第六十一話 そんな大層な獣人じゃ無いにゃんよ~
★ 凡太視点 ★
「──疾風!!」
そう呟いた時、一迅の風が、闘技場を駆け抜けた。
後に残ったのは、直線状に小さく巻き上がった土埃と、軽く抉れた地面。そして、首の無いゴブリンの体だけだった。
一直線に抉れた地面の先に、ナイフを前に突き出したまま止まっているミケ。そして、少し遅れて、地面に落下してきた何か──ゴブリンの首だった。
《──勝者、ミケ選手──!!》
実況のお姉さんが、マイクに結果を伝えると、ドンっと会場全体が揺れた。純粋な歓声。ミケが勝った事によるブーイング。負けたゴブリンに浴びせられるブーイング。さまざまである。
「ミケ~!!」
そんな声に負けじと、俺もミケに盛大な拍手と共に、良くやったと労いの言葉を投げ掛ける。
すると、ミケは構えていたナイフをスッと下ろすと体の向きを変え、俺達の居る所まで歩いてくる。が、途中でバランスを崩し、転んでしまった。
「ミケっ!?」
俺は後ろにあったパイプ椅子を跳ね飛ばすと、転んだミケの元へと走る。もう決着も付いているから、ミケに手を貸した所で土手も何も言わないだろう。
ミケの元へと着いた俺は、少し遅れてやってきたギルバードと共に、ミケに肩を貸しながら、キツネの女性戦士が休んでいる医療室へと運び込んだ。
「いちちっ! 凡太、ちゃんと見てたかにゃ!? ミケが言った通り、ちゃんと勝ったにゃんよ!」
並んだパイプ椅子にミケをそっと座らせると、ミケがニシシと笑いながら、俺に報告してくる。
「あぁ! 凄いぞ、ミケ!! お前はあの“旗”に勝ったんだ! スゲーよ、ほんと!!」
俺も興奮しながら、ミケの勝利を称える。ミケを座らせて、すぐさま傷の様子を見始めたギルバードも、ミケの言葉を聞いて、ウンウンと強く頷いていた。
「そうにゃ!ミケはスゴイにゃ! これからはミケの事をミケ様と呼ぶが良いにゃ! そして、毎日サンマをお供えすれば良いにゃ!!」
「この野郎、調子に乗りやがって!! でも許す! 許すから、今は大人しく休んでいてくれ、な?!」
太ももに巻かれた、ミケの血で固まりつつある包帯を解いて行く。本当なら、固まっているのなら、このままの方が良いのだが、土でかなり汚れている為、交換した方が良いだろう。
「──うわ……」
包帯を外した瞬間、コポリと血が溢れ出す。かなり深い傷だ。よく見ると、周りにもかなりの傷を負っていて、血が出ている所もある。そうした傷が、体のあちらこちらにあるのだ。本当に良く勝ったと思う。
傷を近くにあった水で洗い流していると、実況席に居た舞ちゃんが、テント内に入って来た。そして、土と砂で汚れた頭をそっと胸に抱く。
「……ミケ……。良く頑張りました……」
「ヘヘッ! 神の使いさまをあんな男に取られたくは無いにゃん。だからミケは頑張ったにゃん♪」
「……ミケ……」
嗚咽交じりの舞ちゃんの声に、俺も泣きそうになった。こんな小さな体で、こんなに傷を負って、ほんとに良く戦った。
「……ミケ。最後のアレは何ですか?」
そんな中、ミケの太ももに新しい包帯を巻いていたギルバードが、ミケに質問する。ギルバードの言うアレとは、ミケの繰り出した“ 韋駄天”と“疾風”のことだろう。
すると、大した事ないと言わんばかりに明るい声で、
「あれは、ムカつくカラスと追い掛けっこをしていたら、編み出したのにゃ。いや~、ミケは天才なのにゃ!」
「にゃはは!」と笑うミケ。しかし、その頬は少し赤くなっているので、もしかすると、照れているのかも知れない。ってか、今のどこに照れ要素があったのだろうか?
