第三十三話 人間だ、人間!!
祝100部目♪
「《どうしてミケが、お前なんかと一緒に行かなきゃいけないんにゃ!!》」
悲鳴はおろか、人の気配一つしなくなった廊下に、ミケの愚痴が響いて行く。でも、魔力の無い子の世界の人間には、ただニャアニャアと泣き喚いている様にしか聞こえはしないのだが。
ケガを負った舞ちゃんを始めとした球也たちを、保健室に待機させてきた俺は、そこで出会ったピューマ族と名乗る獣人であるミケと、残る一体のリザードマンを倒す為、こうして肩を並べて歩いている訳だけど。
「《おい、ミケ。もう少し黙って歩けないのか? 見つかっちまうだろ!?》」
「《何をおかしな事を言ってるにゃ? 早くもう一体を倒すんだにゃ? なら、こっちが見つけても、向こうがうちらを見つけても、何も問題は無いにゃ》」
「《それはそうかも知れないけど、こっちにも心の準備ってもんがあるんだよ》」
「《……お前、本当にリザードマンを倒したのかにゃ? もっとしっかりするにゃ。なんなら、ミケが守ってあげてもいいにゃんよ?》」
そう言うと、まるで俺を挑発するかの様に、上目遣いでいたずらっ子の様な笑みを浮かべるミケ。自分よりも小さいヤツに、そんな事をされると思った以上にムカつくもんで、
「《自分よりもチビっこなお前に、守ってもらう必要なんてねぇよ。逆に俺の足を引っ張らないでくれよな?》」
と、挑発しかえすが、「⦅強がり言っちゃってにゃ~⦆」っと、逆にケラケラと笑われる始末であった。
そんな下らないやり取りをしながら一階をくまなく見て回ったが、リザードマンの姿は無く、階段を上って二階へと来た俺達。
今上がってきた階段は校舎のちょうど真ん中にある階段で、左右に廊下が伸びている。すると、俺をからかったり、愚痴を言ったりしていたミケが、
「《どうするかにゃ? 私が左を、お前が右を見て回るかにゃ?》」と提案してきた。確かにそっちの方が効率は良いし、ミケの下らないお喋りを聞かなくて済みそうだ。
「《そうだな、それで行こう。何もなければまたここで落ち合って、三階を探索だ。良いな?》」
「《了解にゃ~。もし、リザードマンを見つけたら、殺される前にミケの事を呼ぶにゃんよ~?》」
最後まで俺をからかってくるミケに、「《言ってろ》」と返すと、当てがわれた右側──二年生の教室──を見て回る。ミケは俺とは反対側に位置している、一年生の教室を見に行った。
(さて、と)
バットをギュッと握る。頬に一筋の汗が流れる。揶揄ってきたミケにああは言ったが、知らず緊張していた様だ。幾ら強くなったと言っても、怖いものはやはり怖い。霊が見える人間だって、お化け屋敷が怖いのと同じである。……違うか?
「出来るなら、ミケの方に現れます様に……」
男として最低な事を願いながら、二年生の教室、その中でも手前にある特進クラスから見て回る事にした。
「須原さん、無事で居てくれよ……」
今まで歩いてきた中で数々の死体を見て来たが、その中に須原さんは居なかった。顔を潰されていれば流石に分からないけれど、まだ須原さんは生きている可能性が高い。
その須原さんが居るかも知れない、二年生の特進クラスをそっと覗く。相変わらずの乳白色で覆われた空から届く淡い光のせいで、少し薄暗いが何とか中の様子は分かる。
倒れた机や椅子、散乱したプリントや教科書、生徒の私物だろうカバンで散らかっていた。そして──、
「ここにも、死体が……」
見える範囲内で、恐らく5人の生徒が倒れている。そのどれもが、息をしていなかった。一目で死んでいると判る、胸に大きな穴を開けたヤツから、あまり外傷の無い子まで、五人も……。
(ん? 外傷が無い?)
