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第五十三話  おいおい、どこに行こうと言うのかね?

 

 《……勝者、異国の異教徒チーム、です》



 元気の無い実況の声が、会場に伝わる。その声の主は、さっきのお姉さんだろう。

 その沈痛な声に感化された様に、会場内もしーんと静まり返る。信じられない、信じたくないと言った空気が会場を覆う。例えるならば、重要な国際大会で、自分達の応援するチームが大敗でも噛ました感じに似ていた。


 そんな重たい空気が流れる会場内で、たった一つだけ、時の動きを感じられる場所があった。闘技場の上だ。そこでは、オーガを仕留めたカンガルーの戦士が、ようやく立ち上がる事が出来たウマとキツネの戦士に肩を貸している所だった。


 どこかを痛めているのだろう、多少顔を顰めてはいるが、二人とも嬉しそうに笑いながら、カンガルーの戦士の胸を労う様に叩いていた。


 そして、イタチの戦士の元へと辿り着くと、しゃがみ込む二人の手助けをする。そして、



『助かったぞ、人族の少年! 君のお陰で勝つことが出来た! 礼を言う!』



 そうして軽く頭を下げたカンガルーの戦士を、何故か驚いた様子で見ていた他の戦士たち。その中に、サイの戦士も居た。良かった、治って。それにしても何だろ? 何かおかしな所でもあったかな?

 カンガルーの戦士は、そんな他の戦士の様子を気にする事無く、



『それにしても、イタチのお嬢さん。お前さん、治癒以外の魔法が使えたのか?』

『──え? あ、は、はい。といっても、ファイアーボールだけですけどね』

『それでも凄い! もしかして、お前さんは──』



 と、戦いが終わって多少気が緩んだのか、ケガを負った二人に治癒魔法を掛け始めた、イタチの戦士に向けて何やら質問談議が始まった。



「……ふぅ。良かったな、勝って」



 特に掻いていない額の汗を拭う素振りをした俺。だが、それで誤魔化す事は出来なかった様で、



「凡太ぁ? お前、結局戦りたかったにゃんね? いつもミケの事を戦いたがりのダメ猫何て言うけど、お前の方が戦いたがりにゃん!? このダメ人族!」

「誰が駄目人間だ! 俺はただ、手助けしただけじゃねーかっ! それになぁ、根っからの戦いたがりのお前と、俺を比べるんじゃねぇ!」

「にゃにを~!?」



 スッと、俺の肩に手を乗せたミケが俺にそう(のたま)うので、俺は真っ向から否定する。だが、全く納得しないミケと、言い争いになってしまった。その様子に、



「凡太さん、落ち着いてください。他の皆に見つかってしまいますよ!?」



 と、舞ちゃんが注意してくるが、この静まり返った会場で騒いでいるのは、闘技場の獣人たちと、俺達しかいないのだから、もう俺達はみんなにバレている。



「おーい、凡ちゃ~ん! マイマイ~! それからミケミケ~! おーい! おーい!!」



 そんな俺達に、どこかのお茶のCMの様な声を掛けてくる人が居た。ってか、その特徴的な呼び方をするのは、この世界広しと言えど、一人しかいない。そう、鈴子だ。


 声のした方を見ると、学校のみんなに当てられた観客席の一画、その一番下の闘技場に近い所で、鈴子がぴょこぴょこと跳ねているのが見える。そして、その横には、



「おーい、凡太ぁ! 塚井さん―! 無事かぁ!?」



 と、球也の姿も見えた。良かった、二人とも無事な様だ。



「あ、あそこに居るのは、鈴子と球也にゃんね? 二人とも無事で、良かったにゃんね、凡太」



 俺とじゃれ合っていたミケも、二人に気付くとニパッと笑う。コイツはこういう所があるから憎めないのだ。



「呼んでるし、皆の所に行こうか」



 ミケを鬱陶し気に突き放すと、皆にそう言って歩き出す俺。っていうか、ギルバード。頼むからそんな温かい目で見ないでくれ。



 《おいおい、どこに行こうと言うのかね?》



 皆の所に向かおうとした俺達に、王族最後の生き残りであるおさげ姿の女の子を追う、サングラスの男みたいな台詞が掛けられた。──土手だ。相変わらず貴賓室のバルコニーに有る玉座にふてぶてしく座りながら、マイク越しに俺を呼びとめたのだ。


(破滅の言葉でも投げ掛けてやろうか?)と、そんな事を考えたが、そんな言葉を母さんから伝え聞いてはいないし、仮にその言葉を言った所で、「目がぁ!? 目がぁあ!?」と、土手が言ってくれるとは思えない。



