レイの危機
気が付けば、私はギルドの外にいました。
ギルドの騒がしい声から逃げるように路地の方へ向かいます。
次第に足取りは早くなっていき、路地の奥へ着きました。
息を整えて気の赴くままに歩きだします。
道の隅のほうには帰る家がないのか、壁にもたれて死んだように眠っている男性や闇市のような商売をしている人たちがいました。
この世界から弾き出された人たち。
それはまるで今の自分のように思えてしまった。
元々私は天界にいた身。この世界では異分子のような存在。
一緒に来た宮野仁さんはエナさんという新しい仲間を作り、それなりにやっている。それに仁さんは恐ろしいほどの魔法の才能を持っていて、数年後には立派な冒険者として活躍している予感がします。
それなのに私ときたらロクに魔法を使えない上に迷惑ばかり掛けてしまって。
ダメだ。1人になると余計にネガティブな考えばかり浮かんでしまう。
ギルドに帰って仁さんやエナさんに相談してみましょう。
そう思って踵を返し、元来た道を戻る。
「お嬢さん、あんた悩みがあるねぇ...」
男性とも女性とも取れる声が背後でする。
背中の鳥肌が一斉に立ち、ぞわっとした感覚が襲う。
「あ、あなたは...?」
「あたしかい? あたしは占い師さ。ただの変哲もない占い師。ところで嬢さん、ちょっと占ってやろうか?」
顔を深い紫の布で覆い、目だけを覗かせている。その目が笑い不気味な雰囲気が増す。
そもそも占い師というのはほとんどがインチキで、私たち天使の長、つまり神が知恵を授けるのはほんのひと握りの人間で巷に蔓延っている占い師はペテン師だ。
通常の私ならそんなものは無視していたのだろうが、今の精神状態では嘘だと分かっていても頼りたくなる。
私はボロボロの木の椅子を引いて占い師の目の前に座る。
机の上には水晶玉があり、それに反射して私の顔が映る。
「それじゃあいくつか質問するがよろしいか?」
「...勝手にどうぞ」
ペテン師の占い師は質問の最中に私の視線の動き、答えるまでの間。声音の変化。その他のことを見て悩みを言い当てる。
つまりは機械的に答えてしまえば言い当てられることなどない。
「む? 今おまえさん、あたしのこと疑ったね?」
「別に.......」
「いいじゃろ、言い当ててやろう」
言い当てる? そんなことペテン師占い師に出来るはずがない。そう腹を決めていた私の考えは次の瞬間に覆る。
「おまえさん、連れの足でまといになって落ち込んでおるな? 魔法が思い通りに発動出来なくて歯痒いのだろう? 自分が嫌で嫌で堪らないんじゃろ?」
ゆっくりと語りかけるように話す占い師。
嘘だ...、こんな人に言い当てられるなんて。
「おまえさんは【特殊】じゃからの。特別に導いてやろう。おまえさんは回復魔法の才に満ちておる」
「回復...魔法?」
オウム返しに聞き直す。
回復魔法には1つの心当たりがある。エナさんが私の捻挫した足を治してくれた魔法だ。
「そう、今おまえさんが思っている魔法じゃ。しかしおまえさんの才はそれを上回るものだ」
またしても思っていることを当てられた。
この人はただものではない。本能がそう告げている。
「でもどうすれば...?」
「大丈夫じゃ、あたしの言う通りにすれば全て上手くいく」
私の肩に手を置き、まっすぐと瞳を見て占い師は言う。
もう、さきほどまでの疑心感はない。
ーーーこの国、べリオンにはこんな伝説がある。べリオンは魔王を倒した勇者の一族の出身の国らしい。
魔王を屠った勇者は故郷に帰ると1人の少女を連れていた。歳は7歳ほどだったらしい。その少女は普通とは異なっていた。頭には小指の第一関節ほどの長さの真紅の角が生えていたらしい。
勇者の話ではその少女は魔王の娘で人型の魔物との間に産まれた子供で、魔王は最後まで娘を守りながら勇者との戦いをしていた。魔王の最期は娘に覆いかぶさるように散ったようだ。
その姿を見た勇者は娘を殺さず故郷に連れ帰り故郷の地下に封印したという。
国民は処刑しろという声も幾つかあったが勇者は頑なに了承しなかった。
封印した際に勇者は「いつかこの子を正しい道に導ける人が現れたとき、この封印を解く」と言ったらしい。
その仕事は勇者の仕事ではなかった。
理由としては「唯一の父親を殺してしまった俺にこの子を導く権利はない」ということだそうだ。
そして勇者が死んで100年以上の時が経った。
誰一人地下の封印を解いたものはいないという。
一種の都市伝説として扱われるこの話。
果たして嘘か真は確かめる術はない。
ーー占い師に指示されるがまま、私は路地の行き止まりに足を運ぶ。
占い師は壁に手をかざすと壁の一部が階段に変化した。覗き込むと深い闇が続いていた。
占い師はなんの躊躇いもなく階段へ向かう。
照明もほとんどなくほぼ闇を進み、着いた場所は大きな部屋だった。とても広い、そして何もない。
その部屋の中央には1人の少女が座っていた。黒髪が特徴でショートとロングの中間ほどの長さだ。
占い師は腰を低くし、頭を垂れた。
「生贄を連れて参りました」
【生贄】という言葉で私は我に返る。そうだ、こんな話があるはずがない。なのになぜ騙されてしまった? 不安だったから? 色々な後悔が頭を駆ける。
少女は私の方を睨む。その頭には真紅の角が2本生えていた。明らかに人間ではない。
「リース、ご苦労だった」
名前を呼ばれ、占い師は深々と頭を下げる。
「ありがたきしあわせーー」
グシャリッ!
耳障りの悪い音が部屋に響く。
放たれた黒い魔法が占い師の胸に深々と刺さる。鮮血が飛び散る。
顔に付いた血をペロリと舐めとるアリス。
「不味いな、貴様はどんな味がする?」
数メートル離れていた距離を刹那で詰め寄る。身動きさえ取ることができなかった。
そして首元に鼻をやり、すんすんと匂いを嗅ぐ。
「? おまえこの世界のやつではないな?」
少女はすぐに答えに辿り着き、頭を抱えて高らかに嗤う。
「そうかそうか! 貴様は天界の住民か! それなら我の半身として申し分ない!」
狂ったような笑い声が耳を劈く。
「我は勇者の呪いにより〝この体では〟外に出ることが出来ない。他の体を乗っ取ることも可能だが人間は脆弱だ。我の魔力に体がもたんのだよ。だが天使である貴様なら話は別だ。その体...もらうぞ!」
少女から黒いオーラが発生し、私に襲いかかる。
咄嗟に自分の魔力で体を包む。
襲いかかっていたオーラは弾かれ、少女の体に戻る。
「さすがは白と黒。一筋縄ではいかないということか。しかし...」
次の瞬間、少女から先程の何倍ものオーラを発動する。
「我の魔力は無尽蔵! 貴様の魔力が切れるの待つだけだ」
黒いオーラが私を飲み込む。視界が黒に染まる。
怖い。私はこのままどうなるんだろうか。
少女の半身となって操られるのだろうか。
仁さんはそんな私をどうするだろう。見捨てて逃げるのだろうか。
むしろそっちのほうが助かる。初めて出来た仲間を傷付けたくない。
私の意識は闇に落ちていった。
その時に感じたものは。
孤独だった。
リアルがちょっと忙しかったです。
次は主人公視点に戻ります。
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