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第三十七話  旗の魔物

 

 ☆  ミケ視点   ☆



「ス、スゴイにゃあ……」



 私の視線はある一点、生意気な人族に注がれていた。その人族は、ユラユラと白い湯気の様に揺らめきながら立ち上っていく自分の魔力を身に纏いながら、旗であるリザードマンに詰め寄って行く。


 その圧倒的な魔力を見て、完全に怖気づいた旗のリザードマンは、私の胴体ほどの太さのある凶暴な尻尾をまるで怯えた猫の様に垂れ下げながら、その人族から距離を取って行く。いや、逃げていた。


(あ、あの旗の魔物をあそこまで怯えさせるなんて……)


 旗の魔物は、エルーテルにとって脅威の象徴である。絶望の象徴である魔族ほどではないが、その力は私達にとって充分に恐ろしいもので、たった一人で私達の村を半壊させるほどの力が旗にはあるのだ。

 実際に、まだ私が戦士になる前、突如として現れた一匹のオークの旗に、私達の村は壊されかけた事があった。その時はちょうど、近くの森に住んでいたサル族たちの村に、突如として現れた魔物の討伐を頼まれ、村に居た大半の戦士が留守にしていた時だった。エルーテルでは基本的に、困った獣人族が居たら、お互い助け合って生きているのだ。

 そうした中、私たちの村を襲撃してきた一匹のオークは、村の家々を壊し暴れながら、蹂躙していった。村に残っていた僅かな戦士は、死力を尽くしてオークと戦った。戦士では無いが、戦える事の出来る者は全て駆り出された。私もその一人だった。だが、数が少なかった私達は、抵抗らしい抵抗も出来ず倒れていき、ただただ、薄れゆく意識の中で、オークが好き勝手に村を破壊していく姿を眺めている事しか出来なかった。

 村の異変に気付いた、サル族の村から戻った戦士たちによって、何とかオークの旗を倒す事に成功したのは、少なくない住人が殺され、家々の大半をオークに壊された後だった。


 そんなヤツが、怯えて逃げている。人族の男を前にして……。


(こんなの、村の人間に話したら、笑われるどころか誰も聞いちゃくれないにゃんね……)


 フッと、皮肉めいた笑いを浮かべると、ヤツに殴られた左頬がズキリと、夢では無い事を報せてくる。誇り高いピューマ族の戦士である私に、たった一撃でこれだけのダメージを与えた相手が、ジリジリと後方へと下がっていくその姿は、有り得ないその姿は、逆に夢であっても、とてもでは無いが信じられるものでは無かった。

 ──だからだろう、私があんな行動をしたのは──


(……イケ、にゃ……)


 さっきまで、立ち上がろうとする力さえ示してくれなかった自分の腕が、今は殆ど重さを感じる事無く持ち上がった。


(……いけ、にゃ……!)


 軽く持ち上がった腕を今度は振り始める。進め!と後押しする様に。


(……行け、にゃ!)


 拳を握る。自分の中に残された力を、生意気な人族へと届ける様に。

 そして──


(ぶちのめすにゃ!!)


 拳を天高く突き上げた! 自分の代わりに、旗のリザードマンを倒してくれる人族の男に、あの時殺された同胞の無念を晴らしてくれる事を託す様に──!



 ☆ 舞視点  ☆



「マイマイ、痛い?」

「いえ、大丈夫。有難う、鈴子」

「うぅん、気にしないで。それよりもちゃんと休んで、ね?」

「……はい」



 鈴子に手当してもらった私は、そのまま椅子の背もたれに体を預けた。そうして、グルリと周りを見回す。

 私たちが休んでいるこの保健室には、ベッドが二つある。その二つあるベッドを、ピューマ族の娘を守って傷を負ったという、恐らくエルーテルの住人だろう男性と、凡太さんが助けた一年生女子を庇って怪我を負った、私も良く知る体育担任の教師が使っており、それぞれのベッドの脇にあった折り畳みのパイプ椅子には、同じクラスの高身さんと、一年生の都市下さんが座って、ベッドで休んでいる二人の様子を見ていた。


 そっと視線を戻すと、私の対面の椅子──恐らく、養護教諭が座る椅子であろう場所に鈴子が座り、何とはなしに、窓から見える校庭を眺めていた。



「そうだよ、塚井さん。鈴子の言う通り、今はゆっくり休んでいて、ね?」



 そう声を掛けて来たのは、凡太さんに魔力を付与されたバットを握り締めて、保健室のドアの前に立つ早井君だった。



「……はい。早井君も、あまり気を張り過ぎない様に」



 凡太さんに、ここにいる私を含めた皆を守る事を頼まれた早井君は、毛布を敷いた床に寝かされた、同じクラスの女子を連れた凡太さんが戻ってきた際、あろう事かその凡太さんに殴り掛かるという失態を演じたが、それも期待に応えようとした結果ではあるし、凡太さんも特に気にはしていなかったので、私も忘れる事にした。


 それに私には考えたい事があった。


(……凡太さんは、どれほど強くなられたのでしょうか?)


