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第三十九話 壊れてしまった日常

 

 俺達の通う学校に突然張られた結界内で行われた、異世界の魔物による残酷卑劣な殺戮劇は、俺達の活躍で何とか終止符を打つことが出来た。だが、少なくない人数の死者と怪我人を出したこの一連の出来事は後日、都内の高校で発生した無差別テロ殺人事件として連日、大きく報道される事となった。


 警察も大々的に捜査に乗り出し、事件の詳細について捜査を行ったが、犯人であるリザードマンは、結界が消えた後にその死体が消えて無くなってしまった為犯人を特定する事が出来ず、その事が世間に知れ渡り、犯人は今だに逃走中と噂になって、世間を震え上がらせる事となった。

 俺達も警察に色々と聞き取りをされたが、答えられる事には限りがあった。いきなり結界に包まれた、犯人はリザードマンだと言っても信じる訳も無いし、信じてくれるなんて思ってもみなかったからだ。それでも少なくない生徒が、リザードマンに襲われた事、白濁色の空間に閉じ込められた事などの真実を語ったが、やはり誰にも信じてはもらえなかった様だった。

 その事を悔しく思った何人かの生徒がネットやSNSで訴えたが、オカルト好きな一部の人間に受けただけで、結局何も変わる事は無かった様だ。その事から、もしかするとあの出来事は全て悪い夢で、今もその夢を見続けているのだと思っている奴もいるらしい。


 学校は当面の間、休校扱いとなった。当たり前だ。血の臭いが充満し、死体と人の肉があちらこちらにあったあの学校で、授業を受けたいなんて思う奴なんて、誰も居ない。

 取り合えず、3学期が始めるまでは自宅待機となり、クラスのみんなはそれぞれ家で過ごすなりしているらしいと、球也からそう連絡があった。


 そんな中、一つだけ良いニュースがあった。須原さんが無事だったのだ。結界が解かれた後、学校の様子がおかしい事に気付いた周辺の住民が警察に通報した後、俺達学校の生徒は、駆け付けた救急や警察の人に保護されたのだ。その中に、同じ特進クラスの女の子に肩を貸しながら、救急の人の救急車に乗せられていく須原さんを見た時は、心の底から安心したものだ。


 そして、救急車と言えば高身さんである。狙われたミケを庇ってリザードマンの投げた鉄の槍を腹部に受けた高身さんは、舞ちゃんから治癒の魔法を掛けられ、何とか血は止めたものの意識が戻らないまま、救急車で病院へと運ばれた。

 その後、緊急手術を受けなんとか一命は取り留めたものの、依然として意識が戻らないのだと、お見舞いに行った鈴子に高身さんのお母さんが仰っていたらしい。


 そうして、俺達は深い心の傷を残したまま、壊れてしまった日常を過ごす事となったのである。



 ☆



「凡太~、お昼ご飯よぉ~」

「わかった~、今行くよ~」



 相変わらず、一キロ先の人間とやりとりしているかの様な声量で話す俺と母さん。学校が休校となった事件を受けて凄く心配してくれた母さんは、初めの頃は何かと気を使ってくれた。しかし、普段と変わらないほうが逆に良いと判断したのだろう、今では普段通りに接してくれていた。そうして俺も徐々にではあるが、普段通りの生活に戻ろうと意識して生活していた。一部を除いて……。



「ご飯だってさ、行こうぜ」

「ご飯? もうそんな時間ですか。そういえば、お腹空きましたね」



 ご飯の時間になった事を、床に正座をして瞑想をしていた金髪のイケメンに伝えると、薄っすらと目を開けてニコリと微笑む。その姿がやけに様になっていて、ここが自分の部屋だという事を忘れてしまいそうになった。


 彼の名前はギルバード。ギルバード・フォン・ルクセンドルフ。ミケを助けた際、ケガをしたとかで保健室のベッドで寝ていた人である。

 学校を覆っていた結界が解除された後、暫くして目を覚ました彼は、ベッドから出ると、必死になって高身さんの治療をしていた舞ちゃんの姿を見て、「《神の使いさま……》」と呟いた後、跪いて涙を流した。いきなり現れた金髪の超絶イケメンが涙を流すもんだから、球也と鈴子が酷く驚いていたっけ。

