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第三十五話  俺もすぐ行くから、一人で戦うなよ!

 

 ☆  ミケ視点   ☆



 人族の男と別れた私は、リザードマンの居た、中庭と呼ばれるちょっとした広場に向けて飛び降りた。誇り高いピューマ族である私にとって、建物の二階から飛び降りるなんて簡単な事だ。むしろ、この位の高さなんて、有って無い様なもの。飛ばなくてどうする?といった感じである。


 窓から飛び降りた私はシュタっと難無く着地すると、前に立つリザードマンを睨み付ける。

 そんな私の隣には誰も居ない。先ほどまで一緒にいた人族の男は、同じ人族の娘を、神の使いさまの居らっしゃる保健室と言う部屋まで連れて行くらしく、別れ際に、「俺もすぐ行くから、一人で戦うなよ!」と置き台詞を吐いて行った。


(やれやれ、あの人族はどこまでも、ミケの事を弱いと思っているにゃ)


 確かにあの人族は強い。加減していたとはいえ、初見で私の得意技の一つを防いで見せただけでなく、反撃までしてきたのだから、正直驚いた。

 だがそれは、あくまで人族では、だ。エルーテルに生きる多くの種族の中で、最も最弱な人族。だからこそ、驚いたのだ。これが同じピューマ族だったとしたら、それ位の事は大半の者は出来ただろうから、驚く事はない。


(ま、アイツが来る前に全てを終わらせれば、ミケを見る目も変わるはずにゃ)


 知らず、鼻をフンと鳴らすと、リザードマンに近寄っていく。その私の目がどんどんと鋭くなっていくのが、自分でも解る。──理由は簡単──、



「──お前。さっき、このミケ様を無視したにゃんね?」



 私の得意な間合いまであと数歩という所まで近付いた所で、持っていたナイフを向けて言い放った。


 エルーテルで、魔族や魔物に対抗出来る種族はそれほど多くは無い。殆どの者が殺されてしまうだろう。その中でも人族は特別に弱い。弱すぎて、何で滅びないのか不思議でしょうがない位だ。だが、目の前のリザードマンは、そんな弱い人族の男に向けて嗤った。このリザードマンはあろう事か、私を見ずに、隣に立っていた人族の男を見て嗤っていたのだ! それが、誇り高きピューマ族の戦士である私のプライドを、どれほどに傷付けた事か!



「何であの人族の男に向けて嗤ったのか、教えようかにゃ?」



 内なる怒りを抑えつつ、小型の戦斧を持ったリザードマンにそう話し掛けた。



「お前は、あの人族に興味を示したからにゃ。人族の隣に立つこのミケ様よりも……」



 ギリッと奥歯が鳴る。自分で言ってて、認めたくないという衝動が沸き起こる。それすらも我慢しながら、斧を背負って突っ立っているだけで、特に反応は示さないリザードマンの横にある、顔を潰されたリザードマンの死体を指差す。



「そこのお仲間を、あの人族に殺されたからにゃ。エルーテルで最も弱い人族に。そう、あの人族に殺されたのにゃ。お前の仲間は」



 そこでフッと笑みが零れた。一方的に、好き勝手に殺してきた相手に、大切なお仲間を殺されてしまった……。それは、このミケ様の様な誇り高いピューマ族と比べれば、ゴミの様なちっぽけなプライドであったとしても、それをズタズタに傷付けらる出来事だったはず。それを理解したからこそ、私は嗤ったのだ。


(ま、あの人族に初撃を塞がれたミケのプライドも、かなり傷付けられたけどにゃ)


 そう心の中でごちると笑みを消し、



「ま、気持ちは分からないでもないにゃ。ゴミ粒の様な安っちいプライドでも、傷付けられたら嫌にゃんねぇ。だからオマエに、良い事を教えてやるにゃ」



 そう言って挑発すると、背後に立つ灰色の建物にナイフを持っていない手を向けて、



「オマエのお仲間、確かもう一人居たにゃんね? そこで死んでいるヤツと同じ、槍を持ったヤツが。ソイツがどうなったか、教えてやろうかにゃ? 今頃、そこで死んでいるヤツと一緒に、常闇の森をさ迷っているいる頃にゃ」