「……よお、土手。なんか、俺が知らない間に随分偉くなったんだな? 一体何があった?」



 やっぱりバレたかぁ、なんてあくびにも出さずにそう答えた俺。だけど、立ち止まっては居ない。いつまた、皆が危険に晒されるか分からないのだ。今はどうして土手がそんな偉そうな、まるでこの世界の王様かの様な立場に居るのかなんて事よりも、一刻も早く皆の元に急ぎたかった。



 《ふふん。偉くなったんじゃない。俺は最初から偉いんだ。それに、人が話掛けている時は──》



 慇懃無礼な態度で、そう話してくる土手。その言葉が途切れると同時に、



『ぐわっ!?』『きゃあ!?』『うぅ!?』

「何だ!?」



 急に闘技場から複数の悲鳴が聞こえた。慌ててそちらを向くと、突如として現れた黒い影に、治療を受けていたウマとキツネの戦士の腕と足が切り刻まれ、サイの戦士の頭から、赤い血が噴き出している所だった。



『くっ!? 一体何が!?』



 座っていたカンガルーの戦士が、傍らに置いていた鉄の槍を手に取ると、急いで立ち上がる。だが、急にストンと尻餅を付く。



『……えっ?』



 自分の意思とは裏腹に動いた体。その異常を確かめようとカンガルーの戦士が自分の足元を見て、間の抜けた声を上げる。そこにあるはずの、膝から下の足が無いのだ。



『きゃあぁ!?』



 悲鳴を上げるイタチ族の戦士。急いでカンガルーの戦士の足に治癒魔法を施す。が、



『──オマエ、か』

『えっ? カフッ!?』



 何かに反応した途端、口から血を吐き崩れ落ちるイタチの戦士。



『クソォ!』



 両足を切り落とされたカンガルーの戦士が、やけくそ気味に吼えると持っていた鉄の槍を振り回す。だが、



『当たらないヨ?』

『──ぐふっ!?』



 黒い影──何者かに胸を貫かれ、振り回していた鉄の槍を落とすと、そのまま前のめりに倒れる。

 そして、獣人の戦士たちは誰一人として、動かなくなってしまった。

 先ほどまでそこにあった、戦い終わった後のある種和やかな空気は、たった一瞬で消え去ってしまった。そのあまりな展開に、俺は呆然としてしまうも、「きゃああ!?」と観客席から起こる悲鳴。聞き覚えのあるその声に、俺は現実へと引き戻される。



「──おい、土手。これは一体なんだ?」

 《君が、俺の話を聞かないからさ。これは君のせいだよ》



 ちょうど俺の居る反対側の観客席──メインスタンド側にある玉座に座る土手を睨み付ける。すると、今起きた出来事は俺のせいで起こったと主張する土手。全く会話にならない。

 すると──



「神の使いさま! キツネ族はまだ息があるにゃ! 急いで回復を!」



 倒れ伏した戦士たちの元に、いつの間にか駆け寄っていたミケが、舞ちゃんに向かって叫ぶ。その声を受けて、舞ちゃんはミケが抱き寄せていたキツネの女性戦士の元へと急ぐと、両手を開き、何やらブツブツ呟くと、その手の平が淡く光る。


「ギルバード!」

「──ダメです。他の方は、もう……」

「……そう、か」



 ミケに遅れて、ギルバードも戦士たちの元へと駆け寄っていったが、俯いて首を横に振る。三人に遅れて俺も、戦士たちの元へと歩み寄ると、俺にお礼を伝えたカンガルーの戦士の前で手を合わせ、開いていた目をそっと静かに閉じて上げた。

 すると突然、その戦士がポワリと淡く光ると、その光が少しずつ強くなる。それと同時に、体に光の泡が生まれると、その泡に浸食されていく様に体が少しずつ消えていく。



「な!?」



 驚き、顔を上げると、死んでしまった他の戦士も同じ様にして、その体を消しつつあった。カンガルーの獣人が倒したオーガも同様に、だ。これは一体!?




「ギルバード!? これは一体?!」

「……還るのです。自分達の世界に……」



 それに応えてくれたのは、俺と同じ様に唖然としていたギルバードでは無く、唯一消えていないキツネの女性戦士に、手当をしている舞ちゃんだった。



「還る?」

「はい。彼らも、そしてあのオーガも、あの御方が統べる世界で生まれた者たち。ですから、還るのです。自分達の居た、あの世界に……」

「……そう、か」



 言葉少なではあったが、その意味合いは充分に伝わった。別に仲良くなった訳では無いが、少しでも言葉を交わした、殆ど消えてしまったカンガルーの戦士から、立ち昇っては消えていく光の筋に、俺はそっと手を合わせた。


