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第四十二話  夕餉

 

 急遽、多比良姫様の御社(おやしろ)で食事を頂く事になった俺と舞ちゃん。



「少し待っとれ」と、俺達を夕餉に招待した本人はそう俺達に言うと、小上がりの奥にある襖を開け、席を外してしまった。


 すると、俺達も通って来たこの部屋の入り口に、雀がチョコンと顔を出した。



「え、スズメ?」

「……あなた方ですか? 本日のご来賓の方は?」

「……うそ、雀が喋った……」



 雀が雀そのものの姿形で人間の言葉を話す事に、驚きを超えて口をぱくつかせていると、



「スズメ、スズメと失礼な!私は多比良姫様の、一番の世話人でチュン!あんな鳥と一緒にしないで欲しいチュン!これだから、下界の人間は嫌なんだチュン」



 と、まるでどこかの猫獣人の様な事を言う雀。……いや、あなた、思いっきり雀ですよ?



「まぁ良いチュン。それで、人間。何か好き嫌いはあるかチュン?」



 と、気を取り直した雀が、俺達二人にそんな事を聞いてくる。



「え、好き嫌いですか?」

「そうチュン。何か食べれない物とかは無いチュン? 最近はあれるぎーとかの問題もあるチュンから、こうして聞きに来たチュン。どうなんだチュン?」

「……い、いえ。好き嫌いもアレルギーも有りません。舞ちゃんは?」

「私も有りません」

「そうか、それは良かったチュン。じゃあ、今から夕餉の準備をするチュン。少し待つといいチュン」



 そう言って、廊下に消えようとした雀に俺は思わずといった感じで、



「え!? 雀が料理作るのか!?」



 と、唖然としていると、消えようとしていた廊下から、スッと可愛らしい顔にどこか不機嫌さを見せ、



「だから、私は雀じゃ無いチュン……。多比良姫様から頂いた、雀宮(すずめのみや)という立派な名前があるチュン。それに、お前の何倍も生きているチュン。だから敬えチュン。これ以上私を雀呼ばわりするなら、料理に毒を入れても良いチュンが? それに、この体で、夕餉が出来る訳無いチュン。夕餉の支度は全て、私の出した式神が作っているチュン。じゃあ、私は行くチュン。これ以上多比良姫様をお待たせする訳には行かないチュン」



 そう言い残して、雀宮さんはチュンチュン鳴きながら、廊下へと消えて行った。いやいや、思いっきり雀じゃねーか!



「……大人しく、待とうか……」

「はい」



 ☆



「いや~、やはり客人と一緒に食べる夕餉は美味いのじゃ!」



 左手に徳利(とっくり)、右手にお猪口(ちょこ)を持った多比良姫様は、空になったお猪口にお酒をなみなみ注ぐと、「ぷは~!」と一気に呷っては、その小さい顔に満面の笑みを浮かべていた。


 俺達の居た大広間に、突如として入って来た雀宮さんの式神(デカい人型の紙だった!)は、運んで来たお膳を座布団に座る俺達の前や、小上がりの多比良姫様が座る、格式ばった座椅子の前に置いていっては、大広間から出て行く。俺達の前にそれぞれ置かれたお膳の上には、良い匂いのする、美味しそうな料理が並んでいた。

 そうして夕飯の準備が進められ、そろそろ準備が終わりそうな頃合いに、「待たせたの」と、多比良姫様が、薄桃色のどこかゆったりとした浴衣の様な物を着て現れる。

 そして、全ての夕飯の準備が整ったのか、準備を取り仕切っていた雀宮さんが大広間に出入口で、「夕餉のご用意が全て整いました」と、その小さな頭をペコリと可愛らしく下げると、「うむ、今宵もご苦労であった。では、頂くとするかの!」と、多比良姫様がそう挨拶をして、夕飯が始まったのだった。



「多比良姫様!お酒はほどほどにしてくださいチュン!」

「硬い事言うな、雀宮よ。久しぶりに、わらわとお主以外とこうして夕餉を楽しんでおるのじゃ。こんな時位、呑んでも罰はあたるまい」



 ピーチクパーチクと騒ぐ雀宮さんを、まぁまぁと宥める多比良姫様。だが、その顔はすでに赤く、そうとう出来上がっている感じである。まだ、飯を食い始めて三十分位なのに……。



