揺れる人影の怪
一体何時間の時が経っただろうか。いや。そんなに時間は経っていないのかもしれない。
ミナは窓から見える燃えるような赤色の空にそう判断して、歩き始めた。
目指す場所は体育館ではなく、昇降口だ。
ミナはあの鏡の言葉を世迷言だと切り捨てて、帰るために昇降口へと向かっていた。
「私は自分の意思で生きてるんだ。馬鹿にすんな…」
鏡に言えなかった言葉を吐き捨てながら荒々しい足取りで歩くミナがようやく昇降口まで辿り着く。
「やっと…」
扉を開けようと手をかけるも、その扉は頑なに開かなかった。
「っ!」
扉を引いても押しても、鍵は掛かっていないはずなのに開かなかった。
ミナは取っ手を持ったまま俯いた。
「……ふざけんな、」
そして、ミナは渾身の力で開かない扉を叩きつけた。
手が痛い。それでもミナは何度も叩きつけた。
「ふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんなふざけんな」
きっと、この扉はミナが体育館に行って鏡曰く『イベント』をこなせば開くのだろう。
あぁ。けれど。それはなんて滑稽だろう。まるで鏡の言葉に、掌に、踊らされてるみたいだ。
鏡の言葉がミナの頭を巡る。
それを否定するように叩きつけた手は、じんじんとミナに痛みを訴える。
視界が滲むのは、痛みと、ミナの心に不安と恐怖があるからだ。
それでもミナの足が立ち止まらずに進むのは、怒りと、帰りたいという願いがあるからだ。
だから、この世界をゲームの世界だと言った鏡の言葉をミナは認めない。
「夢なら、醒めてよ…!」
その瞬間、何かの映像が一瞬だけミナの脳裏に過ぎった。
砂嵐のような映像は何を映しているのか分からなかったけれど、そこに真っ白の空間が広がっているということだけは分かった。
「っ、なに?今の……」
痛みに頭を押さえるも、それに応える声はない。
「くそっ!」
ミナは最後に思いっきり扉を叩きつけると、昇降口から背を向けた。
向かうのは体育館だ。
───────ギッ、ギッと何かが揺れる音がする。
それに合わせてゆらり、ゆらり、と影が揺れた。
楽しげに唇を歪ませて、それは、ミナを待っている。