 その時、俺達の周りをシュッと、黒い影が通り過ぎる。戦士たちを殺したヤツだ。



『ケケッ! こんな所に神の使いがいるなんてナ!』



 その黒い影はそう口にすると、キツネの戦士に治癒魔法を掛けていた舞ちゃんの元へと音も無く、忍び寄って行く。だが、



「──させない、にゃん」

「クッ!?」



 間に入ったミケが、ナイフを取り出して迎え撃つ。アイツ、舞ちゃんを狙いやが──



 《おい、何してる! 塚井さんに手を出すんじゃない!」》



 意外な──土手の怒声が頭上より降り掛かる。その声に、多少ビクついたその影は、ミケから素早く距離を取ると、土手の居るバルコニーへと上がって行った。



「どうなっている!? 俺の言う事を聞くんじゃないのか!?」

「──済みません。多少の手違いが御座いました」

「……ふん、頼むぞ!」



 黒い影が貴賓室に飛び込むと、土手は傍らに立つ白髪の老人に怒鳴り散らす。だが、白髪の老人はあまり意に介していない様に、スッとその頭を軽く下げるだけだった。



 《……まぁ良い。おい、平よ! 俺の話をちゃんと聞く気になったか?》



 改めて玉座にふんぞり返る土手、心なしか、前よりも太った感じがする。



「余計聞く耳を持たなくなったな」

 《言ってろ。──さて、お前に一つ頼みがある。それを聞いてはくれないだろうか?》



 俺が吐いた悪態をフンと一笑に付すと、土手は座っていた玉座から立ち上がり、バルコニーの縁に立って、俺を見下ろす。その様子が、会場内に何か所もある大型のモニター画面に映し出された。それまで大人しかった観客が、まるでスイッチでも入ったかの様に騒ぎ出す。



「それを聞いて何の意味がある?」



 その異様な雰囲気に警戒しながら土手にそう返すと、観客から「教祖様に向かって何て口を聞きやがるっ!」「この不届き者が!」「これだから異教徒は救いようが無いのよ!」などと、ブーイングが飛んで来る。う~ん、圧倒的なアウェイだなぁ。



 それらの声に気を良くしたのか、土手は気分良く手を振り返すと、イケメンアイドルに掛ける様な黄色い声援が飛んだ。それらに一応に返すと再びマイクを握り、



 《学校の皆の無事を約束しよう。すでに三名程居なくなってしまったがな》



 そう言ってくつくつ嗤う土手。そんなに土手の事を知らないが、ほんとにコイツは教室で本を読んでいた土手なのか?性格がまるで変ってしまっているんじゃないか。



「その約束は魅力的だけどな。そもそもお前が何かしなければ、学校の皆には危害は加わらないんじゃないのか」

 《そうだな。逆に俺が何もしないという保証も無いだろう?》



 そう土手が言った途端、観客席の一画が騒がしくなる。もちろん学校の皆が居る区画だ。さっきと同じ様に、観客の一部が暴れ出し、透明な仕切り板をガンガンと叩き始める。ここに居る観客たちは土手の言いなりなんだな。



「……分かったから止めさせろ。それで、俺がお前の言う事を聞いたとして、土手、お前に何のメリットがあるんだ? まさか、今までの事を全て許して無かった事にしてくれとかか? そうならもう遅い。お前は人を殺しすぎた。素直に警察に行って、全てを告白してこい」

 《おいおい、止めてくれよ。俺は誰も殺しちゃいないんだぜ?》

「直接的には、な」

 《……ふん、証拠でもあんのかよ。それに良いのか? 俺にそんな口を聞いて?》



 とまるでそれが合図だったか、会場内でゴウンと何かが動く音がした。すると、



「凡ちゃん!!」と、鈴子の叫び声! そちらを見ると、学校の皆の居る区画と、他の観客とを分けていた透明な仕切り板が、徐々に下に降りているではないか!



「なっ!?」

 《あ~あ、アレが無くなったら、あそこに居る学校の皆はどうなってしまうだろうな?》



 分かり切っている事を、さも楽しそうに口にする土手はやはりイカれている。虐められていたからと言っても、一緒に学校生活を過ごした皆を、簡単に危険な目に遭わせる事が出来るのだから。



 《お前の大事な野球部のエースはどうなるかな? お前の友達のあの女子は犯されるんじゃないか。ん?》

「……分かったから、止めてくれ」

 《ん~、それが人に頼む態度か──》

「頼むから、止めてください」

「……ふん」



 土手が全てを言い切る前に俺がお願いの言葉を口にすると、面白くも無さそうに鼻を鳴らし、スッと手を上げる。すると、下がっていた透明な仕切りがゴウンと止まる。



 《これに懲りたら、態度に気を付ける事だな》

「……それで、俺に聞いて欲しい事ってなんだ?」



 本当なら、もっと丁寧な態度で接するべきなんだろうが、学校の皆を危険な目に遭わせられたら、そんな気も無くなるというものだ。

 土手はあまり気にした様子を見せる事無く、後ろにあった玉座に腰掛けると、自分の目の前に来た、黒服のカメラマンに向けて、



 《──塚井さんを俺に寄こせ》と、言い放った。


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