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病院の怪 5

 エレベーターに乗ったミナは向けていた背を鏡の方に向けると、笑うソレをギロリと睨みつけた。


「それで、こんなとこまで追ってきてどういうつもり?」

『ミナを助けに?…なーんて、冗談だからその拳をしまってよ』


 ミナは握った拳を解くことなく無言で鏡に続きを促す。


『ここはミナの知る病院では既にない』

「は?」

『ここは、バグだらけだ。まず、私は『ユウ』と名乗ったあの子供のことを知らない』

「……どういうこと?」

『この世界は既に、既存のルートを外れているんだよ』

「そんなの最初から…」

『ミナが生き残ってあの学校を脱出したのは手順はどうであれある意味正規ルートだ』


 鏡は真剣な目でミナを見ていた。そこに嘘があるなど感じられない。


『この病院を攻略する為にミナの知識は役に立たないだろう』

「そもそも私はこんな所を知らない!」

『……それならそれでもいいよ。今は、ね。問題は、『ユウ』という謎の子供。この病院を攻略するキーワードはあの子供だ』


 あの子を何とかしなければ、と言う鏡は少なくとも今だけはミナの味方のようだった。

 好意には好意を返し、悪意や殺意には同じように悪意とそれ以上の明確な殺意とを持って制裁するミナは、握っていた拳を下ろした。


「…………本来は」

『ん?』

「…………この世界がゲームの世界だと仮定して…。そう、仮定して。本来はどんな風に物事が進むの」


 ミナの言葉に、鏡は真面目だった表情を一変してニヤニヤと笑いながらミナの問いに答えた。


『本来、この病院でミナが最初にすることは携帯の明かりを頼りに真っ暗の病院内を徘徊し、ブレーカーを見つけることだ』

「でもここは既に明かりが付いていた…」

『そう。誰かが、ミナよりも先にブレーカーを上げたんだ』

「それが、ユウ?」

『さぁ?そこまでは分からない。けど、その『誰か』が先にストーリーを進めていて、今この場においてミナは『主人公』では無いかもしれない』

「『主人公』じゃないとどうなるのよ」

『ミナに対しては特に影響はないと思うよ。だってミナはミナの意思で動いてる。そこにプレイヤーの意思は存在しないし、今までだってあんなに好き勝手してたのに消されてないもの。けど問題は、ここの『主人公』が『ゲームオーバー(死んだ)』場合』

「?死んだら終わりでしょ?」

『ここはゲームの世界だよ?死んだら終わり、なんて人間みたいなことが起こると思う?』


 その言葉に、ミナの脳内にザザッと砂嵐のような光景(ノイズ)が走る。


『この世界はね、『死』が最も近い世界だ。けれど、それと同じように、この世界で『死』は最も遠いところにある』


 白い部屋だ。匂いはない。ミナは、白いベットの上にいる。


『『死』は『終わり(最期)』ではない。この世界での『死』は『終わり(ゲームオーバー)』だ。』


 景色が変わる。

 ここは、教室だ。ミナが目覚めた場所。始まりの場所─…。


『ゲームが途中でゲームオーバーになったら、それでそのゲームはもう二度とプレイ出来なくなってしまう。…なんてこと、起こらないよね?』


 繰り返した。繰り返しだ。何度も。何度でも。


『そこからまた、始まるんだ』


 ミナは、窓側の一番後ろの席に座っている。いつだって、その席から見る外の景色は夕暮れしか思い出せない。


『私たちに『終わり()』は訪れない』


 ぶつり。とまるで電池が切れたおもちゃのようにミナの意識は途切れた。


 

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