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第三十六話  戦いたがり

 

 ☆ 凡太視点  ☆



 気絶した女子を保健室の皆に預けてきた俺の目に、目の前にある窓ガラス、その向こう側にある校舎と特別棟の間にある中庭で、戦っているミケとリザードマンの姿が飛び込んできた。


(まさか、ミケの奴戦っているのか!? あいつ、俺が行くまで戦うなって言ったのに!)


 二階の窓から中庭へと飛び降りていったミケ。その背に、「俺もすぐ行くから、一人で戦うなよ!」と声を掛けたが、全く意味は無かったらしい。


(ったく! 戦いたがりってやつか!?)


 獣人の性格は分からない。だが、ミケは自分の事をピューマ族と言っていた。ピューマは肉食動物だ。だから好戦的なのかもしれない。


(スーパーピューマ人とかになるんかね!)


 とある世界で一番有名な戦闘民族の様に、オレンジ色の頭を金色に輝かせたミケの姿を想像し、それを振り払う様に頭を振ると、ミケ達が居る中庭に向けて走り出していた。本当なら窓ガラスを突き破って外へと出た方が速いけど、まだ割れていない窓ガラスを割るというのは、やっぱり抵抗があった。ごく普通の生徒である俺は、校舎の窓を壊して回ったり、ケンカで誰が強いのかで熱くなったりした事も無いし、したいとも思わなかったのである。それに隣に立つ特別棟や体育館に行く為の渡り廊下、その出入口が昇降口の傍にあるので、そんなに時間は掛からないしな。

 そうして走り出そうとしたその時、ドゴォオ!と、まるで外の壁に大砲でも打ち込まれたかのような音が廊下に響く! 


(な、なんだ!?)


 走りだそうとした足を止め、窓ガラス越しに中庭を見た俺の目に、校舎の壁に寄り掛かりながら、懸命に立ち上がろうとしているミケと、斧の柄の部分を舐め上げたリザードマンも姿が飛び込んできた。

 その俺と目が合ったリザードマンはニヤリと嗤うと、ミケに向かって歩き出しながら、肩に掲げる様にして持っていた鉄の槍を、ミケに向けて投擲しようとしているではないかっ!


(ミケっ!!)


 その瞬間、俺は目の前の窓ガラスに体当たりしてぶち破っていた。そうして中庭へと出た俺は、腕で自分の顔を覆っていたミケの前に立つと、風を切る音を伴って飛んできた鉄の槍を手で掴む。

 投げられた槍の威力が思っていたよりも強かった為、少し腕が持って行かれそうになったが、ミケに当たる前に止められた。

 その事にホッとしながら、今だに腕で顔を覆って震えていたミケに



「《お待たせ、ミケ》」



 優しく声を掛けた。

 すると、ビクリと大きく体を震わせたか思うと顔を覆っていた腕を下ろし、



「《……誰かと思ったら、生意気な人族かにゃ。一体どうしたのかにゃ?》」



 とジト目で何事も無かったかの様に振舞ってきた。だが、その顔の左側は大きく腫れ上がっていて、とても痛々しい。それに、軽口を叩いてきたその口には、俺達と同じ赤い血が流れた跡が残っていた。

 だが、それを指摘する事なく、軽口に付き合う。



「《……どうしたも何も、俺が行くまで戦うなって言ったと思うんだが?》」

「《そんな事、言ってたかにゃ? 言葉が通じないから、聞こえなかったにゃ》」

「《じゃあ俺は今、誰とお話しているんですかね?》」

「《さぁ、幻聴ってやつじゃないかにゃ?》」



 やれやれにゃと肩を竦めるミケ。すると、ストンと腰を落として校舎に寄り掛かる様に座り込む。



「《ミケ?!》」

「《そんな驚いた声を出すなにゃ。ミケはちょっとだけ休むにゃ。なにせ、ずっと戦いっぱなしだったからにゃ。──だから》」



 スッと、こちらを見て不敵に笑うリザードマンを指差して、



「《アレは人族、お前に譲るにゃ。特別にゃんよ?》」

「《……ミケ……》」

「《そんな声出すなにゃ。グズグズしてたら、ミケがやっちゃうにゃ。そうならない様に、せいぜい頑張って倒してこいにゃ》」

「《……あぁ、分かった》」



 フッと笑うと、ミケも笑い返してきた。ただ、腫れた顔が痛いのか、なんともぎこちなくではあったけれど。


「《んじゃ、休んでな》」とミケに一声掛けて、リザードマンへと体を向ける。そして、持っていた鉄の槍を地面に放り投げた。

 カランと音を立てた鉄の槍に目をくれずに、相変わらず俺を見ては不敵な笑みを浮かべていたリザードマン。その姿に俺はどこか違和感を覚えた。一体、何が……?


