第五十話 じゃんけん!
「だから言ったのに、離れてろってさ」
「……やっぱり凡太は異常にゃ。そりゃ、あの旗のリザードマンの腹も消し飛ぶ訳にゃん」
ミケが呆れた様に、鉄の扉の残骸を拾っては、そんな事を口にした。おい、俺は普通の凡人だぞ?
そして、なんでウットリした表情をしているの、舞ちゃん?
閉じ込められていた控室から出た俺は、左右に伸びる広い廊下にそれぞれ転がっている屈強な黒服姿の男を見て、溜息を吐く。そして、倒れている黒服に近付いくと、テレビの刑事ドラマで良くやる様な、首の脈に触って生きているかどうかを調べるあのやり方を、見様見真似でやって見た。
「──うん、生きているな。良かった、良かった」
「凡太、あまり感情が籠もっていませんね」
御座なり気にホッとしていると、ミケと同じ様に、壊れた鉄の扉の残骸を拾い上げ、その分厚を見ては何故か呆れていたギルバードが、俺の発した言葉を聞いては苦笑いを浮かべ、さらに呆れている。
「しょうがないにゃ。凡太は忠告したにゃ。なのに、退かなかったコイツ等が悪いにゃ。放っておけば良いにゃ」
「やっぱり人族はバカにゃんね」と、こちらもやれやれと呆れているミケに、「しょうがないよ。こいつ等は俺がこの扉を壊せると知らなかったんだからさ」と、何故かフォローを入れる俺。同じ人として、ちょっと可哀想に思ったからか?
「そんな事より、早く行こう! じゃないと、残りの二人の先輩も殺されてしまう! え~っと、右かな、左かな!?」
俺達の閉じ込められていた控室がこの施設のどこの場所にあるのか分からない為、左右に伸びる廊下のどっちに行っていいのか分からない。左右どちらも同じ構造の廊下な為、判断に迷う。
「こんな時、案内版とか、避難経路図とか廊下の壁に貼られているもんだろ!? 何で無いんだよ!」
見える範囲の壁にそういった物は見えない。こりゃ実際に進んで見るしか分からなそうだ。
ウンザリした俺は、後ろに続いてきた舞ちゃんたちに振り返ると、
「こんな時に使える魔法とか無いのかな、舞ちゃん?」
「……済みません。私達は思った所に思った様に行けていたので、そう言ったものがあるのか分かりません」
「……そっか。ミケとギルバードは? そんなのに、心当たりは無い?」
「う~ん。魔力を感知するヤツはあるにゃんが、道に迷った時に使える魔法は無いにゃんね」
「私の数少ない記憶の中にも、そういったものがあったという覚えはありません」
俺の質問を受けた三人。それぞれが廊下の天井を見る様に顔を上げ、自分達の記憶を探ってくれたが、そんな都合の良い魔法は無かったみたいで、困った顔を返してきた。エルーテルの魔法も万能では無い様だ。あの女神様だもんな。そんな万能じゃなさそうだし。ってか舞ちゃん。そっちの方がスゴイよ? 未来から来た青タヌキのロボットが持つ、秘密道具もビックリだよ?
「そっか。じゃ、勘だけが頼りだな。皆、左と右、どっちに行けば良いと思う?」
「……私は右かなと思います」
「ミケは左にゃ! 左が怪しいにゃ!」
「私も左かなと思います。凡太は?」
「俺は舞ちゃんと同じく、右だと思った。参ったな、完全に分かれたぞ」
腕を組んで、首を傾げる。どっちが正解だか間違っているかも分からないから、選ぶことも出来ない。だが、問題無い。こういう時、昔からある方法で決めると相場は決まっているのだ。
「……じゃんけん、だな」
「じゃんけん、ですか?」
「あぁ。古今東西、こういった時、どうすれば良いのかはじゃんけんで決めるんだ。じゃんけんってのはな──」
と、ギルバードにじゃんけんの説明をする。ミケも興味を示したのか、顔を出してきたはフンフンと頷いている。
「──という方法なんだが、どうだ?」
「とても素晴らしいと思います! 良いですね、じゃんけん!」
説明を聞き終えたギルバードは、なぜか興奮してうんうんと首を大きく縦に振る。
「なんでそんなに興奮してるんだよ?」
「だって、これはとても画期的ですよ! 誰も血を流さずに、しかも力も知恵も関係無いのですから!」
「画期的って……。逆に聞くけど、同じ様に決断に困った時は、どうやって決めてたんだ?」
ギルバードがじゃんけんをあまりに褒めるので、エルーテルではどうやって決めているのか興味が湧いた俺は、ギルバードに聞いてみた。だけど、それに答えたのはミケだった。
「簡単にゃ。力づくにゃ。自分の思った通りにしたい時は、力で他の人を従わせるのにゃ」
「……なんて野蛮で、原始的なんだ……」
「そんな事は無いにゃ。力こそ全て。一番解り易いにゃ!」