 凡太さん達を守る為、部室棟の前でリザードマンと戦った私。だが、力の殆どを制限されている私では、エルーテルの魔物の中でも弱い部類のリザードマンでさえ手に負えず、大きな傷を負ってしまった。その時、突然現れたあの御方の神気の後、魔力を使える様になった凡太さんが、リザードマンを撃退し、難を逃れた私達は無事にこの保健室へと辿り着いたのである。

 リザードマンと戦った時の凡太さんの力は、遥かにリザードマンを凌駕していた。圧倒的だった。その後、昇降口にて凡太さんのステータスを見せてもらった時、殆どの能力が100の値を超えていた。それまでは二桁。それも50にすら届いていなかったというのに。

 私はその値を見て納得した。大幅なステータスアップをする前であっても、凡太さんはリザードマンを相手に戦えていたのだ。その時の凡太さんにリザードマンに対抗出来るほどの魔力を備わっていたとしたら、勝てる程に。だから納得したのだ。これならば、あのリザードマン相手であっても圧倒出来ると。そうして見事、凡太さんはリザードマンを倒して見せた。


 だが、実際その数値がどの位の強さなのかは、私には分からなかった。もちろんエルーテルにだってステータスは存在する。その項目も凡太さんと変わらない。だけどその値が示す力が、一体どれほどの力なのか私は、うぅん、私達は分からないのだ。体力の値がどれほどならば、魔力の値がどれほどならばリザードマンに勝てるのか、その判断が出来ないのだ。


 それには理由がある。エルーテルで暮らす人族や獣人族などの住人や、この世界で暮らす住人にも言える事だけど、人は度々、己の力の限界を遙かに超える力を発揮する事があるという事だ。だから単純にステータスの値だけでは、その人の力の全てを把握出来ないのだ。


(それに、あの御方が仰っていたから。ステータスの数値を意識するな、と)


 人は自分の能力以上にも以下にもなれる……。だからステータスの値に意味は無いと、あの御方は常々そう仰っていらした。だから私達眷族は、値の大きさを気にしなくなったのだ。


 そんな私が、ステータスの数値に囚われていない私が、凡太さんのステータスの値を見て驚いたのは、短時間で倍以上に上がった値と、その大きさだ。あの値は、人族の値を遙かに凌駕していたのだ。だからこそ、人族であのステータス値になると、どれほど強いのか私は分からない。


(あのリザードマンを倒した時、凡太さんにはまだ余裕があった。という事は、まだ本気を出していないという事)


 一体、凡太さんの本気はどれほどのものなのか? 私はそれを無性に知りたかった。と同時に、知りたいと思った私を不思議に思った。


(……なんで私はこんなにも、凡太さんの事を知りたいのでしょうか?)


 新たな疑問。それは今までに無い程、私の心をもやっとさせる。それは凡太さんが、床で寝かされているクラスメイトを抱きかかえているのを見た時にも感じたモノ。これは一体?


(うぅん。私が凡太さんの事を知りたいのは、あの御方から託された使命の為……。凡太さんをお守りするのに、その力を把握しておきたいだけ……)


 自分を諭す様にそう言い聞かせる。だが、そのもやっとしたモノは、消えてはくれなかった。


 ──その時、ドン!と強大な魔力の圧力を感じた!それは、凡太さんが向かっていった中庭の方角からだ!という事は、この魔力は凡太さん!?それとももう一匹居るリザードマン!?──



「うおっ、何だ!?」



 身を起こした私と同時に、保健室のドアの所に居た早井君が驚きの声を上げる。彼に魔力を感じる事は出来ないのになぜ?!