「ギャオオオォォウ!!」



 私の言葉を受けると、空に向けて激しく吼えるリザードマン。魔物は、こちらの言っている事は理解出来るらしいが、一部を除いて話す事は出来ない。せいぜいが吼えるだけだ。

 激しく吼えたリザードマンは、担いでいた斧をそのままに、こちらに突進してくる。その顔は怒りに染まっていた。


(そうにゃ、その顔にゃ! お前の敵はミケにゃ! あんな弱っちい人族の男では無いにゃ!!)


 敵に敵と認識されないという屈辱。それは誇り高きピューマ族にとっては、どんな辱めにも勝る、屈辱的行為。

 そんな事をされて普通で居られるほど、このミケ様の心は広くない!



「シャオオオッ!」

「怒っているのはお前だけじゃないにゃんよ!」



 向かってきたリザードマンよりも早く自分の間合いへと入った私は、倒したリザードマンや、あの人族に出したのと同じ技を、向かってきたリザードマンへと繰り出した!



「これでも食らえにゃ!」



 シュッという音を残して、目の前まで迫ってきたリザードマンの喉元へと迫るナイフ。しかし、リザードマンに躱そうとする素振りは見られない。そうして、ナイフがその滑った緑色の皮膚へと触れる。



「何にゃ! お前も雑魚にゃんね!」



 あまりの呆気なさに、口が軽くなる。私を無視した罰だと、報いだと心の中で盛大に罵りながら、ナイフを進めた。──だが、


 キィン!



 軽い音を立てて、弾け飛ぶ何か。その鈍色は、乳白色の気持ち悪い空のせいで煌めく事は無く、地面へと落ちた。



「……えっ?」



 呆気に取られる私。右手に握っていたはずのナイフの感覚が無くなっていた。──いや、さっきまで、リザードマンの喉元を切り裂こうとしていたナイフそのものが無いのだ。代わりにそこにあるのは、同じ鈍色であるが重量感がまるで違うモノ。ヤツの斧だ。


 それを認識した瞬間、文字通り、頭から尻尾の先まで身の毛がよだった。全力で後方へと飛び退きながら、ヤツと距離を取る。


(何にゃ!? 私のナイフは、確かにあのリザードマンの喉元へと触れていたというのに!?)


 ナイフを握っていた右手、そこに今も残る、皮膚に触れた瞬間のちょっとした抵抗感。それがさきほどまでの出来事が現実で会った事を私に告げて来る。


(どど、どういう事かにゃ!? 確かにヤツの向かってくる勢いだけを利用したから、そこまで速くは無かったけど、それでもあの人族の男に出した時よりも、ずっと本気だったにゃ!?)


 繰り出した技の速さで言えば、校庭と呼ばれる大きな広場で死んでいる、槍を持ったリザードマンを仕留めた時に比べたら、多少は遅かったかも知れない。それでも、あそこまで行ったナイフを弾かれる様な遅さでは決して無い。


(あの状況から私のナイフを弾いたのかにゃ?!)


 タラリと、頬に冷や汗が流れる。今まで幾度となく魔物と戦ってきた。そのいずれにおいても、あそこまで届いたナイフが弾かれた事なんて無かった。そんな事が出来るなんて──


(──!? もしかすると、魔族かにゃ!?)