「そうですか、天殿との追い掛けっこ、ですか……」
ミケの太ももに包帯を巻き終わったギルバードがスッと立ち上がると、ミケの顔を見て、
「私はてっきり、ミケが“フーガ”なのかと思いましたよ」
と、俺の知らない言葉を発した。ギルバードがその言葉を口にした時、何故か舞ちゃんもピクリと体を震わす。
しかし、言われた当の本人は、頭の後ろで手を組んで、
「嫌だにゃあ、ギルさん。ミケが“フーガ”な訳無いにゃん。 そんな大層な獣人じゃ無いにゃんよ~」
と、体を捩って照れている。どうやら、“フーガ”というのは、誉め言葉の一種なのかもしれない。よ、天才!とか、よ、大統領!みたいな感じか?
そうして、医療室でミケの治療をしていると、マイクが土手の声を拾う。
《おい、どうなっている!! 負けてしまったでは無いか!?》
医療室のテントから顔を出し、貴賓室の前のバルコニーを見ると、土手が、あの白髪の老人に詰め寄っているところだった。
《申し訳御座いません。ですが、アヤツは旗とはいえ、所詮ゴブリン。魔物の中でも、最弱の部類に入る者。負けてしまうのも、致し方無いかと》
《俺は、負けるのが嫌なんだ!! ……まぁいい。これで、このイベントも多少盛り上がると思えば、それはそれで良いか……》
《教祖様の深く寛容なご措置に、感謝申し上げます》
《……フン。次は負けるなよ!?》
《……畏まりました》
すると、白髪の老人が、隣に居た黒服に手で何か合図を送る。それを受け、隣に居た黒服は耳に付けていたインカムで、何か指示を出していた。
フッと突然、会場の電気が消える。そして、色とりどりのサーチライトが、会場を所狭しと移動する。メインモニターには、ミケとゴブリンの名前が書かれていたが、そのゴブリンの名前の上から、大きくバツ印が張り付けられ、俺達の勝ち星表に白い丸が一つ描かれた。対して、相手側には黒い丸が一つ描かれる。
そして、画面が切り替わり、そこに新たに炎の文字が走る。それを見て、またボルテージを上げていく観客たち。隣を見ると、何故かミケも「おぉ~!」と、叫んでいる。傷、痛く無いのかよ。
そうして描かれた物が一旦消えると、ボアっとメインモニターから一番離れた所に設置された器具から、炎が飛び出す! おいおい、すげぇ仕掛けだな! 金掛かってんな!
その炎がメインモニターに近付くように立ち昇って行き、メインモニターに近い最後の器具から一際高く炎が上がると同時に、会場の照明が一気に点灯した! ってか、炎熱ぃよ!!
そしてメインモニターに書かれたのは第二戦の対戦者、ギルバードの文字だった。相手側はクエスチョンマークが三つ並んでいるだけで、誰が出て来るのか分からない。
「おや、出番ですか。では、行ってきますね」
まるで近所を散歩してくるかの様な口調で、医療室のテントから出て行こうとするギルバードに、「ギルさん、頑張ってにゃ~」とミケが、「お気を付けて」と舞ちゃんが、声を掛ける。
そして、
「ギルバード、勝たなくてもいい。だから、死ぬな」
「嫌ですねぇ、凡太は。そんな事を言われたら、是非とも勝ちたくなるじゃないですか」
俺がそう声を掛けるとこちらに振り向き、優しく笑うギルバード。
「あぁ、それが狙いだからな。言ったろ? 俺は戦いたくないってさ」
「はぁ……。凡太のあれは本心だったのですね」
呆れたと、溜息を吐くギルバード。俺の本心が、これから死ぬかもしれない戦いに赴く人間の、テンションを下げてしまった。
だがすぐに、柔らかい笑みを浮かべると、
「ま、正直な凡太は好きですからね。ならば、その凡太の願いを叶える為に、頑張ってきます」
そう口にした。人に簡単に好きと言えるところが、イケメンな所だろう。
「ふ、ふん。そんな事言われても、嬉しくないんだからね!」
「何を言っているんですか……。では、行ってきます」
と、医療室から出て、闘技場に向かうギルバードの姿が一瞬、風に揺れるかの様に微かに霞んで見えた。
「──ギルバード!?」
何故だか唐突に、襲ってきた胸騒ぎにかられる様に、ギルバードを呼び止めた俺。だが、何と言って良いのか分からず、バツの悪い思いをしていると、「……行ってきますね、凡太」と、俺に気遣う様に声を掛け、今度こそ彼は闘技場へと向かっていった。