 見た目は俺より少し年上のお兄さんという感じだが、舞ちゃんにも劣らない超絶な美形の持ち主であり、サラサラと流れる肩までの金髪碧眼、身長も180cm以上あるだろうか。細身であるが、決してヒョロヒョロしている感じに見えないのは、適度に付いた筋肉ゆえか。


 このギルバード、実は自分の名前と、ちょっとした生活習慣を除き、記憶が無いらしい。舞ちゃんが言うには、この世界に転移した時に記憶を一時的に失ったのではないか、との見解だった。

 そんな人間が、何故舞ちゃんを見て涙を流したのかと聞くと、



「さぁ、分かりません。でも、何故か、酷く嬉しかったのです。そして同時に酷く悲しかったとしか」



 と、その時の事を思い出したのか、少し恥ずかしそうに答えてくれた。


 その彼がなぜ俺の家に居るかといえば、単純に行く宛が無いからである。いや、行く宛どころか、この世界の住人でも無い。彼もまたミケと同じく異世界、エルーテルの住人である。

 高身さんの治療をしていた舞ちゃんが、救急車で運ばれて行く高身さんを見送った後、彼には行く宛が無いので、凡太さんさえ宜しければ、どうかお家で面倒をみてやれないかとお願いしてきたので、家に連れて来た。最初は俺や家族に対して警戒し、薄い悪意すら持っていたギルバードだったが、舞ちゃんが俺の事を説明すると、態度を改め、それまでの行いを謝ってくれた。イケメンは心までイケメンなのである。



「凡太さんのお母さんが作る料理は、どれも美味しくて参ります」と、階段を降りていくギルバードは、今ではすっかり家に馴染んでいた。そして──



「今日はラーメンなのかにゃ!? ミケは煮干し系にして欲しいのにゃ! あれは絶品なのにゃ~!!」



 リビングのドアを開けた俺の耳に、そんな声が届く。この家に連れてきた、もう一匹の居候であるミケである。ミケもまた、この世界に行く宛なんてない。なので、ギルバードと一緒に連れてきたのだが、尋常じゃないのは、その順応力である。連れて来たその日の内に、家の中で一番発言力のある母さんに取り入ると、言葉が通じないというのにあれよあれよという間に仲良くなっていた。ミケとギルバードの事をどう家族に説明しようか悩んでいた俺がバカみたいな速さだった。ちなみに家族には、ギルバードとミケは、舞ちゃんが外国でとても世話になった友人と説明してある。それからというもの、ギルバードは俺の部屋で、ミケは舞ちゃんの部屋で過ごしていた。



「は~い、ミケちゃん。熱いからフウフウして食べるのよぉ?」

「分かっているにゃ。ミケを子供扱いしないでほしいにゃ!」



 ミケのリクエスト通りに、煮干し系のラーメンを食卓へと持ってきた母さんは、目の前に置かれた出来立てのラーメンを、猫舌ゆえ悪戦苦闘しながら食べているミケを見て、とてもニコニコとしていた。その姿はまるで、もう一人、娘が出来た様な喜びかたである。

 この二人、普通に会話出来ているが、別に母さんが魔力に目覚めた訳ではなく、ミケとギルバードをこの家に連れて帰った時、「言葉が通じないと、色々と不便ですよね……」とその事に気付いた舞ちゃんの指摘で、レベルの上がった《ご都合主義 レベル3》を使って、ニケとギルバードがこちらの世界の言葉を理解し、話せるようにしたのだ。……ご都合主義、なんて恐ろしい子っ!