 その答えはすぐに分かった。震えていたのだ、早井君の持っていたバットが。凡太さんが魔力を付与したバットが。という事は、この魔力は凡太さんが放ったものだろう。



「なんだ!? 一体なにがっ!?」



 状況が全く掴めず、震えるバットを怖々と床に置いた早井君は、床に置かれてカタカタと鳴るバットを見つめる。私の向かいに座っていた鈴子も、「何々!?」と、椅子から立ち上がって、震えるバットを眺めに行った。

 だが、私は動かなかった。動けなかった。今も中庭の方角から発せられる魔力の圧力の凄まじさに、私は圧倒されてしまった。


(これほどだなんて……)


 私の心配事は、簡単に解決された。凡太さんの力はこれほどまでに強力だった。これが、凡太さんの本気の力だろう。

 汗が頬を流れる。この力は神の使いさまと呼ばれる私たち眷族には及ばないまでも、人族が絶対に届き得ない領域だ。低位な魔族なら、倒せてしまう位の魔力量だ。


(凡太さん……。あなたは一体……?)


 あまりに強力な魔力に当てられた私は、脱力したかの様に背もたれに寄り掛かりながら、ここには居ない、守るべき相手にそう問い掛けた。だが、背もたれがギッと鳴るだけで、何も答えてはくれなかった。



 ☆ ミケ視点  ☆



「ウソにゃん……」



 ペタリと、耳が垂れた。尻尾がパタリと地面に落ちた。信じられないモノを見ると、それを信じたくないのか、それともどうでも良くなってしまうのかは分からない。でも、実際に私の体から力は抜け落ちていた。立っていたのだとしたら、間違いなく尻餅を付いていたことだろう。その点では、地面に座っていて正解だった。


 それほどまでに、今私の目に映る光景は、現実離れしたものだった。こんなの、神の使いさまに信じろと言われても、信じられる自信が無い。

 ここまで来て、これが夢では無い事を確かめようと、頬に手を伸ばして止めた。夢じゃない事を確かめる為に頬を抓ろうとしたが、そんな事をしなくても、旗のリザードマンに殴られた左頬が、ズキズキと痛みを訴えていた。



「じゃ、じゃあ、これは夢じゃないにゃんね……」



 さっきまで興奮して上げていた手は、すでに地面に着いている。そうしないと、倒れ込みそうになってしまうから。


 私をそこまで脱力させてしまう、非現実。それは、あの生意気な人族が、旗の魔物──単騎で村を壊滅に追い込める存在──をたったの一撃で倒してしまったからだった!


 ズズゥン──


 腹に人族が持っている鉄の棒を受けた旗のリザードマンが、白目を剥いて完全に意識を失い地面へと倒れ伏した。遅れてガランっ!と、ヤツの持っていた斧が地面へと落ちる。

 倒れ伏した旗のリザードマンは、ピクリとも動かない。それもそうだ。人族の放った鉄の棒を腹に受けた旗のリザードマンは、その腹の半分近くを吹き飛ばされているのだから。


 倒れた旗のリザードマンから、紫色の血が地面を流れていく。完全なる致命傷。これで生きていたら、それこそ魔族だと思う。



「ふう」



 まるで、軽い運動をした後の様に、軽く息を吐いた人族の男は、軽くおでこを拭うと、私の所へと歩いて来る。さっきまでの圧倒的な魔力は、鳴りを潜めていた。

 そうして、腰が抜けたかの様に動けないでいた私の元へと辿り着くと、スッと腰を下ろして



「ミケ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫にゃ……」

「そうか、良かった。その顔、痛いかい?」

「こ、こんなの傷の内に入らないにゃ!」

「そんな事言って……。ほんとは痛いんじゃないのか? ん?」

「止めろ、触るなにゃ! 痛くないって言っているにゃ!」

「そうか? ま、取り敢えず保健室に行って手当をしよう。リザードマンを全部倒したんだ。この空間の結界も時期に消えるだろうさ」



 そう言って、どこか寂し気に笑う人族。すると体を回転させ、こちらに背中を見せて「んっ」と、何やら合図を送ってきた。



「ん? なんにゃ?」

「なんにゃって。おんぶだよ、おんぶ。立てないんだろ?」

「──!? お、お前!? ミ、ミケは誇り高いピューマ族の──」

「はいはい、戦士様なんだろ? 良いから、早く乗れって」

「お前! 人の話を聞けにゃ! お、おい、なにを!?」

「良いから早く乗れっての」



 そう言って、私の手を取って自分の首へと回すと、ヒョイっと私を軽々おぶさってしまった。



「~~~~!? お、下ろせにゃ~!」

「こら、ミケ! バタバタすんな! 落としちゃうだろ?!」

「私は下ろせと言っているから、それでも良いにゃ~!」



 口ではそう言ったものの、バタバタと抵抗するのを諦めた私は、人族の背中に大人しくおぶさられながら、中庭を後にするのだった。


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