仁の覚悟
白い部屋。一点の穢れも知らないその部屋はどこが壁でどこが天井なのかも分からない。もしかしたら部屋ではないのかもしれない。妙な浮遊感に違和感を覚えながら辺りを見渡す。
しかし俺以外の気配もなく肩を落とす。
(............ッ!)
瞬間、俺は左胸を押さえて『あること』を確認する。
...ない。傷がないのだ。
あのとき、薄れていく意識の中確かにレイに撃たれたはずだ。
しかし、撃たれたであろう場所には傷一つ付いていない。
傷口から多量の血が流れ手足が冷たくなる感覚、脱力感は鮮明に思い出せる。
ということは考えられることは限られる。
(そうか、俺は死んだのか)
不思議と残念という気持ちは微塵も存在しなかった。あの世界に来て大変な思いを沢山したがそれ以上に充実していた。
ただ1つ。後悔があるとすればレイだ。
あの少女によって堕天してしまった。
堕天したレイの反回復は強力であのままだとレイはきっと人を殺めてしまうだろう。
責任感の強いアイツは不本意というのでもそれに耐えられないだろう。
『宮野仁。汝に問う』
天井方向からエコーの掛かった声が聞こえる。声的にはかなり渋いダンディーな雰囲気だ。
「誰だ?」
『汝からの問いには答えられぬ』
「随分と勝手だな」
『汝の罪はなんだ?』
「なんだ?最後の審判か?」
最後の審判とは神が人類を裁き天国と地獄とで分けることだ。
俺はしばらく考える。
長い沈黙のあと、俺は口を開く。
「これを罪と言っていいのか分からないが、レイを巻き込んだことかな。俺が巻き込んでしまったからモンスターが溢れる世界に来てしまった。俺が巻き込んでしまったから堕天した。レイはきっとあのまま『天使』という役職を全うして人々を幸せにするのが向いていたと思う。てめぇが神なら俺はどうなってもいいから、死人の最後の願いとしてレイを天界へ連れ戻してくれないか?」
その言葉に嘘偽りはなかった。
次の瞬間、ボンッと白い煙を上げて俺よりも少し年上であろう男性が出てきた。金髪に背中から生える大きな純白の羽。
そして頭には淡く光る輪。
「汝の言葉に嘘偽りがないことはわかった」
その声は先程の渋い声と同じだった。
「そして汝に1人の『父親』として頼みがあってこの場所に来た」
「父親...?」
俺がオウム返しに聞き直すと男性は自慢気に腕を組む。
「いかにも、俺はあの超絶美少女のレイチェルの実の親なのである!」
「えー、よっぽど奥さんの遺伝子が優秀だったんですね...」
男性はどちらかというとイケメンの部類なのだがそれでもレイの次元が違う可愛さには及ばない。
「君って結構辛辣なのね...。確かに僕の奥さんは可愛いよ。なんで僕なんかと結婚してくれたのか不思議なくらいだよ...」
いじけたようにしゃがんで指をモジモジとさせている。
なんかこの人、さっきからキャラがブレブレで掴みにくい。
「あの、頼みって...?」
「あ、そうだった!汝に我が娘レイチェルを救ってほしいのだ」
結局最初のキャラでいくのね。
あえて触れないでおこう。
「救ってほしいって言われても俺って死んでいるんだからどうも出来ないんじゃ?」
「うむ、実際汝は死んでおり魂と肉体は離れている。しかし完全には死んでおらぬ。今ならまだ我が力を与えて生き返らせることも可能だ」
「でも、生き返ったところでレイは今あの子に操られているからまた殺されて終わりじゃ?魔力も使い果たしたし」
折角生き返ってもまた殺されて戻ってくるのがオチだ。レイの魔力が尽きるまで繰り返すわけにもいかないだろう。
「汝の嘘偽りない言葉をレイチェルに言えばあの子は戻ってくる。私の娘はそういう子だ」
「嘘偽りない...」
「私の娘を頼む。あの子に黒い翼は似合わない。あの子は純真な天使だ」
..............................。
意識が戻る。
硬いレンガの地面の感触が伝わる。
どうやら生き返ったようだ。
目の前にはレイと黒髪の少女の後ろ姿があった。
撃たれた胸も治っている。
魔力が尽きかけているため、体が気怠いのは仕方がない。
言うことの聞かない体に鞭を打ち、起き上がる。
「レイ!」
力いっぱい叫んだその声に反応して目の前にいるレイが振り返る。
その顔は俺が知っているレイの顔ではなかった。絶望に満ちた顔。
少し驚いたように眉を動かしたレイだがすぐに表情を戻す。
後ろにいた少女がレイの耳元に口をやり、囁く。
「殺りきれてなかったんだ。ほら、あの憎い顔を見て。今度こそ、その手で消そう」
少女の言葉に従うように右手を俺に向けて魔法陣を展開する。
その目に一寸の迷いもなかった。
魔法が放たれた。
鋭い痛みに襲われて倒れ込みそうになる。
膝が笑っていて、いつ倒れても可笑しくない。
「しぶといね...早く楽にしてあげなよ」
連続して魔法が放たれる。
しかし、俺は避けることなく全てを体で受け止める。服はボロボロになり体の至る所から出血している。
視界がボヤける。だがまだ倒れるわけにはいかない。
「レ.........ィ.......すまない......」
消え入りそうな声で言う。
すると、レイの魔法が止まる。
俺は続ける。
「俺のせいで...こんな世界に...。今更謝って済むとは思わない。だがこれだけは言わせてくれ。俺はおまえとの時間、全部が楽しかった。冗談を言ったりして...。おまえはどう思っているか分からないが少なくとも俺にとっては心地良い時間だった。俺はずっとおまえの隣にいたかったが、おまえが俺のことを殺したいなら悔いはない....殺りたきゃ殺れ」
「ほら、レイ!その男を殺せ!」
少女が声を荒らげる。
「仁.......さん...」
レイの口が微かに動き俺の名前を口にする。
「レイ!戻ってこい!」
俺の叫びにレイは頭を押さえて体勢を崩す。
「ぐ......ぁあああああああッ!!!」
断末魔が響く。
そして、闇を具現化したような翼が徐々に元の純白な翼に戻る。
完全に元通りになると糸の切れた人形のようにその場に倒れ込む。
「ど、どうしてだ!?コイツの男を憎む気持ちは確かに存在していた!それなのに何故!?」
少女は理解できないことのように慌てふためく。
「さあ、次はてめぇの『番』だ」
まだやることが俺には残っている。
そのために足を踏み出す。
魔王の娘ちゃんはヒロイン候補なので殺しませんよ?
女の子を殺すなんてこころが痛すぎます
(´。・д人)シクシク…