どこの世紀末だ、それ?という様な事を口にするミケ。しかもそれを、さも楽し気に言うもんだから、たちが悪い。
「……それって、その一番の力持ちが間違ってたら、どうなるんだ?」
「ん? 簡単にゃ。間違ってたら、ソイツは責任を取って村から出て行くにゃ。そして、また力比べが行われるだけにゃ」
「だけって、お前……。はぁ、まあいいや。 んじゃ、じゃんけんするか──」
そのやり方でミケ達が納得しているのなら良いかと、それ以上深く考えない様にした俺は、じゃんけんをやりたくてウズウズしていたギルバードを相手に指名して、「最初はグー」と、じゃんけんをするのだった。
☆
「……やっぱり、右だったんじゃないのか?」
先頭を歩くギルバードに、じゃんけんで負けた俺は後ろから恨めしそうに声を掛けた。
じゃんけんで勝ったギルバード。「では行きましょうか!」と、お供を連れて世直しの旅にでも行きそうな言葉を残して先頭をズンズン進んでいく。お供の俺は、ちりめん問屋のご隠居改め副将軍の言う事に従いますと、その後ろについて行った。
だが、幾ら歩いても廊下が続いて行くばかり。途中に俺達の居た様な控室の扉(こちらは普通の扉だった)があったが、闘技場や外に出て行ける扉なり通路は無い。
「凡太がうっかり見落としていたのでは?」
「だれがうっかりだよ! せめて弥七か飛び猿辺りにしてくれよ!」
ギルバードが俺に責任転嫁してくる。しかも、八兵衛さん扱いのオマケ付きで、だ。
「じゃんけんに勝っただけで終わりじゃないんだぞ!? 早く外に、闘技場に出なきゃさ!」
「分かっていますよ。この廊下もまだ先が続いています。きっとこの先に出口があります!」
「頼むよ、ほんとに。早くしないとあの上級生が──」
「凡太」
ギルバードに避難の目を向けていると、ミケが俺の袖をくいくいと引っ張る。
「なんだ、ミケ? お前も左側派だったから、責任を取るのか?」
「……そうじゃないにゃん。あれを見るにゃん」
「? あれって、あそこのモニターか?」
ミケが指を指したのは、俺とギルバードがあーだこーだと言い合っている間に、ミケが中の様子を確認しに行った控室。そこのドア開き放たれて、奥にある、俺達の居た控室にも合ったモニター画面が見えた。そこには闘技場の様子が映されているのだが──
「……嘘、だろ……」
俺はそれだけを呟き、フラフラとした足取りで控室へと、そのモニター画面へと近づいて行く。
そこには、最悪の結末が流れていた。
カメラが映しているのは、上級生の三人が闘技場へと入って来た重厚な鉄の扉。その鉄の扉の前で、オーガが持っていた石柱を振り回しながら天高く吼えている。
上級生たちの姿は見えない。代わりに、その大きな鉄の扉に一つ。そして、その横に伸びる、高さ三メートルほどのコンクリートの壁に一つ、赤黒い染みが出来ていた。恐らく鉄の扉まで辿り着いた二人の上級生が、この世の最後に残した己の証だろう。それを裏付けるかの様に──
《──粛清終了、でございます》
土手が呟く。そうして目を閉じ、手を組んで祈りを捧げた。その時ばかりは、あれだけ騒いでいた観客たちも、土手に習う様に静かに手を組んでいた。
「……間に合わなかった、か」
ガックリと膝を落とす俺。その肩にそっと手を乗せて来たのは舞ちゃんだった。
「凡太さんのせいではありません。だから、ご自身を責めないでください……」
「舞ちゃん……。ありがとう」
その手に自分の手を重ねた俺は、目を瞑り感謝の言葉を口にする。
「あの二人、間に合わなかったにゃんね。でも、しょうがないにゃ。人族がオーガに勝てる訳が無いにゃんから」
頭の後ろで手を組み、モニターを眺めるミケ。普通の人間が、あんな化け物に勝てる訳が無い。そんなとても当たり前な事をわざわざ口にする、それはミケなりの俺への励ましの言葉なのだろう。下手くそだが。
「分かってる。でも、助けたかったよ、俺は」
「……そう、ですね」
思わず吐いた俺の吐露に、慰める様に同意してくれたギルバード。ミケとは違い、相手の気持ちに立つ所も相変わらずのイケメン技だ。
「でも、これで急ぐ必要は無くなったにゃ。ならば、そんな焦って行く必要も無くなった──」
相変わらず励まし方が下手くそなミケ(励ましているんだと思いたい)の言葉が終わる前に、画面内一杯に映った土手が、ニヤリと底気味悪い笑みを浮かべ、
《──さて、こうして三人の粛清が済んだ訳ですが、皆さん、どうですか? 満足頂けましたか?》
と、観客に向けて問い掛けた。その問い掛けに、どこか危うい静けさに満ちていた観客席は、再び熱を帯びていく。
