第五十一話 サイテーにゃん!
モニター画面に映る、数人の獣人族に、俺とミケが固まっていると、廊下にいる俺の傍へとモニタ―画面を視ながら、舞ちゃんがやってきて、
「サイ族の戦士に、カンガルー族の戦士、それにキツネ族とイタチ族の戦士と、最後はウマ族の戦士、です」
と、俺に彼らが何の獣人だかを教えてくれたが、なるほど、舞ちゃんの言うように、彼らの体の一部には、それぞれ自分の種族の特徴が表れている。サイ族の男性戦士の頭には大きな角が、カンガルー族の男性戦士の足は強靭的に太く、キツネ族とイタチ族の女性戦士の頭には、特徴的な耳があり、ウマ族の男性戦士も頭にも馬の耳が生えていた。
鉄の扉から飛び出した彼らは一塊となって、周囲を警戒している。すると、その中の一人、キツネ耳の女性戦士が、反対側に居るオーガを指差し何かを叫んでいた。それを聞いたサイとカンガルーの男性戦士が、集団の前へと躍り出る。そして、持っていた槍を両手で構えて、しっかりと構えた。そこに、
《先ほどのショーはあまりに一方的でしたから、一部の目の肥えた信者の方々には少し退屈だったかもしれません。ですので今回は、異国に住む、体の一部に異教の証を携えた者たちをご用意致しました。彼らはご存知の様に、異教の神に深く愛された代わりに、私達より人間よりも高い身体能力を有しております。あの御方が召喚されたオーガとて、一筋縄ではいかない筈! そんな命のやり取りを皆さまにご堪能して頂きましょう!》
土手の説明が入ると、会場内の熱気が一気に上がる! 学校の皆に詰め寄っていた一部の観客たちの興味も、闘技場に現れた獣人族の彼らに移った様だ。
「あの人族、サイテーにゃん! ミケ達は、獣人族は見世物じゃないにゃん!!」
モニター画面に映しだされた、土手のにやけた顔を見て、憤慨するミケ。そして、クルリとモニター画面に背を向けるや否や、俺の元へと走って来て、
「凡太! 何をグズグズしているにゃ! ミケ達もあの戦いに参加にゃ! ミケとギルさん、そして神の使いさまが居れば、あんなオーガ如き恐れるに足らないにゃ! とっととあのオーガを倒して、あの不細工な顔をした人族を、ぶっ飛ばしてやるにゃ!」
「行くにゃ!!」と、俺の手をグイグイと引っ張りながら、元来た方へと戻ろうとするミケに、
「そっちは来た方だ! こっちだ、こっち!」
「~~~~!? わ、解っているにゃ! 今のは凡太を試しただけにゃ!!」
ミケの手を引き返しこっちだと示すと、そんな事をのたまうミケ。だが、頭に生えている猫耳が真っ赤に染まっているのを見るに、間違えた事への照れ隠しだった様だ。
「さ、早く行くにゃ!! あの戦士たちも相当な手練れだと思うにゃんが、ミケ達が行けば完璧にゃ!」
と、ミケを先頭に、再び闘技場目指して、先の見えない廊下を進んで行くのだった。
☆
「──ん? おい、あれ!? あれ、出口じゃないか!?」
ミケを先頭に、無駄に長い廊下を進んで行く俺達。あまりに同じ光景が続くもんだから、もしかしてループでもしているんじゃないかと心配になってきた所で、ようやく廊下の端が見えてきた。
そこは、ちょっとした段差の階段になっていて、先に両開きのガラス戸が設置されている。そこから、廊下に付いている照明の灯り以外の光が漏れていた。どうやら、廊下の行き止まりの様だ。──そして、
「おい、さっきよりも断然、声が大きく聞こえないか!?」
そこに近付くにつれ、俺達の耳に届く、観客たちの上げる熱気を帯びた叫び声が大きくなっていた。間違いない、きっとこの先は、闘技場か観客席に出れる筈だ!
