表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
126/180

第五十九話  まさかの勝利宣言

 《なんと! ミケ選手からまさかの勝利宣言だ~!!》



 実況のお姉さんが、その可愛らしい声を張り上げる。その実況に、ヤジと歓声の両方で応える観客たち。メインイベントの第一試合、その終盤を迎えつつあることをその肌で感じ取った観客たちが、異様な熱気を生み出していた!


 だが、闘技場に立つ二人の当事者は、その熱気に染まる事無く、冷静にお互いの様子を窺っている。その中でもゴブリンだけはその顔に、少なくない動揺の色が見て取れた。



『……お前、ドウヤッた? 何をシタ?』



 第一試合が始まって、初めて持っていた短剣をまともに構えたゴブリンが、正面に立つミケに質問する。

 だが、ミケはそれには答えず、スッと右足を引くと、ナイフを脇に引き絞る。



「──にゃっ!」



 ダンっと踏み出して、ゴブリンに突進するミケ。踏み出した衝撃で、太ももに巻いた包帯の赤い染みが、その面積を増していく。


 その突進は相変わらず見る影も無い程に遅い。遅いのだが、何故かゴブリンは躱さずに、持っていた短剣でミケのナイフを弾く。


 弾かれ、体勢を崩しつつも、その場で体を回転させると、ゴブリンにナイフを突き出すミケ。それを弾くゴブリン。先程まで全くと言っていいほど見られなかった、突進からの追撃を繰り出すミケ。だが、それらは全くと言っていい程に迫力を欠けており、いともたやすくゴブリンに弾かれてしまう。


 そうして、数合打ち合った所で、キィンとミケのナイフを大きく弾いた後に、必要以上に距離を取るゴブリン。それはまるで──、



「恐れているのか? ミケの事を?」



 俺は推測を口にする。そして口にした事で、それが合っていると確信した。誰が見てもそう思える程に、ゴブリンのその動きは先ほどまでの余裕を無くしていた。

 ゴブリンの動きがおかしくなったのは、ミケがゴブリンの攻撃を躱した所からだ。


(もしかすると、あの攻撃をミケに躱された事を引き摺っているのか?)


 離れたゴブリンに、もう何度も放っている突進を繰り出すミケ。そうしてゴブリンに肉薄すると、二手三手と、攻撃を繰り出すミケ。先ほどまでには無かった、良い攻撃のリズムが生まれる。



『ギギッ!?』



 それを嫌ったゴブリンが、ミケのナイフを大きく弾く。すると、簡単に体勢を崩したミケ。やはり、今までに負った傷のダメージが、確実にミケの体を動けなくさせていた。



『グフフ。やっぱり限界ナンジャないか。さっき、俺の攻撃ヲ躱したノハ偶然、そう偶然ナンダロ?』



 膝から崩れ落ちそうになる体を、何とか踏ん張るミケ。その様子に安堵の溜息を吐くゴブリン。



『モウ限界なんだロ? 分かってルッテ。優しい俺様ガ、今すぐ楽にシテヤルからよぉ!』

「あぐっ!?」



 かなり弱っているミケを見て自身を取り戻したのか、得意気で、人をバカにした様な嘲笑を再びその顔に浮かべながら、ゴブリンが自らミケに突っ込んで行く。

 ゴブリンの突進をまともに受け、思いっきり後ろに吹っ飛ばされるミケは、着地すら覚束ない。ズザザァ!と受け身すら取る事も出来ず、闘技場に倒れ込むミケ!そして、再び姿を消したゴブリン。



『モウ辛いだろう? だからそのまんまお寝んねシテロ。な?』



 腕に力を籠めて、震える体を何とか起き上がらせようとするミケに、姿を消したまま声を掛ける。

 さっき見せた、ゴブリン特有の俊敏さを最大限に利用した、ヤツの必殺技とでも言うべき技。その技が、再びミケに襲い掛かろうとしていた!



『フハハ!どうだ、俺の速さハ! お前なんぞが、この俺様のスピードについてコレル訳が無いんだ!』



 ゴブリンの嘲る声がミケを包む。そんな中、何とか立ち上がったミケは、なんと目を瞑っていた。



「ミケ、どうした!? 傷が、体が痛むのか!? おい、大丈夫か!?」

『ウケケ! もう諦めタノカ? なら、安心して、死ぬがイイ!!』



 勝利を確信したゴブリンが、声高にそう口にするとその姿を現す。ミケの真後ろだ!



