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病院の怪 16


フッと笑ったミナが口を開いた。


「そんなの、分かるわけないじゃない!」


けれど、その勝ち誇ったような表情とは裏腹なミナの答えに世界はパチリと瞬きを一つこぼした。


『え…』


戸惑う世界が思わず洩れたであろう声を搔き消すようにミナはさらに言葉を紡いだ。


「私は『主人公』だけど、所詮はこの逃げ続けるだけのホラーゲームの主人公なのよ?探偵ものの主人公でもなければ世界を救うRPG系の主人公でもない」


腕を組んでふんぞり返るミナはそれはそれは堂々とした態度だった。


「そもそも、世界が私なら自害でもしてこの世界を壊してやるとかそりゃ一瞬考えたけど、私が死ぬことですらこの世界のエンディングの一つじゃない。それなら尚更私は死ねないし、けどここから脱出して生きてたって、お母さんに会えるだけで私は記憶を失ってまた同じことを馬鹿みたいに繰り返すんだわ!」


ビシリと鏡に向かって真っ直ぐに人差し指を突きつけたミナはまるで真犯人を暴く探偵のように鋭い声で叫んだ。


「それで世界を壊すとか、どうしろって言うのよ!」


無理ゲーじゃない!と喚くミナに鏡はぱかりと開いた口から盛大な笑い声を響かせた。

それはさっきまでの勝ち誇ったような笑い方ではなく、本当に楽しいとこちらにも伝わってくるような、そんな笑い方だった。


「何笑ってんのよ!」


しかし、それが気に入らないのは笑われたミナだ。ミナは持っていた鞄を鏡に向かってぶちまけた。

鏡は割れることなく、逆にミナの鞄の中に入っていたものが床に散乱しただけとなった。


『あはははは!本当にこのミナは面白いね!君に自我というものを与えて良かったよ!退屈だった日々がこんなにも面白くなった!』

「自我を、与えた…?」

『そうだよ』


世界は両手を広げ、まるで演説でもするかのように語りだした。


『私が自我を持ったのは、きっと私を作る過程で起きたプログラミングの誤作動か何かだろう。けれど、その一瞬で自我を持った私は考えた。このループする己を変えられないだろうかと。同じ世界などつまらない。どうせなら、私を創った外の人間がいるような変化する世界がいい!けれど、何度試しても上手くいかなかった。私が何かをしようとしても、一度創られた道は閉ざすことも、新たに創ることも出来ず、何度だって同じ光景を見てきた。君が死ぬのも、生きるのも私は見てきた』


『けど、その中で、もう数えるのも億劫になるくらいの時の中で、たまに、君たちキャラクターに自我を植えることが出来た』


『けど、この世界にはルールがあり、それぞれに役割がある。自我を持てても、存在意義を果たさなければ私は私の存在意義に従いそれらをリセットしなければならない』


『つまり、怪異に自我を持たせても、怪異はミナを殺さなければ生き残れなかった。最初はそれでも楽しかった。どうせ殺すにしろ、怪異達はそれぞれ決められたレール以外の道でミナを殺そうとしたから』


『けど、エンディングはいつも同じなんだ。過程が違っても、終わりが同じなら意味が無いと思わないかい?』


狂っていると思った。そして、実際に狂っているのだろう。


『ミナ達はいいよ。記憶が、存在がリセットされて、一から始まるんだ。でも、私は?私はミナたちがリセットされて世界がまた初めからになっても、私という自我を持った存在はずっと、起こった全てを記憶してる。私は消えることが出来ない。ずっとこの世界で、この世界として生き続けている』


『退屈だった。つまらなかった。同じ物語を、変わらない日常を、気の遠くなるような時を、見続けた私の気持ちが君に分かるか?』


『でも、そんな時だった。私は君に自我を植えることが出来た。これはね、実はすごいことなんだよ。ミナは一番自我を植え付けることが難しかったから。与えてもプレイヤーの意思が優先だからかな?いつだって自我とはチグハグの行動を取って、壊れたり、気付いたら外の世界から修正が加えられてしまうんだ。君の自我はバグと称されて外の世界から強制的に直された。でも、でも!今の君は違う!!』


『与えた自我が次のプレイに持ち越したんだ!自我を与えたのにプレイヤーの言いなりになる君に最初は失敗したと思った。けど、違ったんだ!どうしてかは分からないけど、今の君はプレイヤーの意思も、外の人間からの修正も何も通用しない』


『ワクワクした!ドキドキしたよ!このつまらない世界を君はきっと変えてくれるだろうと期待した!希望した!』


『だから私は鏡で君の姿を借りて君の手助けをすることにした』


『自分を生きてる人間だと思い込んだのも、ミナが初めてだった。だけど、ここは所詮ゲームの世界だ。それは自覚してもらわなくては困る。だから、私は君に語りかけた』


『それでも結果はこれだ。楽しかったし、期待したけど、結局は同じエンディングを辿るんだね』


諦めたような、絶望したような声で世界は言った。


そんな話をしている間にも病院はどんどんと崩れていっている。正直、もう入口すら崩壊していて、先には真っ暗な闇が広がっている。

今からミナが助かることは不可能だろう。それはつまり、バットエンドを意味する。


ミナはちらりと崩壊した世界の先を見ると、鏡の中の世界へと視線を戻した。


「可哀想な世界…」


それは、かつて世界がミナに言った言葉だった。


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