(なんだ? 何か変なのか? どこか違う、のか? ──あ!)


「《──なぁ、ミケ。あのリザードマンさ。俺やミケが倒したリザードマンと比べると、なんか色が違わないか? なんかこう、黄色がかっているっていうか》」

「《色……?──あっ!?》」



 ヤツから目を離さずに、そっと顔を傾けて違和感をミケに伝えると、何かに気付いたミケ。ガバっと体を壁から離すと、ネコ科特有の鋭い目を大きく見開いて、



「《確かに黄色いにゃ! なるほど、道理でヤツは強いハズにゃ! ヤツは“旗”にゃ!!》」

「《──旗?》」

「《そうにゃ! 奴らリザードマンの様な魔物の中で、たまに他の個体と少し色の違う、強い個体が生まれる事があるのにゃ! そういった強い個体の事を、旗と呼んでいるのにゃ! 旗は文字通り他の個体を率いては、獣人族や人族の村を襲っているのにゃ!》」



 シャアァ!と、髪の毛を逆立てるミケ。もしかすると、その旗とやらにミケが住む村が襲われたのかも知れない。



「《なるほど、率いるから旗って訳だ。それで、その旗ってヤツはそんなに強いのか?》」

「《強いにゃ! 普通の個体の三倍、いや五倍は強いにゃ!》」

「《ふ~ん、俗に言うネームドってヤツか……》」

「《ねーむど? それが何かは分からないけど、とにかく強いヤツにゃ! 旗と分かった今、人族一人に任せてはいられ──。痛っ!?》」



 起き上がろうとしたミケだったが、痛めた体では満足に起き上がる事も出来なかった様で、そのままペタンと尻餅を付いてしまった。



「《その体じゃ無理だ。そのまま休んでなよ》」

「《それは出来ないにゃ! 幾らお前が人族の中で強い奴だとしても、旗の相手は無理にゃ!》」

「《良いから良いから》」



 それでもまだ立ち上がろうとするミケを手で制しながら、ニヤニヤとしている旗と呼ばれたリザードマンに相対する。



「《何を笑っていやがるんだ?オマエ?》」



 そのニヤつきを見ていると、非常に腹が立ってきた。 いやむしろ、さっきはよく我慢出来たもんだと、自分を褒めてあげたくなる。ミケの、その腫れ上がった顔と、血を流した口を見たあの時……。その姿が、舞ちゃんと重なった。リザードマンと戦って、ボロボロに傷付いた舞ちゃんの姿と。



「《女の子の顔を平気で殴るなんて……。オマエ等は女の子を何だと思っているんだ?》」



 俺の言葉は通じていないのか、それとも通じていないフリをしているのかは分からないし、どちらでも良い。女の子を平気で傷付けられるコイツ等と、会話をしたいとは思えないからだ。


 怒りが俺の中で膨らんでいく。それと同時に、魔力が自分の中で暴れ始めていくのが分かる。



「《オマエ等は、自分の快楽の為に平気で人を傷付ける……。それは絶対に許されない事だ》」



 酷く声が冷たく感じる。自分の声だというのに、その声はどこか遠くの方から聞こえてきている様だった。それは、俺の中では最大限に穏やかに警告しているつもりだった。これ以上、俺を怒らせるな、と。

 だが、正面に立つ黄色がかったリザードマンには通じなかった様で、無骨な斧を肩に掲げながらニヤニヤしているだけだった。


(……ダメだな、コイツ等は……)


 別に謝って欲しかった訳じゃ無い、のだと思う。その命を持って償えとも思ってもいない。じゃあ、どうして欲しいんだ?と聞かれても、ハッキリとは分からない。


(反省、してほしいのか)


 自分の中でしっくりくる言葉を探すと、反省という言葉が浮かんでは消えた。どうやらそれが一番近かったみたいだ。


(でも、もう遅い)


 言葉が通じないと判った時点で、怒っている俺の姿を見せてもニヤついていた時点で、それはとっくに過ぎていたのだ。その線引きは終わってしまった。


 握っていたバットに魔力を通していく。すると、今までの淡い光よりももっとハッキリとした光に包まれる。それと同時に、キィンと歪な音を発しながら小刻みに震えだした。どうやら、ここら辺がバットの限界の様だ。



