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音色を奏でるモノの怪 5


 二階を見終わったミナは、次は三階に行くことにした。

 三階は三年生の教室と視聴覚室と図書室、そして理科室があるのだ。

 まずは何かありそうな特別室を除いて3年A組の教室から順番に潰していく。階段を登ってすぐの所にあるのはA組なのだ。


 順当にC組の教室まで見回ったが特に使えそうなものや月光の楽譜はなかった。


 無駄な時間を使ったな。と急ぎ足でミナは、今いる教室から一番近い視聴覚室に向かうことにした。


 視聴覚室は何故かカーテンが閉まっていて中が見れないようになっていた。

 手にしていた箒を壁に立て掛けてハンマーを手に取る。鍵を開けると、そのまま入っていくなどということはせず、体をズラして先ずは扉だけを開けた。

 中から何かが飛び出してくる気配もない。


 恐る恐る中に入ると、視聴覚室にある机には何故か何体もの動物のぬいぐるみが座っていた。

 そのぬいぐるみが見ているのは、スクリーンに映し出された映像だ。

 ミナが開けた扉以外からの光が一切遮断された空間で、それはとても異常な空間だった。


 スクリーンに映し出された映像は陳腐なものだ。

 食卓を囲んだ三人の家族が笑って食事をしている風景。ミナはそれを羨ましいという思いで眺めていた。


 しかし、そんな平和な映像は長くは続かない。

 映像の中の父親がいきなりナイフを持って母子を襲ったのだ。

 さっきまでの平和な風景が一転して、美味しそうだった食事は母子の血肉に塗れ、白いテーブルクロスは赤に染った。


 瞬間、ぬいぐるみ達から歓声とも言える声が何重にも重なって響いた。


 ケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラケラ


 あまりの五月蝿さにミナは咄嗟に一番後ろの席に座っていたリスのぬいぐるみを床に叩きつけた。


 それすらも面白いのか、ぬいぐるみ達の笑い声は止むことを知らない。


 ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタ


「あぁ…。うるさい……」

 

 鞄を床に置いたミナは身軽になった腕でハンマーを振り上げた。一体一体確実にぬいぐるみを潰していく。

 ウサギのぬいぐるみのビーズの目が砕けて叩きつけた箇所は布が裂けて綿が出てる。ハンマーで振り払う様に殴りつけて壁に激突したクマのぬいぐるみに至っては頭がもげて綿が飛び出している。


 結局、全てのぬいぐるみを潰すまでぬいぐるみ達は笑っていた。

 ミナにはその笑い声が、お前にはそんな平和な風景を望むことすら出来ないと言われているようでムカついたのだ。


 ふと顔を上げると、スクリーンの中で父親に殺されたハズの子供がこちらを見てとても歪に笑っていることに気が付いた。

 嬉しいのに哀しいような、諦めたようで痛みに耐えるような、そんな歪な笑みだった。


『………、………』


 はくりと動く唇は、何かを伝えようとしていて、それでも声は届かない。


 映像の中で、子供はとある場所を指さした。それは、ミナが一番最初に手を出したリスのぬいぐるみだった。


『……、……』


 子供の口が音にはならない言葉を紡ぐ。ミナにはそれが『裂け』と言っているように聞こえた。


 次の瞬間に映像は乱れ、腹を裂かれた子供と、倒れ伏した母親。元凶である父親の首がゴロンと落ちたところで終わった。


「悪趣味な映像」


 吐き捨てた言葉は本心からの言葉だった。


 苛立ちと共に射影機をハンマーで壊す。ガシャンと音がして部品がバラバラと飛び散った。


 ハンマーを鞄に仕舞ってから、カッターナイフを取り出してリスの首と胴体を切り離し、腹を裂く。

 腹を裂いたのはさっきの映像からこうするべきだと思ったからだ。中には綿しか入っていないはずなのに、何故だがぐちゅりという嫌な音が脳内でした。

 ぬいぐるみの腹から出てきたのは四つに折りたたまれた一枚の楽譜だった。開いてみるとそこには『月光の楽譜②』と書かれている。若干くしゃくしゃになっているのはミナが握りしめて床に叩きつけたからだろう。

 ミナはそれをファイルに仕舞って、鞄を背負い直した。


「私は、こうはならない」


 それは決意のような、願望だった。


「お母さん…」


 ミナは床に落ちていたウサギのぬいぐるみを踏みつけて、視聴覚室から出た。


 無性に家に帰りたくて仕方なかった。


「早く。早く帰ろう……」


 その為には、あと一枚の月光の楽譜を見つけてこの学校から出なければいけない。


 空はまだ紅く染まっている。だからまだ、大丈夫だ。日が沈む前に帰れば、お母さんに怒られない。


 この学校で既にもう何時間もの時が経っていることにミナはまだ気付いていなかった。



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