揺れる人影の怪 2
──────ずっと、寂しかったの。
ギッ、ギッと何かが揺れた。
───────ずっと、独りだったの。
ゆらり、ゆらり。と何かが揺れる。
─────────ずっと…。ずっと…。
それに合わせて影が揺れた。
──────────でもね。今はもう寂しくないの。
ゆらり。ゆらり。とそれは揺れている。
────────────だって、**がいるもの。
***
「っ、」
ぞわりとした寒気がミナの背中に伝い、体育館へと向かう足を止めた。
「は」
しかし足を止めたのは一瞬で、ミナは感じた悪寒を鼻で笑うと直ぐに歩き出した。
それは強がりはなく、巻き込まれるしかないという諦めにも似た自嘲だった。
「(あぁくだらない)」
ミナの足は真っ直ぐ体育館に向けて進んでいく。それを邪魔するモノはいない。
そして、十分もしないうちにミナは体育館へと辿り着いた。開かないとは分かっていても試しにドアを引いてみる。もちろん開かなかった。
鞄の中に仕舞っていた最後の鍵を使い、鍵を開ける。
扉に手をかけたミナは一つ大きく息を吐いて、体育館の扉を開けた。
ガラガラッと大きな音を立てて開いた扉の奥は広い闇が広がっていた。その闇から、ギッギッと何かが揺れる音がする。
ミナは鞄を握りしめると、体育館に上がり込んだ。
スマートフォンのライトを頼りに音のする方へと一直線に歩いていく。
ギッギッという音はミナが歩く度に大きく鳴った。そして、ライトの光に照らされたミナの進行方向に影が写った。
ミナの影じゃない。それは右に左にとゆらゆらと揺れている。その揺れに合わせてギッギッという音が聞こえてくる。
上だと思った。
パッとライトを照らすと、そこには何もなかった。
ミナは苛立ちを隠しもせずに舌打ちをすると、次の瞬間、持っていた鞄を思いっきり後ろに向けて振りかぶった。
普通なら何も居ないことに安堵し、気のせいかと後ろを向いた瞬間にいると言うのがホラーの定番のパターンだが、今のミナは早くこの『イベント』を終わらせたい気持ちでいっぱいだったのだ。
だから、ホラーの定番なら後ろにいるのだろうと妙な確信を持ってミナは足をしっかりと開き、腰を落とし、グッと体を捻ってから渾身の力で後ろにいるはずの何かに向けて鞄を振り回した。
そしてその予想通り、ミナの鞄は何かに直撃した。
「ぐえっ!」
人のような声を上げたそれはミナの勢いで吹っ飛ばされたのか、ミナよりも少し離れた所に転がっていた。
ライトで照らすと、そこに居たのは一人の女学生だった。
どうしてこうも女の霊が多いのだろうかとミナは一瞬そんなどうでもいいことを思った。
実際、今までミナが遭遇した怪異の八割が女だった。ちなみに残りの二割は、一割が男(音楽室の幽霊、人体模型)で、もう一割が性別不明、もしくは判別不可能(鏡、保健室の肉塊)である。
ミナはぶっ飛ばした女学生に近づくと、床に広がる髪を無造作に掴んだ。掴んだ髪をグッと引っ張ると女の顔が少しだけ浮く。それでもその表情は長い髪に隠れて見えない。
「ねぇ」
「ひっ!」
女学生が怯えたような声を出す。これではどちらが被害者か分かったものではない。
「私、家に帰りたいんだけど?」
ミナの声は平坦だった。
「ねぇ。誰のせいでこうなってるの?誰が私をここに呼んだの。どうして私がこんな目に合わなきゃいけないの。どうして私がお前らに付き合わなくちゃいけないんだ。ねぇどうして?あぁ、そっか。この世界はゲームだったんだよね?この世界はゲームなんだって。私はキャラクターなんだって。ねぇ今どんな気持ち?これがホントにゲームならさ、お前が私の下にいるのって可笑しくない?でも、この世界が現実なら、可笑しくないよね?だって、私は生きてるもの。自分の意思で動いて、話して、歩いて、傷付いて、生きて、喋って、生きてるもの」
淡々と言葉を繰り返すミナは底の見えない真っ黒な目をして怪異を見下ろしていた。
これではどちらが怪異なのか分からない状態である。
「お母さんに会いたいのも帰りたいたいのも私の意思だし、ここに来たのだってアレに唆された訳じゃない。私は私が決めてここに来たんだよ。そうだよね。ね?そうだろ?私は生きてるもんな。でもお前らは死んでんだよ。なぁ、なんか言えよ。私がおかしいの?いや、可笑しくはないよ。私は普通だもん。おかしいのはお前らだよね。おかしいの。ホントにさ、なんで私なの?他にも人間なんていっぱいいるじゃん。何を持ってして私を選んだんだよ。そんな特別いらねーんだよ。まじで。なんなんだよホント。まじでさ、ねぇ?聞いてる?」
「あ、はい、聞いてます」
思わず怪異が敬語で返すほど、ミナの圧は凄かった。
今まで溜まっていたものをここで発散するかのようにミナは捲し立てた。
「そもそもさ、あんたはなんな訳?」
「あの、一応ここの怪異、デス…」
「で?あんたは私を殺すの?」
「その予定、でした…」
「なんで?」
ミナがしゃがんで怪異と目を合わせるように覗き込む。その姿はまるでヤンキーである。
髪の隙間から僅かに見える目がミナと合う。
そして、先程までの怯えとは一変して彼女は温度のない表情と声音で答えた。
「それが私の存在意義だから」
青白い肌に吸い込まれそうなほど真っ黒な瞳が彼女が怪異であることを思い知らされる。
そして、彼女はすぅと溶けるようにその姿を消した。
『だから、絶対にミナを殺すの』
聞こえてきた声が耳障りだった。




