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第五十五話  やっぱりダサいイベントタイトル

 

 土手の呼び掛けに応えたナニかが、貴賓室から飛び出す様子がモニターに映し出される。だが、それをカメラがハッキリ捉える前に、そのナニかは土手の居るバルコニーからも飛び出していた。



 《あ!? お、おい!?》



 それを見て、あたふたとする土手。そりゃそうだ、まるで、料理の鉄人でも呼び出すかと思う程の大げさなリアクションをしたのに、思いっきりシカトされたんだから、バツが悪いってもんだ。



「おい! アイツ等、俺を無視していきやがったぞ! どうなっている!?」

「──済みません。また手違いがありました様で」

「さっきもそう言ってなかったか!? まぁ、良い。頼むぞ!」

「──はい」



 土手が隣に居た、白髪の老人に怒鳴り散らしている。それにしても、あの老人は何者なんだ?背中は曲がっているし、強そうな感じはしない。だが、とても嫌な感じがする──



「凡太!」

「──くっ!?」



 バルコニーの様子を見ていた俺の耳に、ギルバードが注意を促す声が届く!その注意に、俺は前を向くと、人型の黒い影が俺の目の前にナイフを繰り出していた! それを、首を捻る事で躱した俺は、その黒い影にカウンター気味に拳を突き出す! しかし、何も感触は無かった。俺に一撃をくれたソイツは、俺にナイフを突き付けた後、すぐさまその場から離れ、少し遅れてやってきた、頭からスッポリと大きな布を被った残る二人(?)の所まで戻って行った。



 《お、良く躱したな、平! メインイベントが始める前に、終わっちまうと思ったぞ!》



 ワッハッハッと笑う土手。あの野郎、調子に乗ってやがるなぁ。

 俺がガルルっと土手に向かって唸っていると、いつの間にか闘技場に降りて来ていた、例のレースクイーンの様な恰好をした女性が、闘技場の真ん中に立ってこっちに来いと手招きしている。



「なんか、呼んでいるにゃんよ、凡太」

「そうみたいだな。……おい、オマエ等。俺の言葉が通じるか? 通じるならあっちを見てみな。俺達の事をお呼びの様だぜ?」



 顎でヒョイッとお姉さんを指す。だが、人の形をした黒い影と、よく見ると目があるらしい位置に穴が開けられている、大きな布を被った二人もそちらを見る事も無く、ジッと俺達から顔を逸らさず、明らかにこちらを警戒している。その雰囲気に、こちらの警戒感も否が応にでも高まって行った。だが、いつまでもこのままという訳にもいかない。俺はヒョイッと肩を軽く竦め、



「おいおい、別につまらないイタズラをしようって腹つもりは無いんだがな」



 子供の頃に流行っていた、「ほらほら、あっちあっち! あっち見てよ!」的な事をしているつもりはないと伝えるも、言葉が通じていないのか、あちらさんは全く聞く耳を持って居ない様だ。


 すると、



『あっちをご覧なさい。何か私達を呼んでいるみたいですよ』



 ギルバートが、ソイツ等にニッコリと微笑み掛けながら、お姉さんを指差した。怪しい連中に対しても、紳士的な態度を取るギルバード。こういう所も憎らしい程にイケメンなのだ。


 ギルバードの指摘を受けて、布被りの内の一人、背の小さい方が、チラリと後ろを振り向く。そして、手招きに誰も反応しない事に、半泣き状態になっているお姉さんを確認すると、隣に立つ大きい方の布被りの布をクイクイと引っ張った。


(エルーテルの言葉が通じるという事は、コイツ等もエルーテルから来た奴らだな)


 少し前に獣人族の戦士を殺し、舞ちゃんまで手に掛けようとした奴も、エルーテルの言葉を口にしていた。ギルバードの言葉に反応した、小さな布被りがアイツなのかは分からないけど、すくなくともコイツ等もエルーテルに関係しているとみた方が良いだろう。



 《おい! 早く実況の元に行け! じゃないと、いつまで経っても始まらないだろ!》



 お互いがお互いを警戒する中、うんざりした声で土手がさっさとお姉さんの元へ行けと催促する。



「だそうにゃ。とっとと行くにゃ」

「あ、お、おい!」



 その中で、あまり警戒する素振りを見せなかったミケが、付き合い切れないと一人でさっさとお姉さんの元へと向かって行く。そのミケに向かって声を掛けるも、立ち止まる素振りも見せないので、仕方なく後ろについて行く事にした。

