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第四十八話  ザ・デスマッチ

 

「凡太さん、あれは確か、以前上級生に苛められていた生徒では?」



 俺が無言でモニター画面を見つめる中、舞ちゃんも土手に気付いた様で、俺に確認してくる。だが、俺はそれに答える事が出来なかった。だが、モニター画面に映る、学生服に黒マント姿の男は、舞ちゃんの言う通り土手で間違いなかった。



 ──土手茂秀──、彼は俺達と同じ二年生である。俺達とは別の普通クラスに所属している彼と俺達は殆ど面識が無く、せいぜい、ラノベ好きな俺が隣の教室に用事があって行った時、いつも文庫本を読んでいた彼が何を呼んでいるのか気になっていた位だった。──あの時までは──。


 俺が善行進化の為に、誰か困っている人は居ないか探している時、土手が虐められている所に出くわしたのだ。土手は所謂いじめられっ子で、上級生に虐められていた。

 その時は、舞ちゃんの機転で何とか出来たが、今と違って無力だった当時の俺は、土手を救ってやる事が出来ずにいた。それでもどうしたらいいのかと考えたが、マラソン大会や野球部の事を考えている内に、結局何もしてやる事は出来なかった。

 だが、その後、急展開を迎える。ウチの野球部のエースである球也が、土手が虐められている現場に出くわしてしまったのだ。正義感溢れる球也はその性格上放っておく事が出来ず、あろう事かその場で土手の代わりに上級生から暴力を受ける事を了承してしまう。その姿に逆上した上級生が球也を蹴りつけようとした時、善行進化で体を強化した俺が咄嗟に間に入って事無きを得たのだった。その日の昼休みに俺がその上級生を呼び出し、更生させたのは別の話であるが、その後、土手が上級生に苛められているという話は聞く事は無かった。


(土手……、ほんとにお前なのか?)


 人は辛い思いをしている時は人に優しくなれると聞く。土手がどの位の期間、どれくらいの頻度で、あの上級生たちに苛められていたのかは分からない。分からないが、辛い思いをしていたのは確かだ。仮に、土手があのリザードマン事件を起こした犯人なのだとしたら、あの日、リザードマンに殺され、傷付けられた人達がどんな気持ちだったのか分かる筈だ。ならば、その時の自分の気持ちを思い出し、そんな事をするのは止めようと思わなかったのか?


 俺が浮ついた苛立ちにモヤモヤしていると、モニタ―内の土手が玉座に腰掛ける。すると、黒服を着た白髪の老人が、スッとマイクを差し出した。それを受け取った土手は冷たい笑みを浮かべると、マイクを手に取った。



 《──皆さん、今年もこの季節がやってきました。毎年、この日に行われる一大イベント、ザ・デスマッチ。今宵、皆さんの願いをあの御方に聞き届けて頂く時がやって参りました!!》



 再びドンっと大きく揺れる控室。いや、このコロッセオと呼ばれる施設全体が、まるで歓喜に打ち震えている様だった。だが、俺の心はそんな喜びとは正反対の、失望に染まる。



「今年、も?」



 土手は確かにそう言った。今年も、と。当たり前だが、クリスマスにこんな大きなイベントは無かった。あればニュースになっていただろうし。例えあったとしても、一介の高校生がイベンターなんて出来る筈は無い。せいぜいが友達内でのクリスマスパーティー位だろう。なのに、この施設に居る人々は誰もそれを疑問に思う事無く、あまつさえ受け入れている。当たり前の事の様に。


