第四十話 天狗の天さんと多比良姫様
「改めましてお初にお目に掛かります。あっしは武尊山に棲む、天狗の天さんと申します。以後、お見知りおきを!」
「は、はぁ……。こちらこそ宜しく……」
夕日の差し込む部屋で、対面に座る天狗の天さんと名乗る天狗が、俺達に向けて頭を下げた。天狗の言う武尊山とは、俺の住む県にある山の名前だ。
(ま、まさか家に天狗が来るなんて、な。天さんか。その天狗の面で、おでこにある第三の目でも隠しているのか)
あまりな展開に、俺の思考はすぐに下らない事を考え始める。今日のおかずは餃子かな?などと考えていた時、
「それで、天さん。今日はどういったご用件なのでしょうか?」
「え、舞ちゃん。まだ用件を聞いていなかったの?」
「はい。こちらの天さんが、話は凡太さんが帰って来てからだと言われるので」
「そうなんだ……。で、天狗のあなたが何故ウチに?」
すると、スッと体を上げた天狗は、キレイに背筋を伸ばして、
「へぇ。実は先日あっしの所に、私達が仕える神であられる多比良姫様の使いが来まして」
「はぁ……。多比良姫様、ですか……。で、その多比良姫様の使いは何て?」
「へぇ、その使いが言うには、あっしの住む武尊山の近くの町に、エルニア様のご眷属の方と、そのエルニア様に認められた方が居るから、失礼のない様に私の所に連れて来てほしい、と」
「連れて来てって……。俺らに何か用事があるって事か?」
「さぁ、それはあっしにも……」
「……どう思う、舞ちゃん?」
俺は、隣の座布団の上にちょこんと正座している舞ちゃんに話を向けた。
「……多比良姫様の事は、私も存じ上げております。あの御方からそのお名前を何度も聞いていましたので」
「それって、あの女神と仲が良いって事?」
「そこまでは……。ただ、あまり仲の宜しくない神々方のお話をする御方ではありませんでしたので、仲は宜しい方ではないかと」
「そうか。それで、言ったら何が待っていると思う?」
「……見当も付きません。ですが、あの御方と連絡が付かない私達にとって、あの御方と同等の存在であられる多比良姫様にお会いする事で、今後の事を決めるに於いて、何かしらのお導きを得られるのではないかと、考えています」
「今後の事?」
「はい。あの御方と連絡が付かない今、ミケとギルバードの事をどうしたら良いのか私には判断出来ません。このままずっとこの家でご厄介になる訳にもいきませんし。かといって、他に行く宛もありませんから。その事も含めて、多比良姫様にご相談するのも良いかと思います」
「……もしかして、その多比良姫様って偉いの?」
「偉いかどうかは分かりませんが、この国に顕在する神様の一柱である御方です」
「え!? そんな偉い神様が、俺に一体何の用が……?」
「分かりません。こればかりは行ってお会いしてみるしか……」
「そうか……」
と、舞ちゃんとどうしようかと話しをしていると、閉められている舞ちゃんの部屋のドアから、コンコンとノックされる音が聞こえた。ミケが入る時、ノックなんてするとは思えない。という事は──
「はい」
「ギルバードです。入室しても宜しいですか?」
舞ちゃんが返事をすると、やはりギルバードだった。入室の許可を求める声を聞いて、舞ちゃんが「どうしますか?」と尋ねて来たので天狗の天さんに視線で問うと、首を縦に振ってくれた。それを見て、俺も舞ちゃんに頷く。ミケとギルバードにも関係してくることだ。ならば、同席してもらった方が良いと思う。
「……はい、どうぞ」
「失礼します」
舞ちゃんが入室の許可を出すと、スッとドアが開いて金髪のイケメンが顔を出す。
「済みません、失礼します。おや、凡太もいらしたのですね。それに──」
そこで言葉を切ると、ギルバードはその眼差しを少し細めて、部屋にいたもう一人を見る。
「──ほう、こちらは?」
「……俺と舞ちゃんの客人だよ。それで、ギルバードはどうしたんだ」
「はい。少し風が騒いでいたものですから、何かあったのかと思いまして様子を見に伺ったのです。が、納得致しました。こちらの御方に反応していたのですね」
「……分かるのか?」
「はい。こちらの方はこの世界の森人、ですね?」
「ほう、お分かりになられますかい。という事はあなたさんも?」
「はい。まだ見習い、ではありますが」
「そんなご謙遜を。それにしても異国の森人とは珍しい。あっし、初めてお目に掛かりました」
「私もです。色々とご迷惑をお掛けしますが、何卒宜しくお願いします」
「これはご丁寧に。あっしの方こそ、宜しくお願いしやす」
そう言って、お互い深々と頭を下げ合う。その姿は名刺交換をしているサラリーマンを連想させた。
と、そこにドタドタと足音を響き渡らせる様にして、舞ちゃんの部屋へとやって来た奴がいた。そして、当然の様にノックもせず、ガチャリとドアを開けると、
「んにゃ? みんな揃ってミケの部屋で何をしているんだにゃ? まさか、今日のオカズの相談かにゃ? それならば、ミケは断然サンマにゃ! これだけは譲れ……、ん?」
突っ込みどころ満載の言葉を矢継ぎ早に口にするミケ、だが、その目が天狗の天さんに向けられると、言葉が切れる。そして──
「フシャァ! ミケの部屋にカラスが居るにゃ~!!」
