄々をこねる様に、持っていた徳利を俺に向けて投げ付けた! 

 なかなかのスピードで飛んできた徳利。しかし、善行進化で強くなった俺には通用しない。

「おっと!」と、軽く避けて見せる。そして、「ちょっと、多比良姫様!」と抗議しようとした時、パッカ~ン!と、何かが割れる音。

「「ん?」」と、俺と多比良姫様の声が重なる中、「ギ、ギルさん!?」と、慌てるミケの声。その声に振り向けば、俺の隣に座って暢気にご飯を食べていた話題の張本人が、目の前のお膳に顔を突っ伏していたのである。見れば、周りに割れた徳利の破片が散らばっていた。頭脳が大人な小学生じゃなくても一目瞭然で、犯人は多比良姫様で、凶器は徳利だった。


「ぎ、ギルバード!?」「い、色男!?」と、俺達が慌ててギルバードの元に向かうが、ギルバードは意識を失っており、そのまま雀宮さんの式神にお姫様抱っこされ、部屋へと連れて行かれたのである。


 その後、俺と多比良姫様は、雀宮さんと舞ちゃんにこっ酷く怒られたのは言うまでも無い話であった。


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