 現在、エルーテルを蹂躙している魔王。その魔王が支配している種族が魔族である。その魔族という種族は、私達ピューマ族の様に一概に同じ顔や特徴を持っている訳では無いらしい。基本的には人族や私たち獣人族と同じ姿形をしているらしいが、中には、魔物の様な姿形をした魔族もいるらし。噂によるとそれらは、魔族と魔物との混合種なのだとか。


 そして、どの魔族にも一概に言える事。それはとんでもなく強いという点だ。その強さは、弱い魔族が相手であっても、一対一では決して勝てない程。

 私も以前、魔族と戦った事はある。あの時の相手はとても弱く、こちらが多数だったから何とか勝てたが、私一人では到底勝てない。


(もし魔族だったとしたら、無理にゃ……)



 相手が魔族なのだとしたら、あそこまで届いたナイフを弾き飛ばす事は簡単だろう。しかもそれをあの重たそうな斧でやったのだ。それは圧倒的なほどの力の差が無ければ出来ない。そんな事をやってのける相手に、私一人では勝てる気がしない。


(ベッドで寝ているあの人が居たら……?いや、それでも無理か、にゃ)


 喉元を隠す様にして、斧を持つリザードマンから目を離さない様にしながらも心では、保健室と人族が呼んでいた臭い部屋のベッドで休んでいる、私を助けてくれたあの人の事を思い出していた。

 私が不意を突かれそうになっていた所を助けてくれた、名前も知らないあの人も、かなりの腕前ではあるだろう。なにせ、あの状況から、リザードマンの槍を防ぎつつ、ヤツの足を斬り付けたのだから。

 だが、あの人が居た所で勝てないだろう。私かあの人のどちらかが死ぬ覚悟で戦ったとしても、無理だ。それほど、魔族というヤツは恐ろしく強いのだ。


(神の使いさまが万全ならば……)


 その保健室とやらで、手当を受けていた神の使いさま。腕や足にグルグルと包帯の巻かれたその

 お姿はとても痛々しく、とてもじゃないが戦えるとは思えない。


(神の使いさまは治癒の魔法が使えるみたいだけど、このヘンテコな空間の中でも使えるのかにゃ……?)


 神の使いさまはその名の通り、私達の住む世界であるエルーテルを統べる女神様である、エルニア様の使いだ。なので、神様がお使いになるというお力の一部を使えるらしい。

 一部といってもその力は絶大らしく、攻撃・治癒のどちらの魔法も強力、人々を助ける為に起こす奇跡も想像を超えるものらしい。らしいとしか言えないのは、私は見た事が無いからだ。では何故知っているのかといえば、実際に見た事のある、村の長老様がそう仰っていたからである。その長老様が見たのは、上位種らしき魔族相手に果敢に立ち向かい見事勝利した、背中に鳥の翼を生やした銀色の髪の人族の女の子だったと。そして、その戦いで壊滅しかけた村を、一瞬で元通りにしてしまったらしい。


 そこまでお強いのであれば、あのリザードマンにも楽勝だろう。それこそ鼻歌混じりで倒せてしまうんじゃないのだろうか。

 でも今、神の使いさまはその治癒の魔法を使う事無く、あの人族の娘に手当を受けていた。という事は、治癒の魔法は使えないのだろう。だとしたら、どの位の怪我をされているのかは分からないけれど、簡単には治らないのでは無いか。


(なら、この私が頑張るしかないにゃ!!)


 いま戦えるのは私だけという絶望的な状況。だけどそれで逆に腹が決まった。それにまだ、あのリザードマンが魔族と決まった訳じゃない。勝手にそう思い込み、勝手に落ち込んで負けていたんじゃ、助けてくれたあの人に顔向け出来ない!


 グッと歯を食い縛る。しなしなと垂れ下がった尻尾に力を籠める。このヘンテコな空間の中では、何故かいつもの力が出せない。それでもやるしかない!それに、ちゃんと戦う前に負けを認めるなんて、それこそ誇り高きピューマ族の戦士がやることじゃない!!