「おいおい、多比良姫様。そこの雀宮さんの言う通りだぜ。それに子供なんだから、お酒は駄目だろ!?」

「何を言う、(おのこ)! わらわはこう見えても大人じゃぞ!」

「何を言ってるんですか、ったく。じゃあ、幾つ何ですか?」

「ん~? 幾つじゃったかのぅ? 万を超えてから数えるのを止めてしもうたからのぅ」

「おいおい、マジかよ!?」



 その容姿で忘れていたが、多比良姫様は神様なのだ。神様だから当然俺よりも、いや、今生きている大人達よりもずっと大人なのは間違いない。なら、お酒を呑んでも全く問題無い所か、今呑んでいるお酒も、誰かがお供えしたお神酒なのだそうだ。



「今日は良い日じゃ! 男! オマエも呑め! この酒は格別旨いぞ!?」



 さらに杯を重ねた多比良姫様は、空になったお猪口を俺へと差し出す。



「いや、俺はまだ未成年なんで」

「何をいっておるのじゃ! 昔は齢十五になったら成人になっておったぞ! 良いから呑め!」

「いや、俺は酒なんて飲んだ事無いから、無理だって!」



 酔っぱらった多比良姫様。「ほらほらっ!」と、お猪口をグイグイ押し付けてくるもんだから、着ていた浴衣の前が少し(はだ)けてきて、太ももの奥が見えそうになっていた。だが、見た目が完全に幼女な為、全く興奮しない。ってか、絡み酒かよ、めんどくせーな!



「分かった! 甘酒でも良いぞ! それなら問題無かろう? ん?」



 暫く押し問答を繰り返していると、これならどうだと言わんばかりに折衷案を出してくる多比良姫様。そこまでして、俺に酒を呑ませたいらしい。俺のおじさんも酔っぱらうとそんな感じになるのだが、どうして酔っ払い共はこうまでして人に酒を呑ませたがるのだろうか。不思議でならない。



「まぁ、甘酒なら──」

「よし! おい雀宮! こやつの気が変わらんうちにすぐに持って参れ!」

「ふぅ、はいチュン……」



 そろそろ首を縦に振らないと、気まずい雰囲気になりそうだったので、頂く事にした。甘酒なら飲んだ事もあるし、問題無いだろう。

 俺の返答に、嬉々とした多比良姫様の指示を受けた雀宮さん、やれやれと肩を落としながら、部屋から出て行った。



「うむ、あやつの作る甘酒も絶品なのじゃ。楽しみに待っておると良いぞ!」



 まるで自分の事の様に自慢する多比良姫様。その顔はとても嬉しそうだ。そうしている内に、小さい式神を引き連れた雀宮さんが大広間へと入って来る。



「お待たせしました……。どうぞ」



 雀宮さんがそう言って、式神が差し出してきたのは湯飲みだった。立ち昇る湯気の奥に見える白い液体──甘酒から漂う、甘い香りと仄かな酒精の匂いが俺の鼻をふんわりと刺激する。


「いただきます」とお礼を言って受け取ったその甘酒を一口含むと、酒かすの優しい甘さと、仄かに残った酒精が、口一杯に拡がっていく。多比良姫様の力ゆえか、初冬を迎えたこの季節であってもこの部屋は寒くは無い。だが、その温かさがじ~んと体に沁み込んで行った。まるであの事件以降、俺の心に張った心労を()(ほぐ)していくかの様に。



「美味しい……」

「じゃろ♪」



 ほうっと吐いた溜息と共にでた言葉、それを多比良姫様は嬉しそうに聞いていた。

 そうして、出された数々の料理を堪能して、あらかたお腹が満足した所で、小上がりの座椅子に座り、同じ様に料理を突いてはお猪口を傾けている、多比良姫様に気になった事を聞いて見た。



「多比良姫様。先ほどの話で気になった事が有ったのですが、質問しても良いですか?」

「ん? おう、良いぞ! 今宵はわらわも気分が良い。無礼講じゃ! それで、聞きたいのはわらわのすりーさいずかの?」

「違いますって……。さっき、神伝手って言ってましたが、神様が集まる集会みたいのがあるんですか?」

「なんじゃ、知らんのか? 最近の子供は神無月という言葉を知らんのか?」

「……あ~、聞いたことあります。たしか、神様がどこかに集まるから、神様が留守になるとかなんとか……」

「うむ。じゃが、わらわはその時、ちょうど秋の祭りの準備を見守る大事なお役目があってのぅ。参加出来なかったのじゃ。じゃからエルニアの事を聞いたのが遅くなってしまったのじゃ」