「《ギュオッ!?》」



 初めて、旗のリザードマンが反応を示す。その声質は驚きを含んでいた。そして、担いでいた斧をそっと下ろすと、両手で持って構えた。



「《やっとそのムカつくニヤつきを止めたか。でも、もう遅いよ。もう俺はお前を許さない》」



 警戒を示した旗のリザードマンに向けて、一歩踏み出す。すると、腰を落として身を低くするリザードマン。

 さらに一歩踏み出す。すると、半身下がるリザードマン。

 そして、次の一歩を踏み出した時──、



「《シャアアァア!!》」



 俺の放つ圧力に負けたのか、気合いを込めた吼え声を発しながら、突進してきたリザードマン。そのスピードは、前に倒したリザードマンのそれを遙かに凌駕していた。

 そのスピードを乗せ、構えていた斧を振り下ろす!だが──



「《遅い、な》」



 その動きを完全に目で捉えていた俺は、振り下ろされた斧の刃先にバットを振り上げる! ギィィイン!!と金属の悲鳴がコンクリートの壁に木霊した。



「《ギャオウッ!?》」



 そのぶつかりによって弾かれたのはリザードマンの方だった! 軽く吹き飛ばされたリザードマンはたたらを踏むと、その顔に驚愕の色を浮かべた。俺よりも遙かに重いはずの自分が、弾き飛ばされた事に酷く驚いている様だ。



「《おいおい、何を驚いているんだ? まさか、その斧で俺を切り裂けなかった事にでも驚いているのか? その斧にこびり付いた、血の持ち主の様にならなかった俺に》」

「《ギュガァ!》」

「《それとも、俺に打ち負けた事に驚いているのか? ならば見せてやるよ! 俺の力を!》」



 その瞬間、俺の体内で暴れていた魔力を、体外に溢れ出させた! ゴウっと、狭い空間から解放された事に、喜びの声を上げる魔力! 魔力を纏わせた目には、俺の周りを、まるで太陽のコロナの様に纏わり付きながら、揺らめく魔力が見える。



「《ギ、ギギッ!?》」

「《見えるのか? どうだ、俺の魔力は? 誰かと比べた事が無いからどれだけなのか分からないんだが、オマエがそれだけ驚くという事は案外スゴイんだな、俺。オマエ等の住むエルーテルでは、魔力は強さそのものなんだろ? なら解るよな? 俺がどれだけ強いか、が》」



 その魔力の揺らめきを見て、明らかに動揺するリザードマン。ジリ、ジリっと俺から距離を取って行く。黄色がかったその皮膚と同じ色をした、強靭な尻尾を垂れ下げながら。

 明らかに戦意喪失しているリザードマン。背を見せて逃げ出さないのは、最後の意地か、背中を見せた途端に殺されると思っているからか。

 そんなリザードマンに、一歩ずつ踏み込んでいく。



「《──さて、オマエ等が一体何の為にこの世界に召喚されたのか分からない。もしかすると自分の意思と関係鳴く、無理やりこの世界に連れて来られたのかも知れない。そうだとしたらは同情しよう……》」



 体外へと放出していた魔力を、体内へと納める。そうしないと、溢れ出た魔力が干渉してバットが持ちそうにもなかったからだ。それでもキィンキィンと悲鳴の様な高い音を立てるバットを一つ撫で上げ、構えた。



「《でも、オマエ等はこの世界で何をした? 閉じられたこの空間で何をして来た?》」

「《ギュ、ギュオ!?》」



 ギンッ!と睨み付けると、狼狽えるリザードマン。俺の言っている事が理解出来ているとは思えないが、俺の放つ気迫を受けてたじろぎ、ジリジリと俺から距離を取っていく。



「《クラスのみんなに何をした?先輩に何をした?舞ちゃんに何をした?ミケに何をした?》」

「《グッ、グゥ!?》」



 離れた分、距離を縮めていく俺。距離を取るリザードマン。だが、ドンと特別棟の壁にその背中をぶつける。これ以上俺から離れる事は出来ない。その横には、俺が部室棟で倒したリザードマンが横たわっていた。



「《お前がなぜ、そのリザードマンの死体をここに運んできたのかは知らないが、ソイツも自分の快楽の為に、学校のみんなを殺していた。だから俺に倒されたんだ。オマエも同じ事をしていたんだろ?ならば、オマエも俺が倒す!》」

「《ギュ、ギュオオッォ!!》」


 バットの先をリザードマンに突き付ける! もう逃げられないと覚悟したリザードマンが吼える!

 そうして、最後の戦いの火蓋が切って落とされた!


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