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病院の怪 7

 手の方に痛みを感じて目を開けると、ミナはガラスの破片を握りしめていた。ぽたぽたと地面に落ちる血が、傷がかなり深いことを知らせる。


「?」


 朧気な意識の中で、状況を把握しようと当たりを見ると、目にしたのは大量のガラスの破片だった。

 いや。違う。エレベーターの中の光を反射するガラスだと思っていたそれは、割れた鏡の破片だった。


「っ!」

「おはよう。おねぇちゃん」

「!」


 抑揚のない声がして起き上がると、そこに居たのはユウだった。

 エレベーターは三階で止まっており、なおかつ扉には無理やり開けたような跡が残っていた。


「ユウ…」

「ボクね、おねぇちゃんが起きるの、ずっと待ってたんだよ」


 ユウは笑わない。ただジッと瞬きすらせずに金色の目でミナを見ていた。その目はまるで捕食者のように淡々としていて、身長差的には見上げているはずなのに、どうしてか見下ろされているように感じる。


「鏡は、どうしたの」

「ボクとおねぇちゃんとお話するのに邪魔だったから、始末したよ」

「どうやって?」

「簡単だよ。この建物はボクの思い通りになるんだ。だから、割れろってたった一言言えばいい」

「それはユウがここの『主人公』だから?」

「『主人公』?わぁ!いいね!『かんじゃさん』よりいいよ!そうだね!ボクはここの『主人公』なんだ。だから、なんでも思い通りになるんだよ」


 無表情から一変、楽しそうに笑うユウの答えにミナはユウがこの世界を理解していないのではないかと思った。

 そして、きっとユウは『主人公』じゃない。それは漠然とした勘だったが、でも、それは正しいとミナの心のうちが肯定する。

 ユウはユウ自身が言っていた通り、きっとここの『患者さん』だった。それがミナのように誂えたキャラクターではなく意志を持ち動いているのではないだろうか。

 会った時にユウに抱いていた警戒心が直ぐに緩んだのは、きっと、ユウがミナと同じだったからだ。


 けれど、その存在か、又は行動が何かのバグで彼を『主人公』だとこの『建物』が認識した。


 ふっとミナは笑った。それにユウが怪訝そうに首を傾げる。


 『建物』と『世界』。『患者』と『主人公』。どちらが強いかなんて、比べるまでもない。


「バグを正すにはどうしたらいいかな?」


 入院服を聞いてるユウに、同じく入院服を身にまとったミナが笑いかける。それは優しく、まるで聖母のようだった。その笑みにユウはゾッとした。


「ねぇ、どうしたらいいと思う?」


 ジャリ…とミナは音を立てて足元の鏡の欠片を踏み越えユウに近づく。

 ミナが近づくにつれてユウは訳の分からない焦燥感から少しずつ後退していく。


『バクを排除すればいい』


 答えないユウの代わりに答えたのは、ミナが踏みつけた鏡の欠片からだった。割れた破片から何重にも聞こえる声は聞き取り辛かったが、ミナはその答えにまた笑った。


 鏡から聞こえる笑い声が反響して、脳内に響いて気持ち悪い。


 そんな状況に、ユウは自分が有利だったはずなのに、いや、まだ自分の方が有利な立場なはずなのに押されていることに気付いた。

 笑っているミナが理解出来ずに恐ろしく、ジリジリとミナから距離をとった。


 ミナの手が伸びてくる。


 あんなに掴んで欲しくて、求めていたものが、今はこんなにも恐ろしい。


「ひっ!」


 悲鳴をあげて、後ずさる。けれど、とんっと背中に当たる冷たい温度に逃げ場はないと悟るしかない。


「いや、…いやだ!ボクは、ボクは『主人公』なんだ!!しまれ!しまれ!しまってよ!!なんで?!しまれよぉ!!」


 エレベーターの扉に「閉まれ」と叫ぶように言うユウに扉はうんともすんとも言わず、微動だにしない。

 ユウは涙目で懇願する。そこに捕食者のようにミナを見下ろしていた姿はない。憐れな被食者に成り下がったユウを、今度は逆にミナが捕食者の笑みを持って応える。


 ミナは閉まらないエレベーターの扉の境界線を悠々と超えてユウに近づく。


「『主人公』なら、どんな手を使っても逃げなくちゃ」


 その手はもう、ユウの首元を掴んでいる。


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