表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/53

病院の怪 6


 夢を見た。


 ミナは台所にいる母の背中を見ていた。その時きっと、世界は幸せな音で満ちていた。

 お母さんがいて、料理を作ってる。

 それは、当たり前の日常のはずなのに、どうしてか、匂いも音も、何もかも思い出せなかった。


 くるりと母が振り返る。振り返った母の表情は逆光に隠されていて分からなかった。


「お母さん…」


 母は何も言わなかった。顔の見えない母は、コトリと音を立てて私の前に白いお皿を置いた。

 出されたお皿には、何もなかった。


 ミナはそれを見て、隣に置いてあったフォークを空のお皿に突き刺した。ガチンッと嫌な音が静寂の空間を切り裂く。


「お母さん。お母さん」


 フォークを突き刺す。

 母は何も言わなかった。


「お母さん。お母さん。お母さん」


 ガチャンッと嫌な音が鳴る。

 母は何も言わない。


「お母さん。お母さん。お母さん。ねぇ、お母さん…」


 ガチッ、ガチャンッと何度も空のお皿に突き刺した。時にはキィと嫌な音を立てて、フォークの先が歪んでも、真っ白な皿にヒビが入ってもミナはその行為を止めなかった。


 やがて、耐えられなかったお皿がパキンッと音を立てて真っ二つに割れた。


 傷付いて、汚れて、真っ二つに割れたそれは、今のミナの心のようだった。


「私、お母さんの料理、食べたことないや…」


 母とはこういうものだと知識として知っていた。それに『お母さん』を当てはめようとした。

 けれど、音も匂いも知識としてしか知らないミナは再現出来ない。それが、目の前の何も入っていなかった割れた皿だ。


「お母さん。私、『主人公』なんだって。覚えてないし、そんなの知らないし、どうでもいいって思ってるけど…。でも、『主人公』ならさ、きっと、なんでも出来るよね…」


 ミナはこの世界がゲームであることを認めたくなかった。だって、ミナは今を生きているのだ。それをゲームだとか、決められたことだとか、そんな敷かれたレールを歩くようなことをミナはしたくなかった。

 だって、そんなのはつまらない。同じことの繰り返しの世界なんて、飽きてしまう。


 だけど、この夢でミナは知ってしまった。


 今まで当たり前だと思っていた日常は、ただの知識だった。食べるなんて行為、大体は一日に三回もあるはずなのに、ミナは経験したことがない。そんなの、可笑しいじゃないか。

 幼い頃の記憶もない。記憶にあるのは、教室で目覚めた時から。友達も、先生も、お母さんですらも、ミナは知識として、もしくは鏡の言い方を真似るなら『設定』の一部として覚えているだけ。ミナ自身が築き上げたものは何一つない。


「お母さんに会うことがハッピーエンドなんだって。なら私は、ハッピーエンドのその先をいきたいよ」


 割れたお皿の破片を握る。ピリッとした痛みが走って、赤い血がミナの手から滴る。

 赤い血が白い皿を汚していく。家の台所が消え、母が消えて、段々とミナは夢から醒めていくのを感じた。


「ねぇ、お母さん…」


 夢から醒める前に、ミナは真っ白な空間に呟いた。


「『世界』は『主人公(わたし)』の為に動くものよね?」


 それはどれだけ傲慢な言葉だろうか。

 けれど、この世界において、ミナの言葉は概ね正しい。


 ミナは言葉の端に疑問符を付けながらも、その口調は確信を持ったようにハッキリとしていた。また、その表情は、先が開けたように明るく、その目は勝利を確信していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