病院の怪 4
「またお前か!!!!」
その言葉と共にミナは繋いでいた手を離し、ブンっと勢いよく持っていた鞄を鏡に向かって投げつけた。しかし、鈍器の入ってない鞄で鏡を割ることは出来ずに、鏡の中のミナは綺麗な姿のまま、笑った顔を崩すことをしない。
『酷いなぁ。そんなに警戒しないでよ』
両手を上げてニヤニヤと笑う姿は、怒りに眉を釣り上げて睨みつけるミナとは似ても似つかない。
『少なくとも私はミナの敵じゃないつもりなのに』
「はぁ?!」
『だってそうでしょう?私は一度もミナに攻撃してない。それどころか親切にもミナに色々と教えてあげたじゃない』
「親切ねぇ…」
ミナは胡乱気な視線を鏡に送る。攻撃してないと鏡は言ったが、確かに物理的にはミナは何もされていない。むしろミナが鏡に対してした方だ。けど、手は出していなくても鏡がミナに教えた内容がミナにとっては精神的に攻撃されたようなものだ。
『それで、ミナはこの世界がゲームの世界であることに納得は出来たかな?』
「できるわけがない」
『ん〜。ミナは頑固だなぁ』
困ったとでも言いたげな表情にミナの苛立ちはさらに募る。痛いのは嫌だが、背に腹はかえられないし、いっその事鏡に直接殴りかかってみるか。と脳筋な答えをミナが出しかけた時、隣から戸惑いがちな声が掛かった。
「おねぇちゃん?」
離れた手をもう一度繋ごうと、ユウの手が伸びてくる。
けれどもう、ミナはその手を取る気にはなれなかった。
何故なら、鏡にはミナしか写っていない。隣にいるユウが写っていないのだ。それに対する答えなんて一つしかない。
ユウは生きてる人間じゃない。
ミナは繋ごうとするユウの手から逃げるように鞄を取りにエレベーターの中へと入った。
『…ミナは『私』を選ぶんだ』
「うるさい。あんたはいざとなれば割れば良いだけだもの」
『あの子も殴ればいいだけじゃない?今までそうしてきたのでしょう?』
ユウは掴めなかった手を伸ばして不安そうな表情でミナを見ていた。
「おねぇちゃん…?」
「…………うるさい」
ユウから悪意は感じられなかった。繋いだ手は確かに質量があって、隣にいるのが人であると疑いもしなかった。
だから、そう。勝手な話、裏切られた気がしたのだ。同じ境遇の人間がいると安堵し、信頼した自分を何も言わずに騙していたのか、なんて。
「私は、もう誰も信じない」
ミナは最上階となる四階のボタンを押し、その扉を閉めた。




