第四十五話 さすがに変じゃ無いか?
あれはちょうど、多比良姫様からの要請という形で、あの事件の犯人捜しを初めて二週間が経ち、あと一週間もすればクリスマスって時だった。
要請前は俺一人で行っていた、犯人捜しというよりも何かの手掛かり捜しが、要請後の今は、俺と舞ちゃん、そして、エルーテルの住人であるミケとギルバードも参加し、朝から夕方まで、学校を中心として、犯人に繋がる糸口や情報を探し歩いていた。
俺と舞ちゃんは、学校の近所にある、スーパーやコンビニ、駄菓子屋などのお店に行って聞き取りを行ったりもした。学校に居た俺達では分からない、何かしらの変化が無かったか調べたかったからだ。といっても、警察でも何でもない、たかが高校生の俺達に話をする様な人は稀で、大概は無視されるか、舞ちゃんがナンパされるか、学生がこんな時間に何してる!と怒られるかであった。
ミケとギルバードには、夜間の探索をお願いした。エルーテルの住人である彼らは、その特徴的な外見の為、明るい中で行動するのは難しい。まぁ、ミケは帽子を被り、ズボンの中に尻尾を仕舞えば、この世界の人間とそう大差は無いのだが、ギルバードは違う。あまりにあまりなその容姿は、ちょっと街中を歩いただけで女性達が色めき立ち、ちょっとした騒ぎを起こしてしまうほどだ。この前なんて、俺と一緒に手掛かりを探る為学校に向かおうと駅に行った時、俺がトイレでちょっと居なくなった間に、どこかの芸能事務所のスカウトに声を掛けられていた。
「済みません、連れは日本語話せないんですよ」と、トイレから戻った俺がやんわり断っても、それでも構わないから、ウチに来てくれ!としつこく勧誘をされてしまった。何とか断ったが、その後、俺達の後をつけて家まで来る人も居て、大変だった。そうした事があってからは、ミケとギルバードには、主に夜間、学校に侵入してもらって、魔力の残滓や、魔物の私物等が残っていないか等を入念に調査してもらった。たまに警察の人が夜遅くまで学校を調査する事が有ったみたいで、「今日は変な黒い服を着た人族がいて、まともに調べられなかったにゃ~」と、家に戻って来たミケが愚痴っていた時もあった。
そうして二週間、調査探索を行ったが、犯人に繋がる有力ない手掛かりや情報を得る事は出来ず、徒労に終わる日々を繰り返していた。
そんな中、たまには息抜きしようと、舞ちゃんとミケ、それにギルバードを伴って、駅前にある商店街に来た俺達は、商店街にあるお店を練り歩きながら、目的地である、ファーストフード店へと向かっていた。
「ミケはフィッシュバーガーが良いにゃ! あれは絶品にゃ! 特にたるたるそーすが最高にゃ!」
先頭を歩くミケが、後ろを歩く俺に振り向きながら嬉しそうにニシシと笑う。帽子を被り、尻尾をズボンの中に入れたミケは、何処から見てもただの小学生にしか見えないだろう。
「私は照り焼きバーガーが良いです。あの香ばしい香りがなんとも……」
そう言って目を瞑り、ウンウンと頷いているのはミケの横を歩くギルバードだ。その超絶イケメンな顔はマスクの下に隠して貰った。じゃないと、また騒ぎになるからだ。この前なんて、母さんに頼まれた買い物の帰りがあまりにも遅いから、様子を見に行ったら、十人くらいの女の人から、逆ナンされていた。……イケメンなんて、滅べば良いとさえ思う。
「私はやはり、リンゴのパイですね。あれだけは外せません」
俺の横で、固く決意したのは舞ちゃん。舞ちゃんもその美貌ゆえ、ナンパされたりスカウトを受けたりと中々に大変なのだが、美人に罪は無い。ある訳が無い! 罪があるのは、舞ちゃんに近付く悪い虫とギルバードだけだ。
「それにしても、ケチな凡太が奢るなんて、珍しい事もあるもんにゃ。明日はドラゴンが現れるかも知れないにゃんね♪」
「おいおい、誰がケチだって? それに今日の事は俺が言い出しっぺなんだから、俺が奢るのが筋だろ? それと、さっきのは何だ? ドラゴンが現れる?」
「えぇ、私達エルーテルの人間が、珍しい事があると良く使う慣用句です」
「慣用句なんて、良く知っているなギルバード。へぇ、んじゃ明日は雪が降るなって事と同じなんだな」
「雪? 雪なんて冬になればいつでも降るし、そんなに珍しい事でも無いにゃん?」