 その際も、後ろの警戒は怠らない。だが、最後尾を歩くギルバードの方が、そう言った事が得意なので、俺がそこまで警戒する事も無いだろう。

 そうして、俺達が向かって来た事に、ホッと安堵の表情を浮かべているお姉さんの元へと歩いていると、隣を歩く舞ちゃんが少し顔を俯かせ、



「凡太さん……。私の事は構いません。ですから、あの御方を助ける事だけを考えてください」



 そう言った舞ちゃんの声は少し震えていた。でも、それも無理はない。今もなお、女神様と連絡が取れず、多比良姫様から幽閉されていると聞かされた中、土手の口から女神様の名前を聞かされ、その安否について質問するも、あっさりと無視された。挙句に、その不安を生み出した対象から恋心を抱かれ、今から自分自身を掛けて、何やら良からぬ事が起きようとしているのだから。その計り知れない不安に、今にも圧し潰されそうな雰囲気の舞ちゃん。

 そのせいだと思う。俺は舞ちゃんの不安を少しでも取ってやりたい一心で、自然と舞ちゃんの頭に軽くポンと手を乗せると、優しく撫でながら、



「大丈夫、俺は負けない。舞ちゃんを土手の元へ行かせない。約束する」



 なんて、とても似つかわしくない行動を取ってしまったのだ。

 その俺の態度に、ピクリと一瞬だけ体を固くするも、すぐにフワリとした空気に変わると、



「凡太さん……」



 と、舞ちゃんは目の端に少し涙を浮かべて、嬉しそうにはにかんだ。

 その顔があまりに可愛くて、見惚れてしまった。今まで舞ちゃんと一緒に暮らして、何度その可愛らしい表情に見惚れてしまっているのか、見当も付かないな。

 そんな空気に慣れていない俺は、空気を入れ替える様に、照れを隠す様に、



「それに、あの女神様はそんなヤワな人じゃないよ。今頃、脱獄の一つでも考えているんじゃないかな?」



 少しお茶らけて見せた。だが、そんな事をしなくても、空気を変えてくれるヤツは他にも居る。



 《おい! 俺の塚井さんと何をイチャついてやがる! さっさと歩きやがれ!》



 マイク越しの土手の怒鳴り声が会場内に響き渡る。おい、お前のじゃねぇよ。

 それに触発された訳じゃ無いだろうが、会場の観客たちも、俺らに向かって盛大なブーイングをかましてくる。う~ん、ほんと、超アウェイ。


 そうした中、俺達はお姉さんが待っている闘技場の中央まで進み歩くと、「済みませんが、こちらに横になって並んで頂けますか?」と、お姉さんが地面に書かれた、俺達の立ち位置だと思われる目印を指差した。もっと高圧的な態度で来られると思っていた俺は、思わぬお姉さんの丁寧な対応に「あ、はい」と素直に従う。唯一従わなそうなミケも、素直に横に並ぶ。だが、その顔はこれから何が起こるのかワクワクする、好戦的な笑みを浮かべてはいたが。

 そうして、素直に並んでいた俺達からだいぶ遅れてこちらにやってくる、布被りと黒い人影を待つことになった。容赦ないブーイングが俺達に浴びせられる一方で、ゆっくりとこちらにやって来る奴らには、「頑張ってぇ!」とか「勝てよぉ!」などと応援する声が飛んでいた。こら!先頭の小さい布被りのヤツ! 腕を振り上げて応えなくて良いから、早く来いって!スター気取りか、お前は! 


 ようやく闘技場の中央までやって来たそいつ等に、お姉さんが、「皆さんもこちらにお並びください」と、俺達と同じ様に立ち位置に並ぶ様に指示するも、ウダウダと歓声に応えてなかなか並ぼうとしない。


「おい、良い加減にしろ」と、佐々木小次郎ばりに待たされ俺は、宮本武蔵宜しく、ゆっくりとやって来た布被り達を睨み付ける。でも、刀を持っていないから、鞘を投げ付ける事は出来ないけど。

 そんな俺の注意が効いたのか、渋々と言った感じで、立ち位置に並ぶ布被りと黒い人影。



 そうして、闘技場の中央に役者が揃った所で、やっと揃ったかと、少し疲れた顔をしたお姉さんが、気を取り直して何処からか取り出したマイクを手に取ると、



 《それでは会場の皆さん! お待たせ致しましたぁ! 只今より、【ザ・デスマッチ!異教徒に洗脳された可憐な女の子を救い出す、教祖様と三人の戦士たち!!】を開催致しまぁす!!》



 やっぱりダサい、イベントタイトルをお姉さんが高々と宣言すると、「「「うおおおぉ!!」」」と地鳴りの様な盛り上がりを見せる観客たち。その響きは闘技場に転がっている小さい石ころすら振動させるほどだ。



「うるさいにゃんねぇ……」「何かのお祭りでも始まるのですか?」



 だが、俺の隣に並んで立つ、猫の獣人とイケメンは会場の雰囲気などどこ吹く風と言わんばかりのいつも通りだ。そのいつも通りの態度に、つい心強いものを感じてしまった。学校の皆だけが俺達の味方というこの状態は、幾ら善行進化で強くなったとはいえ、やはり心きついものがあったのかも知れない。


(それにしても、何故学校の皆だけが、普通なんだろ?)