「凡太の言うように、確かに声が大きく感じます! ならば、あそこが出口でしょう!」
俺の後ろを走るギルバードも賛同してくれた。目と耳が良いギルバードも同じ意見ならば、ほぼ間違い無いだろう。
そうして、逸る気を押さえながら廊下の終わりに付いた俺達。そこでミケが先頭を俺に譲る。俺はミケの前に出ては数段の階段を上がり、両開きのガラス扉を開けると──、音が吹き荒れた!
思わぬ大音量に思わず耳を押さえながら、扉の先──さらに上へと続く階段を上がる。そうして、階段を上がり切った俺の目の前に、土煙の舞う闘技場に見えた! 俺はそのまま闘技場の縁に、少しでも身を隠す様に、しゃがみ込む。
「よし! 闘技場に出れたぞ!」
「なら、このまま乱入にゃ! みんな、行くにゃ!」
「ちょっと待てって、ミケ! まずはどうなってるか様子を見てからでも遅くはないだろ!」
しゃがみ込んだ俺の横を、闘技場に向けて突き進んで行くミケ。だが、今の俺達は闘技場へと出れただけで、今居る場所も分からないし、オーガと獣人たちの戦いがどうなっているのかも分からない。にも関わらず、いつの間にか自分愛用のナイフを取り出して、闘技場に踊り出ようとするミケの手を掴み、何とか止めた。そして、闘技場に目を凝らす。
画面で見たよりもずっと広いその闘技場の上は、土煙が漂っていて、オーガと獣人たちの戦況が分からない。でも、固い物同士がぶつかり合う音が断続的に響いている事から、戦いが続いている事だけは分かる。そんな中、
「凡太、あっちを見てください。あそこに誰か居ます!」
「ん、何処だ!? ──あそこか!」
後ろに居たギルバードが俺とミケの間から腕を出し、闘技場内の一画を指し示す。その指差した先に、確かに人影が見えた。すると、ちょうど土煙の切れ間が出来、人影がハッキリと見えた。
そこには、傷付いて横たわるカンガルーの男性戦士に、手を翳すイタチの女性戦士の姿。その手が淡い緑色に光っていた。あの時──リザードマンの槍に体を貫かれた高身さんに、治癒魔法を施した舞ちゃんと同じだった。
その事を思い出した俺は、後ろを振り向き、ギルバードの横に居る舞ちゃんに視線を送ると、コクリと頷き返してくれた。やはり、あれは治癒魔法なんだな。
(という事は、この闘技場内は魔力があるのか? それとも俺と同じく、自分の中にある魔力を使用しているのか?)
以前舞ちゃんが説明してくれた。エルーテルで魔法を使う時は、自分の中にある魔力を使うか、大気内にある魔力を集めて使うかのどちらからしい。なので俺は、闘技場内の空気を探ってみる。すると、その中に魔力を感じる事が出来た。という事は今、治癒魔法を使っている彼女は、周りにある魔力を使っているのかもしれない。
治癒しているイタチの女性戦士は、淡く緑色に光る手をカンガルーの男性戦士を翳しながらその顔は、今だ土煙る闘技場の中央へと向けていた。そこからは今も、剣戟に近い音が聞こえてくる。
「おいおい、何やってんだか見えねぇぞ!」「あの異国の異教徒はどうなったんだ!?」
何も見えないのは観客たちも同じ様で、あちらこちらでブーイングが起こる。すると、ブオォーっと、天井付近から空調の唸る音が聞こえた。ドーム状のこの会場内を管理する空調を利用して、待っている土煙をどうにかしようと試みるみたいだ。
その試みは功を奏し、闘技場を覆っていた土煙は徐々に晴れ、人陰らしきものが見え始める。そうしてまず最初に見えたのは、巨人の頭だった。
「ヌオォォッ!」
オーガは周りを覆う茶色の煙から引き抜く様にして石柱を振り上げると、頭を向けた方へと叩き込む!
ドゴオオォン!!と闘技場全体が揺れ、新たな土煙が舞う! その中から、新たに生まれる人影。
それは、馬の男性戦士と、キツネの女性戦士だった。二人は土煙の中から姿を現すと左右に別れ、オーガの顔にそれぞれに持った武器──馬の男性戦士はムチを、キツネの女性戦士は木の棒、所謂、棍を叩き込む!
