マスク姿の女の怪 3
「綺麗、です…」
ミナが答えると、口裂け女はテンプレ通りに「これでもぉ?」とやけにねっとりした響きでマスクを外した。
耳まで裂けている口は、ぐぱぁとミナを一飲みできそうなほどに大きく開いている。
「……………………?」
恐らく、今まではこのタイミングで悲鳴を上げられたり逃げられたりしていたのだろう。
ちなみにゲームだと、どちらの選択肢を選んでも口裂け女はマスクを外し、その姿を見たミナは悲鳴をあげて強制的に鬼ごっこが始まる。
回避する行動はコンビニに入りべっこう飴を手に入れるか、上手く隠れながら逃げ切るしかない。
反応のないミナに逆に口裂け女が困ったようにミナを見ている気がする。
対するミナはここからどうするのが正解なのかと頭を悩ませていた。
もう一度答えてしまっているのだ。黙って逃げれば問答無用で殺される。それなら殺されないように答えるのが正解なのではないだろうか。
ミナは一周まわってそんな答えに辿り着いた。
「…………あ、はい。綺麗だと思います」
「…………。………っ!嘘を吐くな!!」
一瞬何を言われたのか分からないという顔をした彼女は、ミナが何を言ったのか理解して、そして、いつの間にか持っていた巨大な鋏をミナに突きつけた。
「なんで?」
しかしそれに怯むミナではない。口裂け女の目をしっかりと見たミナは問う。
「私が綺麗なはずがない!嘘を吐かないで!こんな、口が裂けた女を綺麗だと言うやつは、みんな自己保険で言ってるのよ!私は分かってる!」
じゃあ一々聞くなよ。とミナは率直に思ったが、それを口に出すほど馬鹿じゃない。
動揺するということは、今まで肯定されたことがないのだ。
そして、それでもミナを殺さないのは、きっと期待しているからだ。
ミナは一度目を閉じて、アホらしい、と軽蔑の色を浮かべた目を隠した。
そして目を開けて、しっかりと口裂け女と対峙する。その目にはもう軽蔑の色などない。あるのは、しょうがないなぁとでも言いたげな慈愛に満ちた色だ。
「綺麗だよ。だって、私が見てきた怪異の中であなたは一番綺麗な見目をしているもの」
それは半分真実だった。だって彼女は、上半身と下半身が分かれている訳でもなく、指が継ぎ接ぎで血塗れな訳でもなく、蠢く肉塊でもない。
嘘をつく時は真実を織り交ぜて話すこと。それがバレにくい嘘のつき方だと誰かが言っていた。
だから、例え口が裂けていて、どれほど恐ろしい見た目をしていても、血塗れの姿じゃないだけまだマシだとミナは自分を納得させながら答えた。
「…………嘘だ。嘘よ。嘘、」
「嘘だと思いたいなら私を殺せばいい」
「え…」
「嘘だと、貴女がそう思いたいなら私を殺せ。私を殺した瞬間に貴女は自分が「綺麗ではない」と認めることになるが、それでもいいなら私を殺せ」
ミナは笑っている。
首にかかる鋏に手を添えて、まるで神のお告げを告げる天使のようにその声は優しかった。
「あ、あぁ、あぁああああぁぁぁ…」
口裂け女が泣き崩れた。
そしてそのまま緑の粒子となり空へと上っていく。
それを見届けたミナはポツリと呟いた。
「…………なんだったんだ……」
口裂け女の怪 了




