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病院の怪 13

 ミナが階段の下まで辿り着くと、そこにもまた鍵の掛かった扉があった。

 本来なら探索の果てに見つける鍵も、今のミナには無用の長物である。


 ガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャガチャ…


 バキッ


 ドアが壊れた瞬間である。


「自分からここに招いておいて鍵閉めるとかどうゆうことだよ。開けて待ってろよ」


 にこにこと笑っているミナは、今から向かう場所に自分を殺そうとする怪異がいると分かっているはずなのに、まるで友達の家に遊びに向かうような気楽さがある。

 どこまでも自然体だからこそ余計に恐ろしい。


 ミナはドアを開けてその先を進む。真っ暗で、先の見えない暗がりをミナは迷うことなくまっすぐに歩いていく。


 その先に待ち受けるは、バットエンドか、ハッピーエンドか、それとも、別の何かか。今のミナにはまだ分からない。


 怪異を倒して、お母さんに会う。鏡はそれを絶望だと言った。

 けれどミナはもう知っている。ミナの求めていたお母さんは、ミナの母であれと世界に造られた存在だということを。そしてミナ自身も、世界に『主人公であれ』と造られた存在だと知っている。

 お母さんに会いたいという願いが世界が望んだレールに沿って歩いていることも知っている。


「お母さん…」


 それでも母に会いたいと思い、願い、歩く。それはミナ自身の意思だ。

 諦めたって良かった。プレイヤー(だれか)の思い通りに動く人形に戻ることだって今のミナは選択することが出来た。

 それをしないのは、ミナが今のまま、自分の意思と足で、未来に進みたいと思ったからだ。


「あぁ、あなた。ここにいたの」


 歩いた先に、一つの部屋のようなものがあった。

 その真ん中に、彼女はいた。


『ひっ!』


 薄く透けているその子が人でないなんて一目瞭然だ。

 女の子は怯えたようにミナが一歩進むと一歩下がった。


 その姿はまるで普通の女の子だ。とてもミナをここに呼んだとは思えないほどの、普通の女の子がそこにはいた。

 けれども、ミナはこの子はこんな風じゃなかったと思う。もっと、この暗がりに相応しいくらいドロドロとしたものを渦巻かせて、ミナが近付きたくないと思うほど恐ろしいものだった気がする。


「もう一度言うね。私を帰して」

『それは、出来ない…』


 女の子は怯えながらもハッキリとそう言った。


「どうして?」

『出来ない…。出来ない…。だって、ワタシも帰りたい…。お母さんに会いたい…。友達に会いたい…。でも、帰れない。ここに来てから、ワタシはおかしい…』


 彼女の目がどこか虚ろになっていく。その目はもうミナを見ていない。


『ミナを呼ばなきゃって、ずっと声がしてた。でも、ワタシは、ミナをどうやって呼んだのか…覚えて、ない。違う。私はミナを呼んだ。だから…。だから?そう、ワタシ、代わってもらうつもりだった。でも、わからない。ここからどうすればいいのか、分からない』


 頭を抱え込んで座り込んだ彼女は、いつかの怪異たちに似ていた。


 自分の存在意義と心が釣り合っていないような、自分でも理解し得ない感情に振り回されるような、危ういバランスで今の彼女はそこに立っている。

 そして、そうなった原因はきっと自分にあるとミナは思っていた。


 ミナは自由になりたいけれど、それでも彼女たちに比べればミナはずっとずっと自由だった。


「一つ。提案しようか」


 ミナは微笑んだ。


『てい、あん?』

「そう。私の仲間にならない?」

『な、かま…』

「貴女は私を殺さないことを条件に。私は貴女に身体をあげることは出来ないけれど、この場所からの脱出を条件に。どう?貴女は帰りたい世界に帰れる。私は殺されずに帰れる。いい案だとは思わない?」


 彼女に手を伸ばす。そろりと伸びた手を見て、ミナは目を細めた。


 これは、世界に対するミナの宣戦布告だった。


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