俺は中にリザードマンが居ない事を確認して、特進クラスの中に入る。そして、教室の中ほどに倒れている、外傷の全くない女子生徒に触れると──、
「ひぃっ!? た、助け!!」
俺が触れた途端に、バタバタと手足をバタつかせながら、まるでGの様にカサカサと逃げていく女子生徒。おいおい、パンツ見えてますけど!?
「ちょ、ちょっと待って!俺はリザードマンじゃ、あの化け物じゃない! 人間だ、人間!!」
慌てて呼び止める俺。なにせ、彼女が逃げて行った方には、胸に穴を開けて絶命している男子生徒が居るのだ。その周りに流れ、乾き切っていない血溜まりもある。そんなのを見れば、さらに発狂しかねない。でも、そんなもの関係ねぇ!と、ただ俺から必死に逃げようとするもんだから、血溜まりに突っ込んで行く女子生徒。軽くスプラッタ状態だが勢いを落とす事無く、そのまま黒板前にある教卓の下に隠れてしまった。
(おいおい、マジかよっ!?)
シャレにならんと、逃げた女子生徒を追い掛けて教壇まで行き下を覗くと、血だらけになりながら、膝を抱えてガタガタと体を揺らしていた。カチカチと彼女の歯が当たる音も鳴っている。その目は焦点が合っておらず、ただただ正面を向いていた。恐らく、彼女は見たのだ。リザードマンによる一方的な殺戮を。その圧倒的に身近にあった死を。
(……そうだよな、普通の女の子なら、こうなって普通なんだよな……)
ガタガタと震える彼女を見て、改めて、鈴子や高身さん、そして都市下さんに無理をさせていたのだと、深く反省した。と同時に、それに気付いた球也の流石のモテ力を見習いたいと思った。
しゃがんだ俺は、教卓の下で震えている彼女の、膝の上で組まれていた手にそっと触れた。ギュッと、かなりの強さで組まれたその手を、包み込む様に。
触れた途端に、大きく体を震わせたかと思うと、教卓の下から抜け出そうと、目の前の俺を突き飛ばす。しかし、善行進化で強化された俺は全く微動だにしない。その事で焦った彼女は、さらに強い力で俺を突き飛ばそうとするが、状況は変わらない。
そんな事が数度続いた後、「どいてよぉ~!!」と叫ぶ。そして拳で俺の顔を殴り付けた。だが、同じだ。彼女の力では、俺を傷付けるどころか、退かす事すら出来ない。でも、彼女は止めなかった。しかし、いつまでもこんな事を続ける訳にはいかない。早くリザードマンを倒さなくてはいけないし、それに、俺を殴り付ける彼女の拳から、じんわりと血が滲んできたからだ。
だが、俺には彼女を止める術が分からない。どうしたら良いんだ?
(こんな時、球也ならどうする?)
俺の友達と呼べる存在の中で、一番女子の扱いに慣れているのは間違いなく球也だ。そんな球也なら、こんな時どうするのかを考えた。すると、脳裏に浮かんだ球也はこう言った──。「考えるな、感じ取れ!」と──。
(何じゃそりゃ~!?)と、白い歯をキラリと光らせながら消えていく球也に、激しく抗議する。しかし、そんな事をしても状況は変わらない。ならば、感じ取るしかない!
(えぇ~い、ままよ!!)