「そうなんだが、この国ではそう言うんだよ」
「フ~ン、おかしいにゃんね♪」
重ねる他愛も無い会話、それすらも今の俺達には良い清涼剤だ。何も手掛かりも得られない中、必死に頑張って来たんだから、今日位、無駄を興じていたいと思っても、多比良姫様も許してくれるだろう。
クリスマスも間もなくというこの時期、夕方近くの商店街は大勢の人で混雑していた。その人達を優しく包み込むイルミネーションが、俺達の目を楽しませる。商店街を彩る空気が、ここに居る人に、何かしらの特別感を供していた。祭り好きな多比良姫様も、この空気を味わいたいと思っているかもしれない。
──そんな中、一つの違和感が俺の目に入る。いや、その違和感は、この商店街に来た時に、一番に目に入っていた。でも、そう言うのもありなんだなと思って、その時は何とも思っていなかった。だが、地面に落ちていた一枚の紙、それを拾い上げ、その内容に目を通した時、それはハッキリと主張してきた。ここまでになると、流石におかしいと気付く。
「──さすがに変じゃ無いか?」
「どうしましたか、凡太さん?」
立ち止まった俺が上げた戸惑いの声に、靴のチェーン店に飾られていた可愛らしいスニーカーに視線を向けていた舞ちゃんが、反応を示す。
「いや、あれ、ちょっとおかしくないか?」
そう言って指し示した先には、洋菓子屋さんがあった。クリスマスももう間もなくという、一番で一番忙しいこの時期の洋菓子店の店内は、クリスマスケーキの予約をしに来た人達だろう人で活気に満ちていた。家で食べるクリスマスケーキもここで買うと母さんが言っていたから、もう予約をしたんだろうな。
「……特に、おかしい所は見受けられませんが?」
混雑している店内を眺めた後、舞ちゃんは答えた。そう、特におかしなところは無い。──店内には──
「店内じゃない。店先を見た後に、これを見てみてよ」
「店先、ですか? ──あ」
俺の指摘に改めて店先を見た後に、俺の拾ったビラの様な物に目を通した舞ちゃんは、それに気付くと、口に手をやった。立ち止まった俺達に気付いたミケとギルバードも、戻ってくる。
「何してるにゃ? 早く行かないとすぐに晩御飯になっちゃうにゃ。そうしたら、晩御飯の美味さが半減にゃ」
「何かあったのですか?」
立ち止まっている俺達に向けてそう尋ねてきた二人に、俺は舞ちゃんの時と同じ様に質問してみた。
「あそこに立っている人、何かおかしくないか?」
「ん~、人族がどうかしたのかにゃ~?」
「どなたですか?」
「あの人だよ、店の前でビラを配っている女の人」
そう、俺が指し示した洋菓子店の前で、一人の女の人が通りを歩く人に向かって、ビラを配っていた。恐らく、クリスマスケーキが書かれたビラだろう。そしてその女性が配っているビラと同じ物を、今俺は手にしていた。
「あの紙が何か?」
「違う、紙じゃない。女の人の方だ」
「女性の方、ですか? ……いえ、私には特におかしい所は見受けられませんが……」
「ミケも分からないにゃ。あの人族がどうかしたのかにゃ?」
「そうか……。二人はこの世界に来て、初めてのクリスマスだもんな。 そりゃ分からないか」
「何にゃ!? 一体何がおかしいにゃ!? 説明してくれにゃ!」
痺れを切らしたミケが、俺に詰め寄ってくる。だが、特徴的な耳と尻尾を隠した今の恰好では、あまりに迫力が足りない。ただの子供が近寄ってきているだけだ。
「……降参です、凡太。一体何がおかしいんですか?」と、ギルバードも聞いてきたので、詰め寄り、じゃれついてくるミケを適当にあしらいながら、俺は答えた。
「あの子の服装、何色に見える?」
「え、服装ですか?」
そう。クリスマスといえばサンタ姿のコスチュームだ。ビラを配っていた女の人も例に漏れず、サンタの恰好──俗にいうミニスカサンタ──をしている。俺に将来彼女が出来、一緒にクリスマスを祝う時が万が一にも来た時には、是非来てもらいたいコスプレの上位に入る定番コスチュームだ。……須原さんが来てくれたら、とんでも無く似合うんだろうなぁ~……。
「どこも変じゃないにゃ! 変なのは、今の凡太の顔にゃ! なんにゃ、その締まりの無い顔は!」
じゃれついて来ていたミケが、俺の顔を指差してくる。失礼な奴だ。俺は元々こういう顔だ!