と、あろう事か天狗の天さんに向かって行く!ギルバードと挨拶を交わしていた天さんは慌てふためく。
「ぬぬっ! なんだ、この猫娘は!? あっしが一体、お主に何をしたというのだ!?」
「うるさいにゃ! ミケは小さい頃、カラスの奴に苛められた事があったのにゃ! それ以来、ミケはカラスが苦手なのにゃ~!!」
と、天さんに向かって猫パンチを繰り出すミケ。それに対抗する天さん。着ていた羽織りの帯に挟んであった、ヤツデの葉を手に取ると、ミケに向けて振るう。
「おぉ!天狗のヤツデだ!」と興奮する俺を尻目に、「ふんっ!」と天さんの振ったヤツデから、風の塊が生まれると、ミケに向かって行く。
だが、「そんな物、ミケには効かないにゃ!」と、その風の塊と避けるミケ。すると生まれた風の塊は、舞ちゃんの部屋を縦横無尽に暴れ回る。それは、綺麗好きの舞ちゃんが丁寧に畳んだ、舞ちゃんやミケの服を空中へと巻き上げた。
と、俺の顔に何かが張り付く。手に取ると、それはピンク色をした、服にしては面積の小さい布で──
それを神速で奪い取った舞ちゃん。その顔は差し込む夕日に負けない位赤かった。そして──
「いい加減にしてください!!」
舞ちゃんの雷が落ちたのだった。
☆
「ここがそうなのか?」
「はい、こちらが多比良姫様の御座すお屋敷になります」
そう言って、天狗の天さんが案内したのは、何処かの山の頂に程近い場所に建っている、大きな社だった。
家を出たのは夕方過ぎだった為、辺りはすっかり暗くなっていたが、社の周りに建てられた燭台から漏れ出る蝋燭の灯りで、そこまで暗くは感じず、むしろ幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「こんな山奥にこんなに光る神社があって、目立たないのか?」
「ご安心を。この御山周辺には結界が張られておりますので、普通の人には見えません」
「そうなのか」と、説明してくれた天さんの後に続いて、社の中へと続く階段を上がって行く。
すると、「おぉ!」と感嘆の声を上げてしまった。初めて神社の中に入ったのだが、その中はまるでちょっとしたお城の中みたいだった。すっと真っ直ぐ伸びる板張りの廊下には、等間隔に行灯が焚かれ、廊下を明るく照らしている。廊下の左右には部屋があるみたいだが、障子張りの襖が閉められていて、中を窺い知る事は出来ない。だが、何やら良い匂いがするから、もしかすると台所なのかもしれない。
「ささっ、こちらです」と、天さんの案内で奥に進んで行くと、大きな部屋に出た。二十畳はあるだろうか、廊下と同じ板張りの部屋の奥には、一段上がった畳敷の小上がりがあり、そこに誰かが居た。だが、その前に薄く白い布が張られていて、薄ぼんやりとしたシルエットしか見えない。そのシルエットは小さかったので、恐らく相手は座っているのだろう。
すると、俺と舞ちゃんを案内してきた天さんが、その小上がりの手前で跪くと、深々と頭を下げる。俺と舞ちゃんはどうして良いのか分からなかったが、取り敢えず、天さんから一歩下がった所で、座る事にした。
「多比良姫様の命により、武尊山の天、只今お二人をお連れ致しました」
「ふむ、天よ、ご苦労じゃったな」
「ははっ!」
報告を終えた天さんが、「ささっ、どうぞ前へ!」と、手で前に行くように案内すると、自分は正座したまま器用に後ろへと下がっていった。
そうなると、前に出ざるをえない。俺も正座しながら前に行こうとしたが、上手く出来る自信が無かったので、普通に立ちあがって前へと進む。そして、小上がりの前へと進むと、そこで座る。隣の舞ちゃんも同じ様に座った。
「ふむ、お主らがエルニアの知り合いか。──して、どちらが眷属なのじゃ?」
「……私です」
「ほう、そなたが……。なるほど、エルニアの好みが出とるのう……。と、いう事は、そっちの男が……?」
と、薄布の奥に居る、多比良姫様とやらが、俺に視線を向けた途端、凄まじい程の圧力を感じた。天界で、女神であるエルニア様を前にした時は、こんな圧力は感じなかったというのに。
(くっ!? 一体何なんだ!? ニュータイプか!?)
頬に冷や汗を流しながら、(この圧力は白い悪魔を操る奴か!?)なんて事を考えていると、ふと圧力を感じなくなった。
「ふむ。さすがエルニアに認められた男。わらわの圧力にも動じぬ、か」
と、くつくつと笑う多比良姫様。呼び付けた相手に何すんだ、この神様は。
「そう怒るな、男よ。お主の力量をちと見たかっただけなのじゃ。許せよ」
「──!? 俺の考えている事が解るのか!?」
「当たり前じゃ。……と言いたいが、何となく、じゃ。──さて」
と、そこまで言うと、スッと立ち上がる多比良姫様のシルエット。それが合図だったのか、張られていた薄布が、少しずつ上がっていく。
そうして、完全に上がり切った薄布の奥から姿を現したのは、キッチリとした紫色の着物に身を包んだ、黒髪おかっぱ頭の小さな女の子。
「良く来た、エルニアの眷属と、エルニアに認められた男よ。わらわがこの国に数多存在する神の一柱、多比良姫と申す。以後、宜しくなのじゃ」
そう、挨拶をすると、ニコリと微笑んだ多比良姫。その時、俺は心の中で叫んでいた!
(おじゃる言葉の幼女キタ~~~~!!)