何かを感じ取った俺は、あろう事か殴り付けてきた彼女を抱き締めた。安心させる様にギュウと強く抱き締める。そして、
「大丈夫! もう大丈夫だからっ! あの化け物はもう居ない! 居ないんだ!!」
超至近距離にも関わらず、俺は大きな声で叫ぶ。そうしないと、彼女に届かないと思ったからだ。
叫びながら、手を頭の後ろに回して優しく撫でる。俺の今の力なら、幾ら暴れていようが、女の子一人くらい、片手で抑えることなんて余裕である。
暫くそうしていると、初めは「嫌~!!離して~!!」と、心に軽い傷を負う様な事を言いながらバタバタしていた彼女だが、次第にその力を弱めていった。そして、
「……ほんとぅ? もう、大丈夫、なのぅ……?」
と、それだけ言うと、フッと気を失った。きっと、張っていた気持ちの糸が、安心したのと同時にプツリと切れたのだ。
気を失った彼女をそっとお姫様抱っこしながら、立ち上がる。意識の無い人は重いとよく言うが、まるで重さは感じなかった。
「俺も、本格的に普通じゃ無くなってきたかな?」
そう自虐的に笑うと、
「《何を言っているのか分からないけれど、大体解るにゃ……。今は強さ以外の物が必要な時かにゃ?》」
そんな事を言うミケが、教室のドアの所に立ってこちらを見ていた。
「《いつの間に来たんだ? それに、黙って見ているなんて、良い趣味じゃないな》」
「《何やら騒がしかったから、様子を見に来ただけにゃ。……それで、その人族の娘を殺したのか?》」
「《どうしてそうなるっ?!》」
「《ん? だって、お前殴られていたにゃ? だから、殺したんじゃないのかにゃ? その胸の血が良い証拠にゃ》」
「《殴られていたって、ほんといつから居たんだよ……。それに、殴られたからって、殺す訳ないだろ! それにこの血はこの子のじゃなくて、そこで倒れている彼の血だよ》」
「《ふ~ん、ま、どっちでも良いにゃ》」
「《どっちでも良いのかよ……。それで、お前の見て来た方、一年生の教室にリザードマンは居たのか?》」
「《教室? あぁ、デカい部屋の事かにゃ? 居たら様子なんて見に来る訳ないにゃ。あっちに居なかったから、こっちに来たにゃ。それで、こっちにはヤツは居たのかにゃ?》」
「《……いや、全部の教室を見た訳じゃないけれど、ミケが様子を見に来るくらい騒いだのに、現れないって事は、恐らく二階には居ないと思う》」
「《同感にゃ。ならばこのまま上を見に行くかにゃ?》」
ミケはそう言うと、親指を立ててクイッっと上へと持ち上げた。それに、俺は首を横に振る。
「《いや、俺はこの子を皆の居る保健室に届ける。ミケ、お前はどうする?》」
「《ミケは上の様子を見て来るにゃ。もしそこにヤツが居たとして、ミケが倒しても文句は言うなにゃ?》」
「《だから、それはフラグっていうんだよ……。はぁ、ま、とにかく気を付けろよ?》」
「《誰に言ってるにゃ? 何度も言うけど、ミケは誇り高きピューマ族の戦士で──》」
と、ミケが無い胸を反らそうとした時だった。
ギャウオォォウウ!!
まるで空気を切り裂く様な、ビリビリと教室の窓ガラスが震えるほどの雄叫びが聞こえた。「《な、なんだ!?》」「⦅なんにゃ!?》」 その雄叫びに驚く俺とミケ。一体どこから!?
「《外からにゃ!》」
「《外!? まさか!?》」
俺よりも早く、声の出所を察知したミケの言葉に、抱えていた女子をそっと下ろすと、教室の窓に駆け寄る。そして校庭を見下ろすが、何も居ない。
(クソッ! 見えない所に居るのか?! 校庭に居るのだとしたら、保健室に居る皆が危ないっ!)
保健室は校庭に面している。もし、残りのリザードマンが校庭に居たのだとしたら、保健室の窓から侵入してきてしまうだろう。
俺は急いで床に寝かせた女子を抱えると、教室から出る。そんな俺に、「《おい、人族! 居たにゃ!!》」と、廊下の窓から外を見下ろしていたミケが、外を指差した。
「《中庭かっ!》」
ミケの横に並び中庭を見下ろすと、確かにリザードマンが居た。その手には、鈍色に輝く、凶悪そうな斧を持っている。だが、そのリザードマンはある場所から動こうとしない。そこには、一体何が?
「《──あ》」 思わず声を出してしまった。斧を持ったリザードマンが居る隣には、見た事のある緑色の物体。それは、俺が倒したリザードマンだった。
ギュオオォォゥ~~~ゥ!
もう一度、今度は細く長く吼えるリザードマン。それはまるで悲しんでいるかの様な……。
そうして吼えながら上を、二階の廊下から中庭を見下ろしている俺と目が合った。その時、
──ヤツは嗤ったんだ。目に涙を流しながら──