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病院の怪 8

《ユウside》



 ヒュッと息を吸い込む。吸わなくちゃ。吸わなくちゃ。吸わなくちゃ。


「『主人公』なら、どんな手を使っても逃げなくちゃ」


 声が聞こえて、気付けばボクの首はおねぇちゃんに絞められていた。


「かヒュッ…!ぁ、……が、……」


 酸素が欲しい。苦しい。痛い。


 もう、それしか考えられなかった。

 目の前にいるのは、ボクが殺すはずだったおねぇちゃん。この病院はボクの思うままで、痛いのも、苦しいのもなくてまさに理想の世界だった。

 なのに、扉は閉まらなかった。

 なのに、ボクは今首を絞められて殺されようとしている。


 どうして。どうして。


「逃げないのなら、殺さなくちゃ」


 おねぇちゃんの唄うような、楽しそうな声が耳から脳に入って、グルグル回る。


 酸素が欲しい。苦しい。痛い。


「だからほら、」


 酸素が欲しい。苦しい。痛い。


「殺されちゃうんだよ」


 酸素が欲しい。苦しい。酸素が。苦しい。欲しい。酸素が。欲しい。


「ね?」


 霞む視界に、おねぇちゃんの笑った顔が見えた。

 それは、人の首を絞めているとは思えないほど穏やかで、優しそうな顔だった。


「お、…………ね、…………ちゃ、」


 絞めている腕に僅かな力を振り絞って掴もうとする。けど、爪を立てることも出来ないまま、ボクの手はその腕を撫でるように落ちていった。


「…………ぁ、…………」


 苦しい。苦しい。苦しい。けど、もう、それも感じなくなる。


 意識が無くなる前に脳裏に一瞬の砂嵐。きっと、"そうまとう"ってやつだ。


 ボクは三階にある自分の病室のベットの上にいる。

 四人部屋の病室で、ボクは窓側のベットだった。

 ボクの正面のベットには枯葉のような腕のおじぃさんがいた。ゴホゴホと咳がうるさくて夜は眠れなかった。

 隣のベットにはボクと同い年の男の子がいた。その子のおかぁさんはとても心配性で毎日のように彼のお見舞いに来ていた。

 ドアに近い斜め向こうのベットにはいつも何かを描いているおねぇさんがいた。


 ──────ねぇ、静かにしてよ。眠れないよ。


 返事はなかった。


 ──────ねぇ、お友達になろうよ。


 返事はなかった。


 ──────ねぇ、ボクを描いてよ。


 返事はなかった。


 ────おかぁさん…。


 返事は、なかった。


 ─────おかぁさあん…。


 ボクはいつもひとりぼっちだった。

 寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しくて、寂しかった。


 でもある時、世界が変わった。


 ゴホゴホと咳をしていたおじぃちゃんも、毎日おかぁさんが来てた男の子も、絵を描いていたおねぇさんも、みんなみんな消えちゃった。

 代わりにいたのは真っ黒い姿の何かだった。


 その真っ黒い姿の何かは、ゴホゴホとうるさい咳をしなかった。

 その真っ黒い姿の何かは、ボクと同じでひとりぼっちになった。

 その真っ黒い姿の何かは、絵を描かなくなった。


 そして、ボクの手を引いて色んな所に連れてってくれた。


 真っ黒い姿の何かは、口がないから何も言わなかったけど、ボクが「遊ぼう」って言ったら「いいよ」って言うみたいに手を引いてくれた。


 だからボクは会話がなくても楽しかったし、繋がれた手に体温はなかったけど、嬉しかった。

 ずっとこんな日が続けばいいのにって思った。


 でも、今日だけは違った。

 目を覚ましたら真っ黒い姿の何かはずっと窓の外を見ていた。

 「遊ぼう」って言っても、真っ黒い姿の何かは窓の外ばかり見てこっちを見てくれなかった。

 外に何があるのか見たくても真っ黒い姿の何かが邪魔で見れなくて、ボクは外に出た。


 そこで、おねぇちゃんに会ったんだ。


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