 斧を構えもせずにこちらを見ているリザードマンに向けて、肩を軽く竦めて、


「ちょっと驚いたけど、そうじゃなくっちゃ面白くないにゃ! オマエは他のリザードマンと違うみたいだし、ちょっとは楽しませてくれそうにゃ!!」



 自分を奮い立たせる様に、強がってみせる。まだこれからだ! 


(相手は鈍重そうなリザードマンだ。ならば、ピューマ族が誇るスピードで、翻弄するのみ!)


 スッと背中に手を回し、予備に持っていたもう一本のナイフ──といっても、この建物の中にあった大きな部屋、その長いテーブルの中にに有った包丁だけど──を手に持つ。そして、前へと持って来て構えようとした時、──スッと、リザードマンの姿が消えていた。



「──えっ? がふっ!?」



 顔に重過ぎる衝撃が襲う。その衝撃に全く逆らう事が出来ない体が、独楽の様にクルクルと私の意思と無関係に回り、そのまま後ろにあった灰色の建物にぶち当たる!



「ぎゃっ!? ぐ、ぐふっ!」



 何が起きたのか分からなかった。気付けば吹き飛ばされ、壁に激突し、そして口の中が鉄の臭いで満ちていた。



「な、何、が……?」



 恐らく、殴られたのだろう。顔の左側に痛み以外の感覚が無い事からも、そうだと解る。


(じゃあ、いつにゃ!? いつ私は殴られたのにゃ!?)


 確かに背中からナイフを取り出そうとした時、少し意識をそっちに向けてはいた。だけど、目はキチンとリザードマンへと向けていたのだ! 魔族かもしれない相手から視線を逸らす様な事、素人ならともかく、私がやる訳が無い。

 それなのに、ヤツの姿を見失った。殴られた事にさえ、気付かなかった。それが表す事は一つ。


(スピードも、ヤツの方が、上って事か、にゃ……)


 体を起こそうとするも、ガクガクと腕が震えて体を支えられない。たったの一撃。その一撃でこれだ。それほどの威力だった。首の骨が折れなかっただけでも、運が良かったのかもしれない。


(は、早く立たないと殺されるにゃ……)


 ガクガクと震える腕に、しっかりするにゃ!と叱り付けると、少しだけ震えが収まって来た。そうして何とか立ち上がろうと藻掻く。


 そんな私を滑稽に思ったのか、私を殴り付けただろう、斧の柄の部分を舐め上げたリザードマンがニヤリと嗤った。そうして嗤いながらこちらへと歩いてくる。その手に、ヤツの得物である斧と、そこで死んでいたリザードマンの槍を持って。


(ま、マズい、にゃ)


 私にトドメを刺すつもりなのだろう。は、早く立たなきゃ! 

 でも、リザードマンに殴られたダメージは、私が思う以上に私から力を奪っていた。力が入らずにモタモタしていると、リザードマンは歩きながら持っていた槍を担ぎ上げる。そして、思いっきり引いた。まさか、投げるつもりかにゃっ!?

 その私の考え通り、リザードマンは引いた槍を力一杯振り投げた。私に向けて!

 ゴウっと音を立てて向かってくる鉄の槍。その先は私……!

 だけど、体は動かなかった。いや、力が入らず、動けなかったのだ。逃げなくっちゃいけないと思っているのに。


(殺される……)


 エルーテルでは何て事は無い相手であるリザードマンに。あれほど馬鹿にした相手に殺されるのだ。これ以上、情けない事は無い。


(私の方が、間抜けだったにゃんね……)


 悔しい。これほど悔しい事はない。だけど、もっと屈辱的な事が待ち受けていた──。


 フルフルと震えながらも本能なのだろう、腕を持ち上げ自然と顔を覆おうとした。すると突然「バリンっ!」と、何かが割れる音がしたかと思うと、ふと目の前に影が出来た。そして──



「《お待たせ、ミケ》」



 あの憎たらしい人族の男の声。それを聞いてホッとした自分をとても情けなく思ったのだ。


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