「……色、なんです」
「……色、ですか?」
違和感に気付いたまま黙っていた舞ちゃんが、ポツリと口にした。それを聞き取ったギルバードが、改めてビラ配りの女の子を見る。そして、その女の人が着ていたサンタコスの色を口にした。
「……黒と青ですが、それが一体──」
「白と赤なんだよ……」
「え?」と、どこか拍子抜けした様に聞き返したギルバードに、もう一度言う。
「あの服の色はな、白と赤って相場が決まっているんだよ……」
そうハッキリと口にした事で、より違和感が強調された。この商店街に入って来た時から見て来たサンタ衣装を着た人達。肉屋も魚屋も、花屋もスーパーの店員も着ていたそのサンタの衣装が全て、黒と青だったのだ。しかも全員が、背中にコウモリの様な羽根を付けて。
最初はこの商店街の独自戦略的なものかと思った。他の商店街と違いを生み出す事で、集客効果が見込めるとか、そういったイベント的な何かなのかと。だから商店街をこうして歩いてきて、今まで一人も白と赤のサンタ衣装を見ていない事に、ある程度納得していた。
そして、洋菓子店の店先でビラを配る女性のサンタコス、その色も黒と青だったのは納得しよう。背中にコウモリの羽根も、なんか小悪魔的で、今時な感じもするしな。もし、洋菓子店だけが普通のサンタコスで売りたいと言った所で、商店街の皆で決めた事なのだろうからと説得されるだろうし、場を白けさせるだけだろう。下手をすれば、ハブられる可能性だってある。嫌だなぁ、仲間外れって……。
だが、配るそのビラに書かれた、砂糖細工のサンタも同じ色なのは、どう考えてもおかしく無いか? そう思ったのだ。そこもこのイベントの一環だとしたら流石に凄いが、中には普通の色、白と赤が良いという人も居るに違いない。なのに、このビラのサンタはどれを見ても黒と青であった。しかも背中に小さなコウモリの羽根まで付いている。
(まぁ、白と赤だって、正規の色かと問われると分からないけどさ)
前に見た雑学番組で、サンタの色の代名詞である白と赤は、あの有名なドリンクメーカーが最初に決めたとやっていたから、それが嫌な人は居るかもしれない。俺は好きですよ?
でも、それだけでここまでやる理由は無いだろう。だが、じゃあ、何故この色のサンタ菓子しか無いのか? 商店街の力関係でもあるのか? でも、見た目がやっぱり受け付けないよなぁ。
「……よし、ちょっと聞いてくるよ」
「あ、凡太さん?!」
「ちょっと待ってて」と、舞ちゃんに伝えた後、ビラを配っていた女性に声を掛ける。女性が苦手な俺にしては、スゴイ行動力だ。
「あ、あの~……、すみません」
「はい、何でしょうか?」
でも、女性を前にした時、少し日和った俺の声は弱々しくなってしまう。それでもその女性は気付いてくれた。
「あ、あのぅ、この色なんですが、変じゃないですか?」
「え、どれですかぁ?」
黒と青とはいえ、ミニスカ小悪魔サンタコスの女性がすぐ近くに居る事に、ドギマギしながら、持っていたビラに書かれていたサンタ菓子を指差す。それを確認した女性は、特に何も無いという感じで、
「ん~、特に何も無いですけど~?」
「いや、良く見て下さい。ケーキの上に乗っているサンタのお菓子の色、これ、おかしくないですか?」
「ん~? いえ、特には……」
「え、だって、サンタは白と赤に決まっているでしょ?」
と、俺が何言ってるですか?と常識を振りかざすと、思いがけない答えが返ってきた。
「──え、何言っているんですか、お客さん。サンタは昔からこの恰好に決まっていますけど?」