「おい、目を開けろミケ! 後ろから来るぞ!」

『もう遅イ!!』



 それに気付いていないのか、相変わらず目を瞑ったままのミケに叫ぶが、動かないミケの後頭部に、ゴブリンの凶刃が迫る。

 その凶刃が、今度こそミケを捉えたと思った刹那、──ミケの姿が掻き消えた。



「え?」『ナッ!?』



 俺とゴブリンの驚きの声が重なる。今度こそ、ハッキリと姿を消したミケに、その予想外の動きに、俺達は驚きの声しか上げれなかったのだ。



『どこダ!?』



 短剣を強く握り締め、キョロキョロと辺りを探るゴブリン。俺も闘技場内を探すが、ミケの姿を見つける事が出来ない。



 《驚きましたぁ! 今度はミケ選手がその姿を消しましたぁ!!》



 実況のお姉さんも驚き、マイクに向けて叫んでいる。


 そんな時、魔力の籠もった俺の耳に、ミケの呟きが聞こえる。



「……こんなもんじゃ無いにゃん……」

「──ミケ!? どこだ!?」



 その呟きが聞こえた方を見るが、そこには誰も居ない。俺のマジックビジョンにも、何も映らない。



「ギルバード! ミケが見えるか?!」

「……いえ。私の目にも捉える事が出来ません……」



 自分が見えなければもっと見える人間に聞けと、隣のギルバードに問うが、ギルバードも辺りを探る様に首を振りながら、俺の質問に答える。その頬に一筋の汗を流して。



「──まさか、これほどとは……」

「──!? 何か知っているのか!?」



 と、ギルバードにさらに問い詰めようとした時、視線の先で、ミケの姿を捉えた。



「ミケ!?」『ヌゥ!?』



 ミケが現れたその場所は、ゴブリンの真正面。ミケのナイフの間合い内。



「にゃ!」

『クゥ!』



 短い掛け声と共に、ゴブリンに向けてナイフを突き出すミケ。それに対し、苦し気な声を上げて、何とか短剣を当てたゴブリンは、ミケの腹を蹴り付けて、弾き飛ばす。



「ぐぅ?」



 そこまでのダメージでは無さそうだが、それでも傷付いた体には響くらしく、顔を顰めるミケ。



『何ダ!? お前ハ!?』



 戸惑いの声を上げながら、またもや姿を消したゴブリン。そのスピードに絶対の自信があるからこそ、それに頼る様に、姿を隠す。


 腹を蹴られ苦しそうな顔を浮かべたミケは、グイっと口を拭うと、顔を上げる。その顔からは苦しさは消え失せ、あるのは不敵な笑み。そして──



「──あのカラスの速さは、そんなもんじゃ無いにゃん!!」



 シュンっと、ミケの姿も消えた。



 ☆  ミケ視点  ☆



「……暇そうだな、猫娘」

「……にゃ?」



 ──小腹の空いた私が屋敷の台所を物色していると、誰かがそう声を掛けてきた──



 ここは、凡太の住む国を守護しているという神様が住む、木で出来た大きなお屋敷。見た事の無いその造り──“社”というらしい──の神殿に連れて来られたのは、昨日の夜だった。

 なんでも、この世界を滅茶苦茶にしようと悪巧みしている奴から、案内状だか招待状だかを受け取った凡太が、神の使いさまやミケ、ギルさんの身の安全を心配して、ここに連れて来たらしい。

 私としては、向こうからケンカを売ってきたのなら、すぐさま買って、乗り込んで行けばいいと思うのだが、そうはいかないらしい。何だかメンドクサイ。


 そのケンカを売ってきたヤツが指定してきた日時まで、この神殿に留まる様に言われたのだが、とにかく見渡す限りの山、山、山。ギルさんは目を輝かせて喜んでいたけれど、私は嫌気が差していた。都会育ちとは言わないが、こうも何も無いと飽きてしまう。ここには私の好きなフィッシュバーガーを出すお店も無いし。