「まだだ! まだ俺は見たいゾ!」「異教徒が潰された時、凄く気持ち良かった! また、あの快感を私に頂戴!!」「あれだけの為に、俺は高い金払ってまで来たんじゃないぞ!!」「またあの御方の所に、異教徒をお送りしましょう!!」
さらなる殺人行為を求める、血に飢えた観客たちの声がそこかしこで上がる。それが全体を占める様になるまで、そう時間は掛からなかった。
その声を聞き、満足気に頷いた土手は、そっと目を閉じると、
《異教徒を救う事が、あの御方の元へご案内するのが私に与えられた使命。皆さんが望むのなら、さらなる異教徒を、あの御方の元へとお送りしたいと考えております……》
土手がそう言うと、モニター画面が切り替わる。そこには──
「──なっ!? みんな!?」
思わず大声を上げてしまう。モニター画面には、周りに居た観客たちに詰め寄られている学校の皆が映しだされたのだ。
観客たちと学校の皆がいる一画の間には、プラスチックだろう透明な仕切り板が張り巡らされ、学校の皆とは接触出来ない様になっている様だが、血眼になり、なかば暴徒と化している観客たちはそれを乗り越えようと、またはそれを壊そうと殴り、蹴り付けていた。このままでは、いつ学校の皆に危害が及ぶんでも不思議では無い。
「止めろ、土手!皆には手を出すな!!──くそ!! 早くあそこに行って止めさせないと!!」
立ち上がった俺は、踵を返し、控室の出口に向かう。今はまだ、普通の人々が詰め寄っているが、いつ、土手の口からあのオーガを嗾ける言葉が出てもおかしくは無いのだ。普通の人があいてだからこそ、あのプラスチックの仕切り板も保っているのだ。そこにあのオーガが、手に持っている石柱を叩き付けたらどうなるか……。想像に難くない。
控室を飛び出し、「くそっ! どっちだよ!!」と苛立っている俺の耳に、モニター画面の土手の声が聞こえてくる。
《皆さん、そちらの異教徒たちは私の学友でもあります。なので、私自ら、改宗を試みたいと思いますので、何卒ご容赦の程を。ですが、それでは皆様はご納得頂けないでしょう》
土手の言う事を信じるのならば、ひとまず球也を始めとする学校の皆に、危害が及ぶ事は無さそうだ。だが、いつ心変わりしてもおかしくは無い。早くあの場所に行かなきゃ!
「皆、早く行こう! じゃないと、土手のヤツがいつ皆に危害を与えるかわからな──」
《ですから、次に皆さんに楽しんで頂くショーは、こちらですっ!!》
「凡太っ、何かやるみたいにゃ!!」
ミケの言葉に、俺はモニター画面に目を向ける。そして、目に魔力を籠めてそれを見た。こうすれば、モニターに近付かなくても、良く見える。魔力の無駄遣いにも見えるけど。
すると、オーガの入って来た方の鉄の扉に、突如としてスモークが焚かれ、鉄の扉が見えなくなった。まるでプロレスか何かの登場シーンだ。その様子に、暴徒と化していた一部の観客も、固唾を飲んで見守っている。
「おいおい、一体何をしようってんだ!?」
喉が鳴る。土手の事だ。良い事が起こるとは考えられない。でも、学校の皆に危害は加えないと言ったのだ。ならば、あとは何をするのか?!
煙に包まれた鉄の扉に、色とりどりなスポットライトが当てられる。それと同時に、会場の照明も消された。「グオオオォ?!」と聞こえたのは、驚いたオーガの声か!?
モニター越しの俺達と、会場中の観客が見つめる中、色とりどりのスポットライトが全て白に変わった時、ゴゴゴッと重い音を立てて、鉄の扉が徐々に開かれる! また何かが出て来る様だ。
「また、魔物が出てくんのかよ!?」
「……いえ、そんな大きな感じはしません! どちらかと言うと、先程の人族と同じ位かと!」
「見えるのか、ギルバード!? それに、また人だって!?」
魔力を通している俺の目にも、まだ何が現れるのか分からないのに、ギルバードには見えると言う。それが俺達と同じ人間だという事も。そのギルバードの言葉に、(また、学校の誰かか!?)と、俺の背中に嫌な汗が流れた。──だが、俺の予想は外れる事となる。
重い音を立てて徐々に開いて行く鉄の扉。だが、その扉が開き切る前に、何かが飛び出してきた。その瞬間、会場の照明が点灯する。
その照明に照らされたのは、数人の男女だった。──だが、その体の一部に、普通の人には無い物が付いている。
(おいおい、あれって!?)
俺が、驚きの余り言葉を失っていると、代わりにミケが口をぱくつかせながらも何とか言葉にする。
「あ、あれは……、ミケと同じ、獣人族、にゃ……」