「ウオォォオ!?」
顔の左右に攻撃を受けたオーガが、堪らず呻き声を上げる。だが、攻撃はそれだけでは終わらなかった! 晴れ行く土煙が、オーガの足元に誰か居る事を示す。それは、サイの角を頭に生やした男性戦士だった。彼は、ウマとキツネ、二人の攻撃を受けて怯んだオーガの太もも目掛け、持っていた槍を突き出す!
『うおおぉ!』
「グガッァア!?」
体勢の悪かったオーガにそれを避ける事は出来ず、太ももに槍を受け悲鳴を上げる。が、オーガもただ攻撃を受けるだけでは無い! 突き出した槍を引き抜こうとするサイの男性戦士、その隙を突いて、持っていた石柱を、まるで小枝でも振り回すかの様な速さで、サイの男性戦士目掛けて振り回す。
『うおおああぁ!?』
サイの男性戦士は引き抜いた槍を何とか体の前へと差し入れたが、石柱の勢いを殺す事は出来ずに、吹っ飛ばされてしまう!
オーガの振り回した石柱はそれだけでは止まらず、オーガの顔を攻撃した後に地面に着地した、ウマとキツネの二人にも向かって行く! 対する二人は、土煙のせいか、自分に向かってくる石柱に気付いていない!
「危ないっ!」
思わず叫ぶ俺。その警告を受けた二人が、咄嗟にその場から飛び退くと、その直後に石柱が二人の居る場所を通り過ぎて行った。間一髪、危ない所だった。
「何にゃ、凡太も戦りたいにゃん? だったら、話しは早いにゃん。一緒に行くにゃん!」
二人の獣人に忠告した俺に、ミケが俺も戦いたいと受け取ったのか、俺の手を引っ張ると無理やりに立たせる。だが、
「いや、今は学校の皆の元へ急ごう。幸い、彼らはオーガに負けていない所か、押している。ならばここは彼らに任せて、俺達は学校の皆を守らないと!」
そう言って、ここから見える、学校の皆が居る一画を指で指す。今はまだ、観客たちが目の前で繰り広げられて居る戦いに目を向けているが、いつまた学校の皆に襲い掛かるか分からない。ならば、今の内に皆の傍に行って、守らなきゃ!
学校の皆が居るのは、今俺達が居る場所とは、ちょうど対角線上になる。こんな大きな闘技場を反対側まで見つからない様に移動するのも大変そうだ。
「そんな事をしなくても、戦っている他の戦士たちと協力して、あのオーガを倒せば全て解決するにゃ?」
「……いや、そうは思えない。土手のあの口ぶりからすると、まだ何か良からぬ事を考えていると思う。それに、あのオーガなら、俺達が戦ったリザードマンの旗の方が強い。なのに、あのリザードマンの旗では無く、あのオーガにしたという事には、何かきっと理由があるはずなんだ」
「理由? それはなんにゃ?」
「分からん。 でも、単純に面白おかしくしたかったとかかもしれない。悪いが、あの五人でもあのリザードマンの旗に勝てるとは思えない。そんな結果が見えている事をしたく無かっただけかもしれない」
「……そいつはふざけすぎ、にゃんね」
そう言って、ミケはここからでも見える、土手の居る玉座に向けて唸り声を上げる。
「だから今は、みんなの元に急いで行って、守りたいんだ。この先、何があっても大丈夫な様に」
「……分かったにゃ」
渋々、では無いけれどミケも俺の考えに同意してくれた。その事に「有難う」とお礼を言うと、「よ、よせにゃん!?」と焦るミケ。そして俺は後ろに居た舞ちゃんとギルバードに、
「という訳で、今は学校の皆の所に行きたい。それでも良いかな?」
「はい。私は凡太さんの後に付いて行きます」
「自分だけ、ここに居るという選択肢は無いよ、凡太。一緒に行こう」
「……有難う、二人とも」
ミケと同じ様にお礼を言うと、前を向き、学校の皆が居る闘技場の反対側目指して移動を開始した。