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揺れる人影の怪 3

 あの女学生が消えてから、体育館にはまたギッギッという音が聞こえてきた。

 それは上から、ギッギッ、ギッギッ、ギッギッ、ギッギッ、ギッギッと不協和音のように複数の音が重なり聞こえてくる。


 スマートフォンの光を上に向けると、そこには何十人もの老若男女が天井からぶら下がっていた。

 その光景に悲鳴をあげることもなく、ミナはあの女がいないか天井にぶら下がる人たちを照らして目を凝らした。


 ギッギッと揺れる首吊り死体達に、ミナは何の感情を向けることもしない。

 そして上を見上げていると、ブチッと何かが切れる音がした。それはミナのすぐ真上から。

 もちろん気付いたミナは避けた。そこに落ちてくる首吊り死体の一人。ぐしゃりと潰れる音がして、ミナの足元には飛び散った血と目玉が一つころりと転がってきた。

 その目が恨めしそうにミナを見ている気がして、ミナはそれを死体の方へと蹴り返した。


「気持ち悪い」


 心底軽蔑したような声だ。だがその顔に表情はない。

 その声をきっかけにしたのか、ぶち、ぶち、と何かが切れる音がしたかと思うとミナのいるところへ落ちてくる何人もの首吊り死体たち。

 ミナはそれを既に床へと落ちてきた死体を踏みつけてでも回避していた。


 ちなみにこれはゲームだとちょっとしたミニゲームに分類される。

 広い体育館の中を死体が落ちてくるのでそれを避けて逃げ切らなければならない。そしてゲームでは落ちてきた死体はそのまま障害物となるので踏み越えることは出来ないので、これが本当に邪魔なのだ。そして、落ちてくる位置はランダムなので、場合に寄っては避けることが不可能な場合もある。


 しかしミナは落ちてきた死体を何の躊躇もなく足蹴にして落ちてくる死体たちを回避していた。


 やがて死体のストックがなくなったのか、ギッギッという不快な揺れの音も聞こえなくなっていた。


「これで私を殺す気だったの?」


 嘲り。ミナの表情はこれに尽きる。

 それに反応したのは怪異である女学生だ。


『……可哀想な私の友達』


 ギッギッ、と消えたはずの音が一人分、また聞こえてくる。


『ずっと一緒だったのに。寂しかった私の、たくさんの友達』


 あの音からして上から聞こえるはずなのに、いない。その声はどこから聞こえてくるのか分からない。


『でも、直ぐにミナも私の友達になってくれるから、寂しくないよね』

「誰がなるか」


 反射的に答えながら、ミナはスマートフォンのライトで周りを照らす。


『ミナと友達になったら、ミナの友達も一緒に友達になろうね』


 笑っているのだろう。クスクスと聞こえる声が本当に耳障りで、ミナは眉を顰めた。


『そしたら寂しくないよ。だって、ずっとみんな一緒だもん』

「嘘つき」

『嘘?』


 ミナは周囲を警戒しながら言葉を続けた。


「そんなこと思ってないくせに。友達とか都合のいい言葉使って、結局は一人で死ぬのが怖いだけのくせに」

『そんなことない!私は、寂しいから一緒にいたいだけ!だって、こうしたらずっとずっとずーっとみんな一緒だもの!』

「くだらない」


 怪異の言葉をミナは一蹴した。


「可哀想だね。あんた達って」


 その瞬間。ドンッと言う音が体育館に響いた。

 ボールが無尽蔵に跳ね、体育館の窓はガタガタと酷い音を立てている。体育館の明かりは付いたり消えたりを繰り返し、一言で言うのであればポルターガイストという現象がミナを襲った。


『私は可哀想じゃない!』


 ボールがミナに向かって飛んでくる。


「いった、」


 弾いた手がボールのスピードに耐えきれずジンジンとした痛みをミナに与えた。


「可哀想だよ。だって、私を殺そうとすることですら自分の意思じゃないんだろ?」

「違う!!!」


 突如として目の前に現れた女学生がミナの首を締める。白い細腕からは想像出来ないほど強い力で締め付けられるが、ミナもその手を掴む手に力を込め、負けるかとばかりに目の前の少女を睨む。


「っ違、わっ、ない!!ちが、わ、ないっ、だろ?!でも、わ、たし、っは、ちがっ、う!!!自分、の意思でっ、生、きて、う、ごいて、喋っ、て、戦う!!!」


 ミナの爪が少女の手に食い込む。傷を付けた場所からどろりと黒い霞のようなものが溢れた。


「っざまぁ、みろっ!」


 ミナは笑った。首を圧迫され、息が吸えない。苦しくて視界が霞む。死ぬかもしれない。死にたくない。生きることを諦めたわけじゃない。それでも、もうダメだと思った。ミナの手から徐々に力が抜ける。

 だから意識が落ちるその瞬間まで、ミナは苦しみながらも。『私の勝ちだ』とその笑みに乗せた。心までは死ななかったミナの最後の抵抗として。


 ミナを殺すことが存在意義だと謳った少女に、『ほら見ろ。お前は結局、誰かの思惑の中で動かされて動いていただけの化け物だった』とミナは嗤った。


 霞む視界の中で見たのは、目を驚きに見開いた少女の顔だった。


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