 この会場に居る観客たちだけでなく、あの商店街に居たお店の人も、俺の持っていた一般的な常識とはかけ離れていた。それには恐らく土手が絡んでいるんだろうけれど、学校の皆が普通ってのはどうしただか分からない。何か理由は有るんだろうけれど……。


(……土手の言ってる、異教徒ってやつと何か関係があるのか?)


 それが関係するとしたら、先程から土手が頻繁に口にしている異教徒というワード。それに隠されているとしか思えない。だけど、異教徒とは一体?


(学校の皆にも、あの獣人の戦士たちにも言っていたよな、確か。なら、世界は関係無いって事か?)


 もし、この国の人間だけに言っているのであれば、多比良姫様の様な、所謂八百万の神様達に対して言っているのかと考えられるが、あのエルーテルの獣人にも同じ言葉を使っていた。ならば、この国の神様は関係無いって言えるだろう。逆にエルーテルの神様は、あの女神エルニア様しか知らない。でも、俺と舞ちゃん、そして土手以外でエルニア様の事を知っている人は、周りのブーイングにも負けず、俺達に声援を送るあの学校の皆の中には居ない筈だ。という事は、エルニア様も関係が無いって事になる。


 う~ん、と足りない頭で、煙が上がりそうな程考え込んでいる俺を置いて、お姉さんが俺達と布被り達を交互に見比べながら、



 《それでは改めて、ルールの説明を致します。先ほど教祖様も仰っていましたが、試合形式は3対3の団体戦になります。勝ち抜き方式ではありません。勝ち星を競う形式になります。ですので、先に二勝した方のチームが勝利となります。勝負は相手が死んでしまうか、ギブアップする事で決着と致します。……ここまでは宜しいでしょうか?》



 確認するお姉さんに向かって、俺は恐るおそる手を上げる。



「はい、何でしょう?」

「あのー、こちらは4人居ますけど、代表者を三人出す感じですか?」



 そう、こっちは俺と舞ちゃん、ミケとギルバードの四人である。対して相手は大小の布被りに黒い人影の三人(?)。こちらが一人多いが?

 すると、俺の質問を受けたお姉さんが、そんなの何でも無いとでもいう様な素敵な笑顔で、



「あ、それは大丈夫です! そちらの塚井様は、人数に入っておりませんので」

「舞ちゃんが人数に入っていない?」

「はい! 教祖様がご好意を寄せている方を、これから行われるデスマッチに参加させる訳無いじゃないですか。もしかして、参戦させるおつもりでしたか?」

「い、いや。そんな事はっ」



 お姉さんの浮かべる笑顔が素敵すぎて、思わずノータイムで返事を返すと、



「そうですよね! 女の子を戦いの場に参戦させるなんて事、しませんよね!」



 と、さらなる笑顔──営業スマイルってやつか!?──で、返してくれた。

 そんな、素敵なやり取りに水を差す者が一人……、



「それならミケも戦わなくて済むのかにゃ?」



 と、一番戦いたがっていたミケが、頭の後ろで手を組みながら、要らぬ事を口にした。

 そのミケの一言に、一瞬だけミケを見ると、営業スマイルを少しだけ崩したお姉さんが、



「え~っと、ボクは男の子だから、参戦、ね?」

「失礼ニャ! ミケは立派なレディにゃ!!」

「え、女の子だったの!? ……いえ、違うでしょ?」

「ムキャ~!! この人族、今どこを見て言ったニャ!! ミケは女の子にゃ!! よ~し、だったら今すぐ服を脱いで証明してやるにゃ!!」

「お、おいミケ!?」



 そう言ってミケは、顔を真っ赤にしながら怒り出す。そして、着ている服──前に舞ちゃんの部屋で見た、髪の毛と同じオレンジ色の厚手のパーカ―を脱ぎ始めた。それを必死になって止める俺。



「止めるな、凡太! そうにゃ、良い機会にゃ! 凡太にも、ミケが立派なレディだって所を見せてやるにゃ!」

「立派なレディはそんな事をしないし、言わねぇよ! 良いから服を着ろ、服を!! おい、ギルバード! お前も手伝え!」



 パーカーを脱ぎ捨てたミケは、その下に着ていた赤色のカットソーの裾に手を掛ける。それを脱いだら中は下着だろう。幾ら怒っているからって、こんな大衆の面前で、そんな恰好をさせる訳にはいかないと、ミケの腕を掴み、なんとか留めさせる。そして、その様子を見て、「仲が良いですねぇ」と、暢気な事を言っているギルバードにも、一緒に止めてくれと頼む。


 脱ぎたがるミケと、必死に止める俺とギルバード。そんな大騒ぎに、しびれを切らした土手が、マイクに向かって吼えた。



 《お前等! 真面目にやれぇ!!》


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