 この事が意味する事。それは、一連のおかしな事象が、玉座に座り人々の声援に愉悦の表情を浮かべる土手が起こしたという、確たる証拠であった。



「何にゃ?この国のお偉いさんかにゃ? 随分若いお偉いさんにゃ」

「ミケ、お役目に年齢なんて、関係無いではありませんか。恐らく彼は、かなり優秀な人族なのでしょう。これほどの人々が熱い声援を送っているのですからね」



 モニターを眺めていた二人が、土手を視てそんな感想を口にした。二人は知らないのだ。彼こそがあのリザードマン事件を、そして二人をこの世界へと招いた張本人である事を。


 二人にどう説明するべきかと悩んだ俺は、舞ちゃんから説明してもらうのが良いなと、投げやり気味に考え付いた。



「舞ちゃん、あのさ……?」



 俺の横に立ち、モニター画面を見つめていた舞ちゃんに顔を向け、二人に説明をお願いしようとして、言葉が止まった。


 舞ちゃんが震えていたのだ。顔を青くして、目を見開いて。



「……舞ちゃん?」

「──っ!?」



 心配げに声を掛け、肩にをそっと手を置こうとした俺の手は、大きく跳ね除けられた。舞ちゃんによって。その思い掛けない行為に、今度は俺が目を見開いてしまう。



「……舞、ちゃん?」

「はっ!? す、済みません! 凡太さん!」



 自分のした事に、遅まきながら気付いた舞ちゃん。纏っていた、どこか張り詰めていた空気を消すと、必死に謝って来た。



「いや、別にちょっと驚いただけだから、大丈夫だよ。それよりも、何かあった?」



 大した事無いよと笑って伝えながら、舞ちゃんを気遣う。あんな舞ちゃんを見たのは初めてだったからだ。それは、学校でリザードマンと遭遇した時よりも強く(おそ)(おのの)いた表情と態度。

 だけど、舞ちゃんはまだ少し青い顔に不器用に笑みを作ると、「何でも、ありませんよ」と、それだけを口にした。



「……舞ちゃん、あのさ──」



 それがあまりに痛々しくて、さらに気遣う言葉を投げ掛けようとした時、モニター画面の土手が、さらに人々に語り掛ける。



 《こうして今年も、皆さんがご覧になられる中、ザ・デスマッチが無事に開催される事、教祖である私は大変嬉しく思います。あの御方もお喜びになられていらっしゃる事でしょう》

「教祖……? あの御方……?」



 普段、ほとんど聞く事の無い言葉に俺は眉根を寄せる。土手のヤツは一体、何を言っているんだ?


 そんな俺の心情をよそに、土手の言葉は続いて行く。



 《さて、今回も多くの皆様方に足を運んでいただいたこの会場ですが、今回は一風変わった所が御座います。すでにお気づきの方もいらっしゃる様ですが、今回は特別な方々がこの会場に起こしになってくれています。──皆様、あちらをご覧ください!》



 土手が大げさな振る舞いで会場の一区画を手で指し示すと、会場の電気がパッと消える。そして土手が指し示したその区画が、まるでスポットライトの様に照らされた。



「──なっ!? みんな!?」



 思わず息を呑む。そのスポットライトに照らされた一角には学校の先生と生徒みんなが居たのだ。そこには勿論球也や鈴子、都市下さん、そして須原さんの姿もある。

 皆、一応に何かを叫んでいたがその声は、周りの歓声──というよりも、何故か響き渡るブーイングで掻き消されていた。



「なんで、皆が!? それにこのブーイングは一体?」

「……この異教徒、と罵られています」



 ギルバードが聞き取った言葉を口にした。その頬には一筋の汗が流れている。



「異教、徒?……」

「はい。異教徒は排除しろ、異教徒は滅ぼせと口々に叫んでいます」

「……何だよ、それ……」



 学校の皆が異教徒? 意味が分からない。

 思考が追い付かない。いや、すでに考える事を放棄しているとさえ思える俺の目に、再び灯りが灯された会場が映された会場が映る。



 《皆さん、そのお怒り、ごもっともですが今はお控え頂きたい。……さて、今回この会場に、異教徒である彼らが参ったのは、意味が御座います》



 土手が言葉を区切ると、辺りはシーンと静まり返る。そこでようやく、皆の声が聞こえる様になった。


「何だよ、これ?」「ここは何処なの?!」「土手!お前何してんだよ!」と口々に叫ぶ皆のその様子を見る限り、自らここに来た訳では無さそうだ。恐らく俺達と同じ様に無理やり連れて来られたんだろう事が解る。

