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第三十八話  解放

 

 ☆  凡太視点   ☆



 腰を抜かしたらしいミケを背負いながら、保健室の前へと辿り着いた俺は、同じ間違いは犯さないと、



「おい、球也! 俺だ、凡太だ。 入るぞ?」



 と、一声掛けてから、保健室のドアを開ける。

 するとそこには、床に置いてある自分のバットをしげしげと眺める球也と、それに付き合っている鈴子、そしてボーっとした目でこちらを見ている舞ちゃんの姿があった。



「なに、してるんだ?」

「いや、何って、お前が魔法を掛けてくれた俺のバットが、急に震えだしたんだよ! 俺、怖くなって床に置いたんだけど、震えなくなったからもう触っても平気なのかなって」

「あ~、そういう事か……」



 保健室へと入った俺に、球也はバットから目を逸らさずに答えてくれた。多分、俺が魔力を解放したから、俺の魔力に共振したんだろう。俺のバットと同じ事だ。



「って、うお!? 凡太か!?」

「今かよ!? 気付いて無かったんかよ!?」

「あぁ。今気付いた。それで、もう一匹のリザードマンは!?」

「もちろん倒したさ! これで、この変な空間とおさらば出来るぞ!」

「ほんと!? やったぁ~!!」



 しゃがんで球也とバットを見ていた鈴子が、飛び跳ねる様に立ち上がると、俺の両手を掴もうとして、ソレに気付く。



「って、ミケミケ!? だだ、大丈夫っ!?」

「ミケちゃんっ!?」



 鈴子が、俺におぶさっているミケに気付いて驚きと心配の声を上げると、ベッド側に居たのだろう高身さんがすっ飛んできた。そして、ガバっと俺の背中からミケを奪い返すと、その胸に抱きかかえる。



「ミケちゃん!? 大丈夫なの、ミケちゃんっ!?」

「《ムググ~!?》」



 ギュッと強く抱き締める高身さん。それでは返事したくても出来ないよ?

 案の定、ミケが手足をバタつかせながら必死に何かを訴えているが、半分混乱し掛けている高身さんは気付かず、さらに強い力でミケを抱き締めていく。

 すると、元気に暴れていたミケの手足が、少しずつ勢いを弱めていき、最後はダランと垂れ下がった。おいおいっ!?



「タカミン!? ミケミケが動かなくなっちゃったよ!?」

「えぇ!? きゃあ!? ミケちゃ~ん!!」



 鈴子が注意して、やっとミケを胸元から離した高身さんは、赤ちゃんにそうする様にミケを高い高いして、心配げに声を掛ける。すると、消え入りそうな声で、



「《やっぱり、人族は、最低だ、にゃ~……》」



 と、辞世の句(?)を残して、気を失ったのである。……合掌……。



「……凡太さん、大丈夫ですか?」

「舞ちゃん……」



 そんな騒ぎを横目に、鈴子に手当されたのだろう、腕や足に新しい包帯を巻いた舞ちゃんが、俺を出迎えてくれた。



「傷、大丈夫?」

「はい、問題有りません。鈴子にちゃんと手当してもらいましたから。それに、魔力のあるこの結界内では、少しでは有りますが治癒魔法が使えますので、それを自分に掛けている所です。ご心配をお掛けして済みません……」



 そう言うと、その綺麗な銀色の髪と同じ色をした長い睫毛をそっと伏せた。



「うぅん! こっちこそ改めてゴメンね。舞ちゃんにここまで無理させちゃって」

「いえ、凡太さんをお守りするのが、私の使命ですから」



 女の子にここまでの怪我をさせてしまった事を改めて謝ったが、舞ちゃんは気にするなとばかりに首を軽く横に振る。

 この話はどこまで行っても平行線な気がした俺は、話を変える。



「そ、それで、皆の様子はどう?」

「はい、問題有りません。ベッドで休んでいる先生も、保健室にあった解熱剤を服用した後は、容態は安定しています。もう一人ベッドで休んでいる、恐らくエルーテルの住人の様子も、介抱していた高身さんの話だと、特に苦しんでいる様子は無く、問題無さそうです。そして、凡太さんがお連れになった女子ですが、特に外傷もありませんでした」

「そうか、良かった……」



 みんなの様子が無事だと解った途端、フワッと力が抜けていったのが分かった。知らず体に力が入っていたのだろう。それほどに気を張っていたのだ。



「そ、それで、凡太さんの方はどうでしたか?」



 フゥと、軽く息を吐いて安心した俺に、舞ちゃんが上目遣いで聞いてきた。その様子があまりにも可愛らしかったので、心がざわついてしまう。



「う、うん! 俺の方も問題無かったよ! 最後のリザードマンをキッチリ倒してきたから!」

「そうですか。凡太さんが無事で良かったです……」



 そう言うと、フワリと優し気に笑った舞ちゃん。か、可愛すぎるっ!