 それにここには、私の苦手なアイツが居る。それが今、私に声を掛けて来た、顔に変な赤い面を着けているカラス野郎だった。



「……何にゃ。お前か、カラス」

「カラスでは無いと、何度も言っているだろう、猫娘。んで、何をしている?」

「お前には関係無いにゃ」



 しっしっと手であっちに行けと示すが、カラスは小さく溜息を吐くと、



「そんな訳にはいかん。お前さん達を連れて来たのはあっしだからな。もう一度聞こう。──何してるのだ?」

「……小腹が空いただけにゃん」



 腕を組み、こちらを睨むカラスに、私も軽く睨み付けると、先程よりも大きな溜息が返ってきた。



「ほんの一時間前に、昼餉(ひるげ)を食べたと思うが?」



 昼餉というのは、お昼ご飯の事らしい。たしかに一時間前に、凡太のお母さんが作る料理に匹敵する程の、美味しいご飯を食べたばかりではある。



「……ミケは育ちざかりだから、すぐにお腹が空くんにゃ!」



 イーだ!と、軽く威嚇するが、カラスは全く怯む様子が無い。

 育ち盛りかどうかは分からないが、最近は幾ら食べてもすぐにお腹が空く。それに、こちらのご飯は私がエルーテルで普段食べていた物と比べ、格段に美味しい。幾らでも食べれてしまう。なのに、雀宮なんて名前のスズメに食べ過ぎだと注意され、仕方なく、ご飯三杯で止めたのだ。

 すると案の定、すぐにお腹が空いてしまった。こうなったのも、あのスズメのせいである。私は悪くない。



「……そうか、そんなに腹が空くか……。だがな、こんな事をしていると、雀宮殿に怒られるぞ? それに、凡太殿も、塚井殿も悲しむと思うがな」

「にゃ!?」



 スズメに五月蠅く言われるのは構わないとして、凡太と神の使いさまの名前を出されると、流石に辛い。

 しょうがないと、台所から出ようとした私のお腹が、ぐぅ~と敗北宣言をする。すると、それを聞いたカラスが、何度目かの溜息を吐くと、



「……付いてこい」



 そう言って、神殿の出口へと歩いていった。カラスの考えが解らずに、思わずポカンとした私は、「何でミケが、付いて行かなきゃいけないにゃ!?」と、ブチブチ文句を言いつつも、渋々その後を追うのだった。



 ☆



「これは?」



 またもやポカンとした私。その手に持たされたのは、木で出来たナイフだった。



「ん? 知らぬのか? それは木刀といってな。ま、木で出来た刀だな」



「刀よりもかなり短いから、木包丁かな」と、なにが面白かったのか、「かっかっかっ!」と、まるでカラスの鳴き声の様な笑い声を出すカラスを、半目で睨む。



「そんな事は知っているにゃ! 何で、私にこれを渡したのかの理由を聞いているのにゃ!」



 目の前で笑うカラスの後を追い、外へと出た私にこのカラスは、木で出来たナイフを放り投げてきたのだ。

 その趣旨が全く分からなかった私がカラスに問うと、着ていた羽織りという、この国の伝統的な上着を脱ぐカラス。そして、腰に差してあった大きな葉っぱをその手に取ると、



「何、夕餉まではまだまだ時間が有る。それをただ待っているだけでは、また腹の虫が悪さをするだろう? だから、あっしが面倒を見て上げようと思ってな」



 赤い面がこちらを向く。どうやら、私と戦いたいらしい。

 私としても、目の前のカラスを一度ギャフンと言わせたいと思っていたので、カラスの言い分は願ったり叶ったりではあるのだが、カラスに言われたから戦るというこの状況は、あまり面白くは無い。



