音色を奏でるモノの怪 9
一階まで降りたミナが真っ先に向かったのは保健室だった。
持っていた鍵で保健室の扉を開ける。開けた瞬間に消毒液の匂いと血の匂いが鼻をついた。
「ぅ、」
その匂いは閉じたベットスペースの中から強く発せられている。
ぴちゃん、と何かが滴る音が嫌でもあの音楽室と重なる。
ミナは咄嗟に入口付近にあった箒を手に持ち、臭いの酷いベットスペースへまで足を運んだ。
いざとなればこの箒を振り回すつもりだった。
「……ふぅ」
息を整えて、目は逸らすことなくベットの奥の何かに向けて、ミナは握った箒に力を込めた。
仕切られたカーテンを開けたくないと心臓は煩いほど鳴っている。
それでもミナは知らなければいけない。
見なければいけない。
進まなければいけない。
そうしなければ─…。
カーテンに手を伸ばそうとしていたミナの手が止まる。
「(そうしなければ、私、は……。何だ。)」
そうしなければいけない理由が霞が掛かったように思い出せない。
「(開けたくないなら、開けなくても良いじゃないか。怖いなら、今すぐ、楽譜なんて放って、逃げたって良いじゃないか。)」
ミナの顔が苦しさに歪む。
「(どうして私は、ここを開けなくてはいけない、なんて思うんだ)」
それがキャラクターとしての記憶だと教えるものは誰もいない。
開けなくてはいけないと思う自分と、開けたくないと思う自分の思考にミナは動けずにいた。
「…………ぉ、かあ、さん…」
そんな極限状態の中、呟いた言葉は無意識だった。
しかしその言葉は、極限状態だからこそ、ミナの全てだった。
母に会いたいその一心で、ミナは心を決めた。
「(お母さんに、会うためだ)」
ミナは一度深く深呼吸をしてから勢いよくカーテンを引いた。
いっそう強い腐臭が、ミナの鼻をついた。