 女の子の扱いに慣れている人ならば、ここでガバっと抱き着いたりするのだろうが(犯罪)、慣れているどころか、苦手な俺はぐわっと顔を背けると、


「う、うんっ! な、なんでも、ミケが言うには、最後に倒したリザードマンは、旗という特別なヤツだったらしいけどね」

「──!? 旗、ですか!?」

「う、うん。ミケがそう言っていたよ?」



 目を見開いて驚く舞ちゃんに、俺はミケが言っていた旗の特徴を伝えると、



「それは間違いなく旗、ですね……。それではお二人で倒されたのですか?」

「え? いや、俺一人だけど?」

「そうです、か……。たしかに、あの魔力量ならば、お一人でも旗と戦えますが……」



 俺一人で旗のリザードマンと戦った事を舞ちゃんに告げると、舞ちゃんは軽く俯いて何やらブツブツと考え始めた。こうなった舞ちゃんは中々戻ってこない。


 どうしようか?と、保健室のベッド──体育担任の先生と、その介抱をしている都市下さんの居る場所へ歩き出そうとした時、不意に空気が変わった。いや、普段感じていた空気が戻ってきたという方が正しい。これは、まさか!?



「──!? 舞ちゃん!?」

「はい、恐らく凡太さんが最後のリザードマンを倒した事で、この結界が解呪されていっているのでしょう。やはり、あのリザードマン達を倒すのが、この結界を解くキーになっていたのでしょう」



 考えごとをしていた舞ちゃんもそれに気付いたのか、俺の呼び掛けにすぐさま答えてくれた。



「そうか……、やっと、解放されるのか……」



 この地獄からの解放……。たまにテレビで見るパニック映画、そのラストにその恐怖から解放された主人公達はこんな感情を抱いているのかと、そんな事を考えてしまう。映画は作り物で、こっちは現実なのだけど。



「なになに? どうしたの?」

「どうした? まさか、敵か!?」



 俺達の会話が気になったのか、鈴子と球也がやってくる。その二人に舞ちゃんが、もうすぐこの地獄の様な空間から解放されると説明すると、



「ほんとっ!? 嘘じゃ無いよね!?」

「マジかよ!? 俺達、生き残れたんだな!



 鈴子と球也がハイタッチして、喜びを爆発させている。部活の大切な先輩やクラスメイトが殺されてしまったけれど、この地獄を生き延びた事が出来た事は素直に喜んでも良いよな。



「なになに? どうしたの?」



 すると、相変わらずグッタリとしているミケを抱きかかえながら、高身さんもやって来た。



「あ! 聞いてよ、タカミン! 私達、この変な空間から、解放されるんだよ!」

「えっ!? それ、本当!?」

「うん!! 凡ちゃんがあの怖い化け物を全部倒してくれたからだって!」

「やったぁ!! 平くん、えら~い!!」



 イエ~イ!と俺とハイタッチしようと、手を高々と上げてきたので、その手に右手を合わせた。



「高身さんも偉いよ。あの大柄な先生をここまで担いできたんだしね!」

「平くん、それって褒めているのかな? 女の子にそんな事言っちゃダメだよ?」

「えっ!? ご、ゴメン!?」

「い~え、許しません! 罰として、ミケちゃんは私が頂いちゃいます~♪」



 と、機嫌よく宣言すると、ミケをギュッと抱き締めた。すると、何処かで小さく「《グエッ!》」と、蛙の鳴き声が聞こえた気したが、高身さんが喜んでくれているし、良しとしよう。


 その後、体育担任の先生を介抱していた都市下さんにも説明をしに行くと、「ほんとに良かったです……」と、涙を流していた。とても怖い思いをした都市下さんだから、涙を流すのは当然だと思うと、珍しく気を利かせた俺は、ベッドの周りを隠す様にカーテンを閉めて上げた。