「……何でミケが、お前の言う事に付き合わなくっちゃいけないにゃ? そんなのお断りにゃん」



 渡された木ナイフをぽーんと投げ捨てると、頭の後ろに手を組んで、神殿へと帰ろうとする私。別にこのカラスとは、後で決着をつければ良いだけだし。


 すると、そんな私の背中に向けて、カラスがポツリと、



「──あっしに負けるのが、怖いのか?猫娘?」

「──にゃ?」



 そうして私は、簡単に挑発に乗ったのだった。



 ☆



 それからというもの、私の日課にカラスとの戦いが新たに加わった。

 お昼を食べてから夕ご飯を食べるまでのおよそ五時間に渡り、私はカラスと勝負する事になったのだ。



「ほらほら、どうした、猫娘? そんな動きでは、あっしは捕まえられないぞ? 今日もおかず一品抜きかな?」

「ふにゃにゃ~!!」



 赤いヘンテコなお面の下で、カラスが笑っているのが分かる。だから、無性に腹が立った。


 カラスが言い出していきなり始まったこの勝負。ルールは簡単。私があの生意気なカラスを捕まえれば私の勝ち。捕まえられなければ私の負け。単純である。武器はお互いが手に持った物だけを使う事が出来る。まぁ、ただの追い掛けごっこに武器は要らない……と、最初は私も思ったけれど。


 そして今、カラスが言った様に、この勝負にはある賭け事があった。カラスの挑発にまんまと乗ってしまった事が恥ずかしかった私は、カラスにある約束事を取り付けた。それは──、“おやつとおかず”だ。

 私が勝てば、あの生意気なカラスがスズメに頼み込んで、毎日おやつを用意させる。逆に私が負ければ、晩御飯のおかずが一品少なくなる、というものであった。


 最初、私は勝ちを確信していた。エルーテルに住む獣人族の中でも、スピードに定評があるピューマ族。その戦士である私が、こんな変な赤いお面を付けたカラスなんかに、追い掛けごっこで負ける筈は無いと思っていた。バカなカラスが図に乗って、痛い目に遭うとばかりに思っていた。


 だが、台所で物色していた所をこのカラスに見つかったあの日から三日間、私は一度もこの生意気なカラスを、捕まえるどころか触る事すら出来ないでいたのだ。



「にゃにゃにゃ~!!」



 草が生える地面を、山から伸びる木を激しく蹴り付けながら、必死にカラスの後を追う。持っていた木ナイフで、奴の足を殴り付け、そのスピードを落とさせようと考えるも、一向にカラスとの距離は縮まらない。それどころか、「鬼さん、こちら!」なんて、愉快に手招きまでする始末だ。本当に腹立たしい!


(こうなったら、アレを使うしかないにゃ!)


 このままでは今日もおかずが一品少なくなってしまう。ただでさえ、ごはんは三杯までと決まっているのに、これ以上おかずまで減らされたら、私に何が残るというのだろうか!?いや、無い!


 そう断言して少し寂しくなったが、頭を切り替えると、私は体にある魔力を足に集中させる。そんな事をすれば、スピードが落ち、カラスとの距離が離れていくが仕方が無い!

 そして、心の中で詠唱した。


(魔力よ、集いて速さとなれ! ムービング!)


 すると、魔力を集中させた両足が暖かい光に包まれる。私の得意な魔法の一つ、“ムービング”だ! 魔力を足に籠める事により、自分の限界以上のスピードが出せる魔法。ただ、あまり魔力量が多くない私にとっては、気軽に使う事の出来ないいわば切り札!



「にゃあぁぁ!!」



 魔法により、両足を淡く光らせた私は、一気に増したそのスピードで、カラスに肉薄する!



「ぬっ!?」



 驚いた声を上げるカラス。が、もう遅い!そのカラスはもう目と鼻の先である!



「今日こそ、ミケはおやつを食べるにゃ~!」



 欲望がそのまま口から飛び出したが別に構わないと、腕を伸ばし、カラスの足を掴もうとした瞬間──、



「──残念だったな、猫娘」

「──え?」



 フッと、目の前で消えたカラス。追うべき目標を失った私は、スピードを落とし、立ち止まる。



「ど、どこにゃ!?」



 そして、辺りを見渡す。カラスの気配は感じるし、移動しているのだろう、時折木が揺れ、葉が数枚落ちる。だが、見えるのはそれだけだ。あのカラスの姿は全く見えない。

 すると、何処からともなく声が落ちて来る。カラスの声だ。



「ここからが本番だ、猫娘。このあっしを捕まえて見ろ! ここまで追い付いてこい!」

「……そ、そんな事を言ったって、姿も見えないのに、どうしろと……」



 その時の絶望感、そのときの屈辱は忘れる事は無いだろう。



 ──そして、カラスを捕まえる事が出来たのは、凡太が渡された手紙に書かれた期日の、前日だった──。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