トイレの少女の怪
第一章 学校の怪談
第一話 トイレの少女
「……早く帰ろう…」
きっと自分は悪い夢でも見たのだと現実逃避をしたミナは落ちた鞄を拾って埃を払いながら立ち上がった。
痛む拳と廊下に伸びた血が夢ではないことを嫌でもミナに突きつけてきたが、ミナはそれに気付かないふりをした。
さて帰ろうと歩き出したミナの心境は、何故だかとても晴れ晴れとしていた。
その爽快感が、テケテケを退治したことにより、今後の活動に影響を及ぼさないことへの安堵であることをミナは知らない。
それでも、ミナは何度もキャラクターとしてプレイヤーと共に経験したので例え記憶には残らなくても魂に刻み込まれているのだ。あのテケテケに追われて舐めさせられた苦渋の数々を。
気付けば鼻歌でも歌い出しそうなほど上機嫌なミナは、帰る前に御手洗で先程殴り飛ばした方の手を洗うことにした。
その手には痛みがあるだけで汚れてはいなかったのだが、精神的に洗っておきたかったのだ。
ここでミナのテンションが普通ならば、バケモノが出る夕暮れの校舎のトイレなどというフラグが立ちまくりな場所には近寄らなかっただろう。しかし、この時のミナはテケテケを始末した事で浮かれていたのである。
なので、躊躇いもなく女子トイレの扉を開けてしまった。
────────あそびましょぉ…?
扉を開けた瞬間に聞こえた少女の声に、ミナは目を見開いた。
そして、たっぷりと開けた沈黙のあと、
「………………………………ちくしょうっ!」
と、呟いたのだった。
*
トイレで有名な怪談と言えば、最もポピュラーなものは【トイレの花子さん】だろう。
【トイレの花子さん】
おかっぱ頭に赤い吊りスカートの容姿で描かれることが多い。女子トイレの三番目の個室におり、遊ばないと追いかけられる。百点のテストを見せれば悲鳴を上げて逃げていくと言われている。
ミナの鞄の中には数学の教科書とノート、そして筆箱しか入っていない。例えテストの答案用紙が入っていたとしても、高校のテストで百点満点なんてとれるはずもなく、ミナには遊ぶか遊ばないかの2択しか残っていなかった。
もし「遊ばない」と返答した場合、ミナは花子さんに追いかけられることになる。最後がどうなるかは知らないが、きっと捕まれば死ぬのだろう。
では逆に「遊ぶ」と答えた場合、花子さんが「鬼ごっこ」と答えたら結局結果は同じではないか。
────────ねぇ、あそぼぅ?
中々返事をしないミナに痺れを切らして、花子さんが再び問いかけてきた。
「…………………………」
答えの出ないミナはそれにまたも答えなかった。
───────あそぼぉ!あそんでぇ!ねぇ!ねぇ!
沈黙で返すミナに花子さんは焦れたように声を荒らげた。それはまさに癇癪を起こした子供と同じだった。
「(うるさいなぁ…)」
その声を聞いてもミナが恐怖で悲鳴をあげないのは、ミナのホラーに対する耐久も勿論だが、花子さんの姿が見えないという理由もあった。
姿が見えないのなら視界から攻めてくるような容姿も見えない訳で、ミナは脳内で花子さんを近所の子供に置き換えることで恐怖という感情を皆無にしていた。
未だ「あそんでぇ!!!」と叫ぶ花子さんにミナは「(お前どっちを選んでも追いかけてくるやん)」と心の中で突っ込みをいれた。
……そうだ。気が付かなかったフリをしよう。
ミナの決断は早かった。
ミナは女子トイレから何も聞こえなかったという風を装って外へ出るとそのまま扉を閉めた。
そもそも、律儀に遊ぶか遊ばないかを答える必要もないのである。
パタン、と言う音がして扉が閉まる。扉の向こうでは未だに「あそんでぇぇえええぇ!!!!」と癇癪を起こす少女の声が聞こえるような気がしたが、それはきっと気のせいである。
実はこの花子さんと遭遇するのはテケテケに追いかけられた時の逃げ道として女子トイレに入ると起こる強制イベントだった。
女子トイレに入った瞬間に聞こえる声に選択肢は二つ。勿論その選択肢は『遊ぶ』か『遊ばない』の二つだ。
そして、このどちらを選んでもミナが考察していたように花子さんに追いかけられるのである。
『遊ぶ』を選択すれば、「じゃあ鬼ごっこしましょ?わたしが鬼ねぇ……」と花子さんが三番目のトイレから出てきて追いかけられる。
『遊ばない』を選んでも、「じゃあ、おねえちゃんは、いらないぃ……」と言って要らないものを処分する為に追いかけてくるのだ。
ちなみに追いかける速度は何故かテケテケよりも早い。足があるからだろうか。
そうしてプレイヤーは花子とテケテケという二体のハンターに尽く行く手を阻まれ悩まされるのである。さらに花子さんはテケテケと違いどこかの教室へ入っても扉を開けて入ってくるので、角を上手く使い花子さんの視界から逸れることでしか逃げ延びる術がないのだ。
故に、この花子さんの対策は『女子トイレに入らないこと』に尽きる。
今回ミナはゲームには無い第三の選択肢である沈黙を選んだ。
花子さんは問いかけに答えなければトイレから出てくることは無い。
こうして、ミナは第二の刺客であるトイレの花子さんを突破したのである。
トイレの花子さんの怪、終