「それで、あとどの位で元の世界に戻るの?」

「……あと、十五分くらいでしょうか」



 解放された喜びを、球也と分かち合っていた鈴子が舞ちゃんに尋ねると、舞ちゃんは少し俯いて考えた後に、そう答えた。すると、



「《あと十五分なんて、耐えられないにゃ~!!》」



 と、蛙、もといミケがそう叫ぶと、高身さんの隙を突いて、その腕から逃げ出した。



「あ、ミケちゃん!?」



 逃げ出したミケを追う高身さん。運動部に所属しているだけあって動きは悪くないのだが、保健室内を所狭しと逃げ回るミケを捕まえられそうにない。



「《へへ~ん! 誇り高いピューマ族の戦士たるこのミケ様が、人族如きに捕まったりはしないにゃ~!》」



 と、本人が言うだけあって、まるで猫の様に保健室内を縦横無尽に駆け逃げていく。「《おい、ミケ!》」「タカミン、頑張れ~!」と、それを見ていた俺達は、それぞれ声を上げてその様子を楽しんでいた。


 そうして暫く追いかけっこをしていた二人だが、それは唐突にやって来た──


 逃げるミケを若干嬉しそうに追い掛けていた高身さんが、突然、ミケの居ない方──校庭に面している窓の方へと駆け寄る。そして、両腕を広げた。その行動を不思議に思う鈴子と球也。

 対して、俺と舞ちゃん、そしていつの間にか楽しそうに笑っていたミケまでもが、必死な形相を浮かべて、高身さんの前に出ようとしたが、



 ドスッ……



「かはっ!?」



 ──間に合わなかった……。



 ミケを狙って投げられた鉄の槍は、無情にも高身さんの右脇腹に突き刺さって止まる。時間も止まった気がした。



「タカミンっ!?」

「てめぇぇ!!」



 窓の外にはミケが倒したはずのリザードマンが、鉄の槍と投げ付けたままの姿勢で「ニヤッ!」と嗤う。その面に、体内で爆発させた魔力を乗せた右拳を思いっきり叩き付けると、ボゴッ!!と鈍く嫌な音を立てて、リザードマンの顔をクレーター状に潰し、さらに五十メートルほど吹き飛ばした。



「舞ちゃん!!」

「やってます!」



 俺の言いたい事を理解していた舞ちゃんは、俺が指示を出す前に、すでに行動に移していた。腹部に鉄の槍を刺され、倒れ込みそうになっていた高身さんを途中で受け止めそっと床に降ろすと、自分に掛けていた治癒魔法を、高身さんに掛け始めたのだ。



「いやぁ! タカミン、しっかりしてぇ!」

「高身さんっ!!」



 ドクドクと血を流す腹部に手を当てて、必死の形相で魔法を掛け続ける舞ちゃんの傍に、悲鳴を上げた鈴子と球也が近寄る。



「こ、これ、早く、抜かないと! このままじゃあ、タカミンが!!」

「止めろ、鈴子!! それを抜いたら、余計に出血が増えて、それこそ死ぬ! 今は舞ちゃんに任せておけ!」



 口からコポリと血を流し、顔を青くさせて意識を失っている高身さんの姿を見てパニックになった鈴子が、鉄の槍を引き抜こうとするのを俺と球也が必死に止める。ふと顔を上げると、舞ちゃんと目が合った。



「舞ちゃん?」

「……厳しいです……。この結界が解かれるのと同時に、この空間に満ちていた魔力も無くなりつつあります……。そうなれば、魔法が……」

「そんな……」



 絶望が、辺りを支配していく。「クソっ! 終わったんじゃないのかよ!!」と、球也が悔しさの余り、大事な右手で床面を叩く。


 すると、ふと影が出来た。顔を上げると、ミケが立っていた。「《ミケ?》」と、声を掛けようとした瞬間、スッとその姿が消える。と、次には俺が吹き飛ばしたリザードマンの傍に現れる。俺の目でも捉え切れなかった速さに、俺の喉が鳴った。

 すでに絶命しているリザードマンの傍らに立ち尽くすミケは、何やらブツブツ言った後、馬乗りになって拳を打ち下ろしていた。何度も、何度も……。



「……ミケ……」

「……私がちゃんと止めを刺さなかったから……。だから……」

「えっ?」

「そう、あの子は言っています……」

「そう、か……」



 ミケの言葉を拾った舞ちゃんが、そっと呟いた。声に悲しみを伴って。


 その後、完全に結界が解ける前に、舞ちゃんの魔法で何とか傷口を塞ぐ事には成功したが、高身さんの意識は戻る事は無かった──。


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