「なんか、しょっちゅう祭りをしてますね?」

「当たり前じゃ! わらわは祭りが大好きなのじゃ! 春夏秋冬とは言わず、毎日でも祭りをやれば良いと思うのじゃ」



「そうすればいつでもお神酒が貰えるしのう♪」と、徳利を傾けた多比良姫様。しかし空になった様で、次のお酒を雀宮さんに催促しては、「いい加減にしてください!」と怒られていた。



「実際、そんなに神様が集まるんですか?」

「お主、なんも知らんのう? この国に居る神は八百万とも呼ばれているのじゃぞ?」

「そんなに居るんですか!?」



 雀宮さんからお酒を貰えなくてしょげ込んでいた多比良姫様。しかし、俺の質問にはしっかりと答えてくれた。



「うむ。実際に数えて居らぬから、どの位かは分からないがの。そして、これはあまり言えないのじゃが、その中でも数柱の神は、この世界とは違う世界の神とも、交信する事が出来るのじゃ。わらわとエルニアの様にの。エルニアの事もそいつらが言っておったのじゃ」

「そうなんですか……」



 何でこの国の、この世界の神様がエルニア様の事を知る事が出来たのか、それも不思議に思っていた事だった。



「──ところで、お主」



 と、いつの間にか小上がりから降りていた多比良姫様が、俺の隣に寄り添ってくる。そして、その小さな鼻を俺の首元に近付けると、スンスンと鳴らす。



「な、なんですか、一体!?」

「……お主からは色々な女子(おなご)に匂いがするが、お主、もしかして女たらしなのかの?」

「な!? そ、そんな事ありませんよ! 女たらしどころか、女の子全般が苦手ですよっ」

「ほんとかのぅ?」

「本当ですって!むしろ俺はモテたい位です!」



 俺が必死に弁解すると、酔っ払いがケラケラ笑いながら俺の肩をバシバシ叩く。



「この童貞風情が、言いよるの! でも、そうか、お主は大勢の女子から、好意を持たれたいと申すのか! それなら──」



 と言うなり、俺にしだれ掛かってきた多比良姫様。妖艶な笑みと開けた着物のせいで、妖しげな色香を漂わせている。



「わらわはどうじゃ? 優しくするぞ?」



 と、耳元で囁く。その圧倒的に艶っぽい声に思わず身震いしていると、


 ガンッ!!


 と、突然大きな物音がしたのでそちらを見ると、舞ちゃんが項垂れていた。その手には、俺が受け取った甘酒の入った湯飲みを持っている。



「……舞ちゃん?」

「……凡太さん……、貴方って人は……!」



 言うなり、項垂れていた顔を上げ、俺へと詰め寄ってきた。



「まま、舞ちゃん!?」

「今度は多比良姫様ですか!? そんな幼子が良いんですか!? 凡太さんの節操無し!!」

「なな、何だぁ!?」



 舞ちゃんの突然のご乱心に、慌てふためく俺。舞ちゃんに一体何がっ!?



「鈴子さんは良いんです! お友達ですから! 凡太さんが憧れている、須原さんも良いとしましょう! ですが、多比良姫様は止めてください! 相手は神様ですよ!」

「お、落ち着いてくれぇ~!!」



 グイグイと迫ってくる舞ちゃんの対応に、しどろもどろになる俺。そんな俺に、多比良姫様がポツリと、



「……この娘、どうやらとんでもない下戸らしいの。そんなに弱いのに、お主の呑んだ甘酒なんぞ呑むから……」

「そ、そんな!?」

「ちょっと、凡太さん! ちゃんと聞いてください!」

「は、はい~っ!?」



 最後に酔っ払い二人に絡まれた夕食は、こうしてどたばたの内にお開きとなったのである。


 その後、酔っぱらって寝てしまった多比良姫様の手違いで結局時間は止まっておらず、俺達は母さんに大目玉を食らう事となったのだった。そんな俺を見たミケがポツリと、



「お前、何してるんだにゃ~……」


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