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音色を奏でるモノの怪 2

※流血表現注意

 音楽室に近付くにつれて音は段々と大きくはっきりと聞こえてきた。


 曲を弾くわけではなく、単調にポーン、ポーンという音だけが響く音楽室の扉の前に来たミナは覚悟を決めたようにその扉を開いた。


「うっ……」


 開けた瞬間に鼻を刺激する鉄臭さに思わず声が漏れる。


 音楽室の中は、まるでペンキでもぶちまけたような赤が部屋一面を染め上げていた。

 天井からぴちゃん、ぴちゃん、と落ちてくる赤が跳ねてミナの上靴を汚した。

 勿論壁も無事ではない。壁に飾られている肖像画達の目や口からはまるで生きているかのようにリアルな赤黒い何かを滴らせていた。中にはどす黒く塗りつぶされた肖像画もある。窓には赤い手跡がびっしりと付着していて、外の景色が見えそうにもない。

 唯一無事なのは部屋の真ん中に設置されている黒いグランドピアノだけだ。

 そのグランドピアノの椅子に一人の男の子が腰掛けている。彼はミナと同じ学校の制服を着用していることから、ここの生徒であることが分かる。


︎︎その男の子がポーン、とピアノを鳴らした。


 おそらく、ここまで来いということだろう。


 ミナは臭いで吐きそうになるのをハンカチで口を覆うことで必死に抑えて、できるだけ赤が付着しないようにつま先立ちになってグランドピアノまで向かった。


 歩く度にするぴちゃぴちゃという粘り気のある水音と鼻につく鉄臭さがミナの気分を急降下させた。


「(後でこの靴捨てよう。絶対に捨てよう)」


 そんな決意をしながら脇目も降らずに一直線でグランドピアノへと向かう。


 人差し指でポーン、ポーンと鍵盤を押すその指は、関節などの繋ぎ目から赤い血を滴らせて鍵盤を汚している。

 何だか、とても歪な形をしている手だった。


「ピアノが弾けないんだ」


 男の子はこちらを見ることなく、人差し指で鍵盤を押しながらポツリと呟いた。


「ピアノが弾きたいのに、アレが無いから」


 ポーン、と音が響く。


「アイツらに隠されてしまった」


 苛立ったように押された鍵盤に鋭い音が響く。


「見つけて。僕の大切なもの。あれがないと弾けない。僕の大切なもの。見つけて。僕の楽譜。見つけて。三枚ある。月光の楽譜。見つけて見つけて見つけて見つけて」


 壊れたラジオのようにそれしか言わなくなった男の子は、荒々しく鍵盤を叩きつけ、言葉ではなく音で早くと急かす。力任せに叩かれるピアノの音がまるで悲鳴のように聞こえた。


 ミナはとりあえず要件は聞いたとばかりに早足で音楽室から逃げ出した。

 そして、音楽室から出て新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、鞄からスマートフォンを取り出した。


 真っ先に携帯という文明の利器を使おうとしたミナは正しく現代を生きる若者である。


 スマートフォンの電源を付けると4桁の暗証番号を入れる画面へと変わる。


「“暗証番号…。なんだったっけ…?“」


 一日も使わない日はないであろうスマートフォンの暗証番号を忘れるなんてどう考えてもおかしかったが、記憶が初期化されたミナにはそれが可笑しいことだとすら思わなかった。


「とりあえず誕生日を入れてみるか」


 無難なところを攻めようと自身の誕生日を4桁の数字で入力しようとしたが、その指は1桁も入力することなく止まってしまう。

 

「あれ?」


 自分の誕生日が思い出せないのだ。これにはミナもゾッとした。


 名前と学年と年齢。そして、家に帰るという目的と、家族。今のミナはそれしか自分について分かることがなかった。


 握りしめたスマートフォンがとても冷たく感じ、ミナはようやく自分の置かれている状況が可笑しいと気付き始めていた。


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