「お待ちどうさまです……」



 そう言いながら、俺達用の出来立てのラーメンを食卓へと持ってきた舞ちゃん。ラーメンどんぶりと二個持っていて、危なそうである。



「舞ちゃん、俺が──」

「神の使いさま、私が一つ持ちます」



 俺が助け船を出すよりも早く、隣に居たギルバードがそっと舞ちゃんの元へといき、ラーメンのどんぶりを二つとも受け取る。軽々と持ったラーメンどんぶりを食卓へと持ってきたギルバードが、俺と自分が座るだろう椅子の前に置くと、



「ん?どうしましたか、凡太?」

「……いや、何でもないよ……」



 立ち尽くす格好となった俺を見て、不思議そうな顔を浮かべたので、俺はそう返すのが精一杯だった。やはり、イケメンには勝てないのである。



 ☆



 昼食を終えた俺は、食後の散歩がてら、町内をブラブラと歩きながら駅へと向かっていた。家に居てもやる事が無いし、何より──


(取り敢えずもう一度、学校に行って見よう)


 あの事件の事を調べる為である。俺一人で来たのは、ギルバードは、自分の中にある記憶を掘り起こそうと、日夜瞑想しているし、舞ちゃんは、もう一度女神さまと交信出来ないかと、部屋に篭っては何やら自分の記憶を探っていた。もう一人の居候であるミケは、庭でボーっとしながらも、時折高身さんの入院している病院の方角を見ては、神妙な顔を浮かべていた。そんな彼らの邪魔をしたくは無かったからである。


 駅から電車に乗り、学校の最寄りの駅を降りていつもの通学路を歩く。平日の真昼間という時間帯にここを通る事に、どこか違和感と特別感を抱きながら。


 少しすると学校が見えて来た。いつも何気なく歩いていた正門だが、今は入場を規制する黄色いテープが巻かれ、中に入る事が出来ない。その様子は、あの結界の様に、今俺が立っているこちら側と、あちら側とを明確に意識させた。


 外側から学校の様子を窺ってみる。ここから見える範囲には、当初はたくさん居た警察の姿は見えない。校舎内にでも居るのだろうか。


(何も、ないよな……)


 見た限り、世間から無差別テロ殺人事件と呼ばれるあの一連の地獄に関する手掛かりは無さそうだ。その後も場所を変えて学校の様子を探ってみたが、特に変わった様子は見られない。


(何か手掛かりがあると良いんだけどな……)


 フゥと軽く溜息を吐く。俺がこうして学校まで来るのには訳があった。それは、病院で検査を行い、警察による聞き取りが終わった後、家へと帰る途中で舞ちゃんが発した言葉──


 ★  ★  ★


「今回の出来事は、誰かの作為で行われた事だと思います。でなければ、リザードマンやピューマ族が同時にこの世界に転移する事なんて考えられません。あの結界もその誰かが張ったものだと思います」

「え? それってこの世界の人間がやったって事!? まさか!? 他の何か……、例えばエルーテルに居る魔族なり魔物なりがやったって考えられない?」

「……いえ、それは有り得ません。仮にエルーテルの誰か──魔族なりがこの世界に転移して、一連の事件を引き起こそうとした場合、膨大な魔力が必要となるでしょう。それはあの魔王でさえ、可能かどうかというレベルだと思います。それは、魔力がほぼ存在しないこの世界に於いては不可能です。ならば、この世界に住む誰かが行ったと考える方が自然です」

「魔力が必要だって言うのなら、この世界の人にはそれこそ無理じゃないか!? この世界には魔力が無いし、魔力を持っている人間も居ないんだから」

「私の説明が悪かったですね。膨大な魔力が必要と言ったのは、この世界の人間では無いからです。この世界に干渉する力がそもそも無いから、それだけの魔力を必要とします。ですが、この世界に住む人間は違う。簡単に世界に干渉し、変える事が出来ます。自分の住む世界ですから」

「……例えるなら、大国のトップが世界を変える様な法律、例えば平和や戦争に関する法律を作って、それぞれ行えば、世界を一変させられる事が出来るのと同じことか……」

「はい、そういう事です。そこに魔力は必要としませんよね。必要なのは民意です。そしてその民意はどなたでも持ち合わせている。ですから、どなたでも簡単に世界に干渉出来るのです。それが大きいか、小さいかの違いしか有りません」

「だから、この世界の人間が起こしたっていうのか……。俄かには信じられないけれど……」



 ★  ★   ★



 その言葉を受け、俺は翌日から学校を調べる事にした。この世界の住人で、エルーテルの事も知っている俺が適任だと思ったからだし、俺しか出来ないと思ったからである。そして調べ上げ、今回の出来事を引き起こした奴がこの世界の人間なのだとしたら、そいつにしっかりと責任を取らせたいと考えていたのだ。

