病院の怪 10
ユウが消えた。
緑の粒子となったユウはミナの手をすり抜け、笑って空へと還っていった。
いや。この世界がゲームだと認めたミナにとって、空に還ったというのは少し違うかもしれない。
ユウは消えた。空になんて還らない。ゲームの中の、決められた枠組みの中に再び収められただけ。
そしてミナも、死ねばきっと、この世界に取り込まれるのだろう。
─────「このせかいを、ころして」
ユウの言葉が、私が本当にするべきことを教えてくれた。
* * *
ミナの服はいつの間にか病院の入院服から着慣れた制服姿に戻っていた。エレベーターの中に置き忘れた鞄を回収して、ミナは四階へのボタンを押した。
鞄の中から手に取ったのは、『404号室|****』と書かれたプレートだった。
名前のところが掠れて読めないそれに、ミナは自分の名前が入るのだろうなとぼんやり思っていた。
ホラーゲームなら鉄板だ。実は自分は死んでいたとか、死んではいないけど意識不明で魂だけがこのおかしな世界に迷い込んだとか。恐らく自分は後者だろうなとミナは思った。きっと事故か何かでミナはこの病院に入院した。────いや、している。
その確信はミナの魂に刻み込まれた記憶だと今のミナは断言出来る。だからこそ信じられた。自分が忘れているだけで、今までミナがしてきた経験は体が覚えている。そしてそれは、幾度もミナを『死』から遠ざけてきた。
エレベーターが四階に着いたことを音で知らせる。
ゆっくりと開いた扉の先は先が見えないほど暗かった。ミナはスマートフォンの明かりを頼りにエレベーターから一歩踏み出した。
たった一人で暗闇の病院の中をスマートフォンの明かりだけで進むミナのメンタルは強かった。
そうでなければホラーゲームの主人公なんてしてられないだろう。例えそれがそうであれとこの世界に望まれて生まれたミナの性格だったとしても、今はそれに感謝しよう。お陰でミナは足が竦むことなく前に進むことが出来るのだから。
暗い以外は特に問題もなく、直感(という名の魂に刻み込まれた記憶)により、ミナは迷うことなく404号室の扉の前に訪れた。
403号室と書かれたプレートと405号室と書かれたプレートの間にプレートの無い部屋があった為、割と簡単に見つけられた。
ミナは持っていたプレートにスマートフォンの明かりを頼りに自分の名前を書き込むと、ここにはめろと言わんばかりの空間に持っていたプレートを嵌め込んだ。名前を書いたのはこうした方が早いと思ったからだ。
実際、それは半分正しかった。ただ、本来なら汚れて読めない箇所を綺麗に拭けば、名前を書くという行為は必要なかった。
しかし、汚れを落とす為にはまず綺麗な布を見つけるために二階にあるリネン室に行き布を拝借しなければならない。次に病院の三階にある食堂へ行って布を濡らし、その布でプレートを一度拭かなければならなかった。そして、そこでようやくミナは掠れて読めなかった箇所に自分の名前が書かれていることを知るのだ。
しかしミナは掠れて見えない字はそのままに持っていた名前ペンで上書きするように文字を書いた。この方が早いからである。
ガチャッと鍵が開く音がした。
エンディングまで、もう少し─…。
ミナの持ち物に『名前ペン』を追加しました。(2019/07/16に加筆修正)




