第九話 戻れる事になりました
「あらあら。突然叫んで、どうしたのですか、平さん?」
「どうしたもこうしたも無え! 一体この子は何なんだ!? 一体何の理由が有って、俺にこの子を付けた?!
ダ女神に詰め寄って一息で言ったせいで、息が切れる。そんな俺の肩に優しく手を置き、
「まぁまぁ、落ち着いて、平さん。この子は私の使い天使よ」
「ちょっとしたお使いを頼む時に、とても便利なの」と続けるダ女神。俺と一緒に居る事を、ちょっとしたお使いの様に言わないで欲しい
「その使い天使を、どうして俺に付ける。一体俺が何を——」
「だって、その善行カードの説明は要らないって、平さんが仰ったから」
「それが一体——」
「でも、絶対に分からない事が出てくると思うのです。その時に私と繋がれば良いのですが、私にもちょっと、その、プライベートというか、お花を摘みに行く時間とかあるでしょ? そんな時は、この子に聞いてもらえば良いかなって。あの子は使い天使だけど、私に最も近い存在の一つ。だから、平さんが困った事があった場合、あの子なら力になってあげられる」
「……」
確かに、さっきは強がって、説明なんて要らないなんて言ったが、善行カードとやらの全貌が分からない今、困る事も出てくるだろう
「それに——」
「まだあるのか?!」
「それに、神々の契約が成されたとはいえ、平さんは人族。つい、ここでの事を他人にポロリと言ってしまうかもしれませんしね」
「おい、俺がそんな事はしねぇよ!」
ポロリはそのオパーイに期待しろ!と、心の中で毒づく。
「えぇ、解っています。それでも、万が一……、いえ、億が一って事もありますから、ね」
「……信用されて無いな……」
「いえいえ、とても信用しておりますよ。だからこそ、平さんにお預けするのです。とても信用している平さんだからこそ、この子に何もしないと、ね♪」
「……」
早くも張られた予防線。まるで、彼女の家に始めて遊びに行った時に、母親に言われる台詞みたいな事を口にするダ女神。いえ、今まで生きてきて彼女なんて居た事ないから、全て想像、フィクションなんですけどねっ。
「ま、何はともあれ、あんな可愛い子と、一緒に居られるんですから、もっと喜んでくださいな♪」
と、そこで言葉を区切ると、ビクンと小さく体を震わすダ女神。なんだ?
「んもう、こんな時に……。——は~い、どちら様ぁ?」
どうやらまた、神々の通信のようだ。右手を耳に当てると、
「あ、ちょうど良かった~。今、貴女に連絡しようとしてたのよ~」
(お、もしかして?)
ダ女神の言葉を聞く限り、通話の相手はどうやら俺の居た世界の神様のようだ。
「え?ランチのお店の変更? 違うわよっ、そうじゃなくてね。——え、違うわよ、そこじゃないわ。そこはあまり美味しくなかったでしょ? だから、もっと良い所を——」
ダ女神の会話を大人しく聞く。が、俺の期待する様な話は全く出そうに無い。
相変わらず、どうでも良い話を続けているダ女神。段々イラついてきたぞ。
「え? あははっ! 嘘、そんな事が有ったの? それは災難ねぇ」
「……おい……」
「ないないっ! だって、それってあれでしょ!? 禁断の恋ってやつ」
「……おい、聞けよ……」
「え~、私なら~? ん~、無理って断るかしらね~」
「……おい、いい加減に……」
「いえ、でもねっ。そこで心痺れる様なことを囁かれたら、揺れちゃう——」
「いい加減に、俺の要件を聞けぇぇ~~!!」
「ひぃ~~っ!?」
もう限界だと、俺はダ女神の耳を引っ張り叫ぶ。オパーイを揉まなかっただけでも称賛に値する。