 そうした皆の声を無視して、土手はさらに語って行く。



 《今回は、皆さまにさらに楽しんで頂く為、特別な催しをご用意しております。その催しに、彼らに一役買って頂きたいと思っております》



 土手がそう言い終えると、再び会場が割れた。ギルバードの様に耳聡くない俺にも、「良いぞぉ!」「今日ここに来てほんと良かったわ!!」など、人々の歓声が聞こえる。



 《そうでしょう、そうでしょう! 今夜、ここに来る事の出来た皆さまは本当に運が良い! それではご覧頂きましょう! 特別なショーの始まりですっ!》



 悦に入った、恍惚した表情の土手が立ち上がり、楕円形状のコロッセオの焦点部分──サッカーグラウンドで言えばゴール裏と言えばいいのか──の片方を指差した。再び会場内の照明が消え、土手が指差した部分にスポットライトが当たる。


 そこには鉄で出来た重厚な両開きの扉があった。その高さは十メートル位だろうか。まるで何か大きな物がそこから出て来そうな雰囲気だ。良く見るとちょうど反対側にも設置されている様だ。



「本当にコロッセオみたいだな……」



 どこかの国にある世界遺産のコロシアムそのものの様相に、知らずゴクリと喉を鳴らす。


 すると、ゴゴゴッと酷く鈍い音を立てて、両扉が徐々に開かれていく。その隙間が広がっていくにつれ、観客のボルテージも上がっていく。

 だが、中途半端に止まってしまった。なんだ?故障か? これだから整備はちゃんとしとけとあれほど言っているだろ!と、現場作業者の様にぶつくさ言っていると、中途半端に開かれたその隙間から、ナニカが出て来る。



「ん?なんだ?」



 カメラが徐々に寄って行く。相変わらずこのカメラマンのカメラワークは少し遅い。いや、逆に俺達を焦らそうとしているのか? そうだとしたら、かなりの熟練者だ。


 そうして、ピントが合った画面に、人が映し出される。その数は三人。……どこか見覚えのある様な……?



「ん~、誰だっけ……?」

「……あの時の三人です、凡太さん」

「あの、時……? ──あ!?」



 喉元まで出かけて、その後中々出て来ない答えに気持ち悪さを感じていると、舞ちゃんが答えてくれた。それでようやく思い出す。



「あれは土手を虐めていた上級生!」



 そう、その三人は、土手を虐め、球也に詰め寄り、俺にお灸を据えられた上級生三人組だった。だが、俺が気付かなかったのも無理は無い。何せ、あの時の彼らは、短髪、眼鏡、セーター姿だったのだが、鉄の門から現れた今の彼らは長髪、コンタクト、そして、



「ジャ、ジャージだと……?」



 ジャージの楽さに気付いてしまったのか、セーター姿だった彼は、今やオシャレにジャージを着こなしているではないか! 三人の特徴しか覚えていなかった俺には、すっかり変わってしまった彼らに気付かなくて当然である。セーター、暖かくて今の季節に合うのになぁ。


 そんな彼らはモニター越しでも判る程に体を縮めながら、三人固まって門を潜って来た。その三人に向けて、ことさら大きなブーイングとヤジが飛んでいる。中東の笛もビックリな程の完全なるアウェイだ。


 十数万という人々から怒声を浴びせられ、スポットライトを浴びせられ、ビクつきながらもコロッセオの中央、スタジアムでいうグラウンドのセンターラインの所まで歩いてきた三人は、彼らの後に門から出て来た黒服にここに待機する様に指示されている。これから何が起こるのか分からない彼らは言われるままに、その黒服の指示に首を大きく縦に振っていた。


 そうして、彼らをそこで待たせると、指示を出した黒服は急いで入って来た鉄の門から出て行った。ハッキリ言って嫌な予感しかしない。コロッセオという名前、このイベントのザ・デスマッチ、そして、彼らが待つように言われたその土が剥き出しの地面はまるで、闘技場そのものだ。



「一体、何をしようっていうんだよ……」



 そうした会場の雰囲気に良からぬ事しか起きないと直感した俺は、ギリリと歯を鳴らす。──そして、俺の予想が悲しい程に当たる事となる──


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