 だが、そう簡単には行かなかった。学校に近寄るだけで、捜査している警察に怒られるし、報道関係者の人に捕まって意見を求められるしと、大変だったのだ。それでも地道に色々と調べてみた結果、舞ちゃんの言っている事が正しいと思う様になった。


 まずは魔力である。あの白濁した空に覆われた空間、その中に満ちていた魔力が、この世界の魔力だった事が解ったのだ。魔力自体の性質はどの世界においてもそこまで変わらないらしいのだが、エルーテルの魔力とは微かに匂いが違かったと、舞ちゃんやミケ、そしてギルバードが証言していた。川の匂いを嗅ぎ分けられるなんて、鮭かなんかなの、君たち?と思ったが、三人ともがそういうのなら、そうなのだろう。あれだけの量の魔力を集められるのは、やはりこの世界の人間でなければ無理だと言っていた。

 次に、学校の建っていた場所である。あの場所は俗に言うパワースポット、龍脈と呼ばれる力場にあって、この世界の魔力やパワーが集まり易い所だったのだ。恐らく、この事件を引き起こした誰かが、ネットなりで調べたんだろうと推測される。犯人はその力場を利用して、あれだけの魔力を集めたみたいだ。そしてその力場は、エルーテルの住人であるミケやギルバード、そして女神の眷属である舞ちゃんには分からないし、利用する事も出来ないのだとか。

 そうした事が、この事件にこの世界の人間が関与している事を物語っていた。でも、心の何処かでそれを否定したかった俺は、こうして事件現場である学校に来ては、何か新しい手掛かりが無いかを調査しているのだが、さしたる情報も手掛かりも得られる事は出来ず、徒労に終わっていた。


(やっぱり、何も得られないか……)


 学校の周辺を調べてみたが何も無かった。今日も徒労に終わった事に疲れた溜息を吐いた俺は、トボトボと、帰り道を歩いていった。




 そうして、学校を調査しては何も得られない日々が続き、季節は晩秋から初冬へと移り変わろうとしていた。



「ただいまぁ……」



 その日も何の成果も得られなかった俺は、肩を落としながら玄関を潜ると、舞ちゃんが立っていた。俺が学校から帰ってくるとこうして出迎えてくれるのだが、今日は少し様子が変だ。



「ただいま。どうしたの、舞ちゃん?」

「……お帰りなさい、凡太さん。お疲れのところ済みませんが、ちょっと私の部屋に来てもらえませんか?」

「ん? あぁ。良いよ」



 申し訳無さそうな顔をしていた舞ちゃん。その舞ちゃんに気を使わせない様に、努めて明るく返すと、靴を脱いで、舞ちゃんの部屋を訪れる。

 久しぶりに入った舞ちゃんの部屋。その片隅には一人分増えた布団が綺麗に畳まれて置かれており、部屋に置かれていた衣装ケースには、ミケの服だろう、少し小さ目の服が積まれている位で、特に変わった所は見当たらない。そう、部屋の様子には。


 夕方の赤黄色い光が差し込む部屋の中央。少し前に、ホームセンターで購入した座布団の上に、見慣れないシルエットが見えた。羽織袴に身を包み、こちらに背中を向けていたソイツの背中には、カラスを思わせる黒く大きな翼が生えている。明らかに人間ではない。


(なんだ? 新たにエルーテルの獣人が見つかったのか?)


「お待たせしました。ただいま、お帰りになりました。こちらが平凡太さんです」



 思ってもみない状況に俺が言葉を失っていると、舞ちゃんが俺を紹介する。と、そいつはクルリと体の向きを変え、こちらに正面を向けた。



「なっ!?」

「おお! その御方が、エルニア様に認められた御仁ですか! これはまた精悍(せいかん)な顔立ちをされておられる!」



 と、俺を見て興奮するソイツの顔は、赤く、鼻の高い面で隠されていた。その特徴的な赤い面に俺は思わず、呟いく。



「──まさか、天狗……?」


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