病院の怪 9
《ユウside》
外に出て見つけたのは制服姿で倒れていたおねぇちゃんだった。
また無視されちゃうかなって心配だったけど、おねぇちゃんはボクを無視しなかった。
おねぇちゃんがここの『かんじゃさん』だったらいいのにって思ったら、おねぇちゃんの服はいつの間にかボクと同じになってた。
繋いだ手は暖かくて、話したら応えてくれて、黒い姿の何かといる時も楽しかったけど、おねぇちゃんと話す方が何倍も楽しくて、おねぇちゃんだけ居たらいいのになぁって思ってたら、黒い姿の何かはどこにもいなくなっていた。
場面が変わる。
エレベーターの前にボクらはいた。おねぇちゃんがボクの手をするりと抜けて、鏡に向かって鞄を投げつけた。
その時、一瞬だけ、同じ真っ白い服に身を包んだおねぇちゃんが、出会った時に着ていた真っ黒い制服を着ていたように見えた。
その時から、きっと、ボクは負けていた。
「要らない」って、そう思ったから黒い姿の何かは消えた。
けど、「要らない」って言ってもおねぇちゃんは消えなかった。
世界は、ボクよりもおねぇちゃんを中心に動いている。
ジリジリと脳が焼けるような音がした。
《リセットしますか。》
脳内に直接声が響いた。無機質で、男とも女ともとれない機械的な声だ。
《リセットしますか。》
応えないボクに二度目の質問が投げかけられた。
────────いやだ!!!
リセットされたボクは、きっと今のボクじゃないことぐらい分かっていた。だからこその拒否。
《デリートしますか》
でも、世界はとことんボクに優しくなかった。
────────それもいやだ!!!
《最後の問いです。リセットしますか。デリートしますか。》
─────────どっちもいやだ!ボクはボクのまま、みんなといっしょに遊びたかっただけなのに!!ねぇ、『世界』はどうしてボクに意地悪するの!!!
《─────あなたは、役目を放棄しました。》
無機質な声だ。抑揚もないその声はボクに現実を突きつける。
《あなたの役目は、『更科ミナ』に情報をもたらすこと。》
死にたくないと思った。けど、思い通りにならない世界では生きている意味を見いだせなかった。
それでも、決して、死にたいと願った訳ではなかったんだ。
《彼女をエンディングへと導く過去の亡霊。それがあなた。》
違うと叫びたいのに、言えないのは、それが真実だから。
《あなたは自身の存在を履き違えている。》
そうだよ。ボクは、おねぇちゃんをエンディングに導く為に生まれた存在だった。
でも、今のボクは違う。エンディングなんてどうでもいいんだ。
ボクは、おねぇちゃんやみんなと、ただ遊びたかっただけなんだ。
《よって、デリートを開始します。》
世界の言葉と共に、首を圧迫していた苦しさがなくなる。さらさらと、ボクは緑の粒子となって世界に溶けていく。
でも、ボクはそれが消滅ではないことを知っている。
ボクはまた、ボクじゃないボクに成ってこの世界に再び生を得る。
今度のボクは、きっと世界にこうあれと望まれたボクだ。
だからボクは最後に、『主人公』にお願いする。
スっと、まだ消えてない左手でミナを指さした。
ボクは世界から逃げられない。そして、ボクでは世界を殺すことも出来ない。だって、ボクは『主人公』じゃないから。
けど、ボクは『主人公』をエンディングに導く役目を持っている。
それなら、ボクはボクとして、この世界で『主人公』をハッピーエンドに導いてみせるよ。
ボクは笑った。
「このせかいを、ころして…」
何度も繰り返した世界の、一瞬の奇跡が今のボクだと思うから。きっと、ボクが『ユウ』として、みんなと遊びたいと願って生きるのはこのボクが最後だ。
その一瞬の奇跡が起こったこの世界で『主人公』が死んだら、きっとまた、つまらない決められたレールの上を歩く世界が待っている。
そんなのは嫌だ。
「そしたら、また、あそんでね…。おねぇ、ちゃん…」
だから、どうか。この世界を壊して。