悲鳴を上げ、耳を押さえるダ女神。やがて、そのダメージから復活したのか、女神がしてはいけない表情を浮かべ、
「ちょっと、平さんっ!! 何てことするんですかっ!? 耳が聞こえなくなったら、どうするんですかっ!?」
「五月蠅いっ! 心どころか耳の奥まで痺れさせたんだから、文句言うなっ! それよりも、その通信の相手は、俺の元居た世界の神様なんだなっ!?」
本当なら、大声で耳を痺れさせるよりも、この手でオパーイを揺らす方が断然良いのだが、そこは自重した俺、涙目になって抗議の声を上げるダ女神に詰め寄る。
その俺の迫力に負けたのか、赤べこの様にコクコクと頭を縦に振り、
「そ、そうですけど、それが一体……?」
「それが一体?じゃねぇよ! 今がそのタイミングじゃねぇか!」
「その、タイミング……?」
「あぁ、もう! この女神はよっ! 時間だよ、時間! 元に戻してくれる様に頼んでくれよ!」
「……時間……。あぁ、時間ね?」
「そうだよ! 頼むぜ!?」
「えぇ、解ったわ。——あ、ゴメンね。ちょっと立て込んでて。え、男神? うぅん、そういうのじゃないわよ——」
再び、俺の元居た世界の神様と、会話を続けるダ女神。だが、会話がまた脱線しそうな雰囲気だ。
俺は、ダ女神の前に立つと左手首——ちょうど腕時計を嵌める位置——を右手で叩く。
(時間の事、頼むぞっ!?)
(任せておいてっ)
アイコンタクトよろしく、目だけでダ女神と会話をする俺たち。その間、ダ女神に呼ばれた使い天使ちゃんは、周辺の宇宙空間をぼーっと眺めていた。
「うんうん。……あ、それでね、貴女に一つお願いがあるんだけど……。え、男神? 違う、そうじゃなくてね——」
また、話が脱線仕掛ける。どうしてここまで恋愛の話が好きなのだろうか……。
「ほら、さっき貴女の世界の子を一人借りたでしょ? うんうん、その子。その子がね、私の世界を救いに行けないんだって。うん、そうなのよ~」
「結局、男っていうのは、なんだかんだ言って、自分の世界に戻ってしまうのよ~」と、一体どこから引用したのか、そんな事を口にするダ女神。
「でね。その子を貴女の、元居た世界に戻りたいっていうのだけど、ほら? さっき貴女に頼んで、前もって五年前に戻してもらったじゃない? それを元に戻して欲しいのよ~」
(よしよし、良いぞ)
「そうなの。正確には借りた子をこっちに呼んだ時間になんだけどさぁ……。え、出来る!?」
(——よっしゃあぁぁっ!!)
「うん、えっ、ランチのドリンク奢り~!? う~ん……。——ひっ!? う、うん、良いよ、それでっ!? 有難う~。うん、今目の前で喜んでるわ。 うん——」
途中で悩みやがったダ女神に、脅す様に睨み付ける。ったく、ランチのドリンクぐらい、何をケチってやがるっ!
「——そうね。じゃあ、十分後ぐらいにそちらに送り還すから、その時にタイミングに合わせてくれる? うんうん、それじゃ、それでお願いね。 それじゃあ、またね~——」
と言って、通信を切るダ女神。
「ど、どうだった。 どうなった!?」
「あれ? 今回は盗み聞きしていなかったんですか?」
「おい、冗談は良いから! で、どうなったんだ!?」
「大丈夫ですよ~。今から十分後に、平さんの元居た世界に送り還しますから、その時に合わせて時間も元に戻してくれるそうです」
「よっしゃあっ!! でかした、女神様!」
女神の両手を掴み、その場で踊り出す俺。嬉しさのあまり、目の前で揺れるオパーイも全く気にならない位だ。
ルンタルンタと手を繋ぎ、嬉しそうに踊る俺たちを、使い天使ちゃんは不思議そうにじーっと見ていた。