冒険者ギルド
森を抜けるとそこには平原が広がっていた。
日は沈みかけ、空には茜色が広がってる。
疲労困憊の重い足取りの中、数々の人が踏んで道が出来ているのを辿り街へ向かう。
すると背後から馬車に乗った初老のお爺さんがやってきた。
「すみません、べリオンまで乗っていっても大丈夫ですか?」
エナが馬車を停めて交渉する。
べリオンというのは街の名前のようだ。
「べリオンにか? ちょうどワシもそこに行っていたところだから乗れ。でも乗り心地は保証せんぞ」
馬車の荷台を見ると鉄鉱石と思われる鉱石類が木箱5つほどに詰められており、おそらくこれを売りに行くのだろう。
「「「ありがとうございます!」」」
砂漠にあるオアシスのような救済に歓喜の声を漏らす3人。
荷台の空いているところに乗り込む。やっと休憩らしい休憩をすることが出来た。
レイも疲れていたのか数分で深い眠りに入った。
「この鉄鉱石、どうするんですか?」
「得意先の鍛冶屋に売りに行くんだ。俺の採った鉱石は質が良いらしくて上質な武器が作れるらしい。よかったら兄ちゃんも買ってくれ」
話してみると案外話しやすかった。この手の人は頑固そうな勝手なイメージがあったが。
「どうして兄ちゃんはこんなところに?」
「実は俺、冒険者なんですけど今日が初めてで。間違ってスライムに水魔法使うくらいの。そこへ、この勇者さまが救ってくれたわけです」
俺はエナを指差して説明する。エナはお爺さんと目が合うとぺこりと会釈する。
「スライムに水魔法!? そりゃあ初心者も初心者だな!」
シーンとした平原にお爺さんのカラカラとした笑い声が響く。
どうやらスライムに水魔法は誰もが知る愚行のようだ。
「にしてはエラく嬢ちゃんもボロボロだな」
「いや、この森を抜けようとしていると運悪くギガンテスの変異種に襲われまして」
会話を振られたエナが答える。鎧の所々は砕け、もはや防具としての意味はほとんど成していなかった。
「変異種に? 近頃変異種が目撃されているって騎士団のほうが呼びかけしていたな」
お爺さんは思い返すように顎に手を当てる素振りを見せる。
「そうなんですか?」
「あぁ、だから近くのギルドに変異種の討伐を依頼するところが増えてな」
「ギルドってなんだ?」
俺はエナに質問する。
「ギルドっていうのは冒険者連合っていうところで大きな街には必ずと言っていいほど存在する。そこでクエストを受注してそれをクリアして報酬を貰うのが冒険者の主な収入だよ。それに冒険者同士で集まってチームを組んだりすることも出来て1人じゃ無理なクエストもやったりする」
「チームを組むメリットってあるのか?」
「チームは一種の信頼になる。個人で受けるよりも信頼もあって成功率もそのぶん高くなる」
「エナはチームに所属しているのか?」
俺の問いにエナは首を横に振る。
「あたしは1つの街に居座ることがないからチームには所属していないよ」
その理由としてはエナの使命にあるだろう。勇者の末裔で遺品を回収するというものだ。
「けど大変じゃないのか? 1人で遠い街へ行って」
一緒に冒険する仲間がいないのは予想以上に辛いだろう。俺もレイがいなかったら精神的に病んでいたかもしれない。いるだけで支えになる。
「もう慣れたよ、それに仲間を失うのは嫌だから...」
そんなことを言うエナの表情はどこか遠くを見つめ過去を懐かしむような目をしていた。
「もう寝るね、おやすみ」
声を掛けようとしたら背中を向ける。
しばらくすると一定のリズムで呼吸していた。眠ったようだ。
俺は沈みきった空を見た。
この世界にも星はあるようで心做しか元の世界よりも綺麗で一つ一つが輝いているように見えた。
ノリでこの世界に来て、色々な目に合ったが今の俺は30年間の中で1番生き生きとしているだろう。
「すみません、あとお願いします」
「おう、ゆっくり休め」
運転手のお爺さんに一言断りを入れてから就寝することにした。
すぐに眠気の波はやってきて、俺は身を委ねる。
ーーーーーーーーーーーーーー
馬車の振動で目が覚めた。
節々が痛い体を起こして周囲を確認する。
まだエナとレイは寝ているようだ。
「目が覚めたか? もうすぐ着くぞ」
お爺さんが指さす先には中世のヨーロッパを彷彿とさせる街並みだった。レンガ造りが中心で落ち着いた雰囲気の街だった。
空を見てみると白くなり始めていた。どうやら朝を迎えたらしい。
「もう着くみたいね...」
声のした方を見るとまだ眠そうな目をしているエナが起き上がっていた。
俺はレイも起こして着くことを知らせる。
こいつどんだけ寝ているんだよ。
「仁くんは街に着いたら1番にどこ行くの?」
だんだんと意識が覚醒してきているエナが尋ねる。
んー、何があるか分からないがとりあえず金が欲しい。幸い、ギガンテスからドロップした魔石がある。
「魔石を換金しに行くかな。よかったら案内してほしいんだが」
「それくらいなら別に大丈夫だよ」
「悪い、助かる」
闇雲に街を歩いているとせっかく回復した体力をまた無駄に消費してしまう。
街の入口らしい大きな木の門を潜り、街に入る。
「それじゃワシは関税所に行くからここでお別れだ」
「本当に助かりました。ありがとうございました」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
3人で丁寧に頭を下げてお礼の言葉を口にする。
お爺さんは右手を軽く挙げて馬車を走らせた。
世の中こんなに優しい人もいるんだな。
「最初に換金所に行こうか、その次は冒険者ギルドへ」
そういってエナが歩き出した。
俺たちは街を見回しながら付いていく。
あとで必要なものを買い足したいから場所を覚える。
「どうした? 元気がないじゃないか」
異様にテンションが低いレイ。もしかしたらどこか怪我をしているのかもしれない。
「いえ、別に何もありませんけど......」
その返事すら元気の無い様子だ。
だが本人が大丈夫というのだから追及することはできない。
5分程度歩くと小さなレンガ造りの家にたどり着く。入口の近くにある看板は袋に入った金の絵があり、換金所だとひと目でわかった。
ドアを開けるとカランッカランッと鈴の心地よい音色が聴こえる。
受付には片眼鏡をした老婆がいた。
「すみません、魔石の換金をしたいんですけど」
老婆にエナが要件を伝える。
目でエナが俺に魔石を出すように言って俺は袋にしまっていた魔石を取り出し、老婆に差し出す。
品定めするように老婆がまじまじと魔石を見る。
「ほう、これは純度の高い魔石じゃな。相当のモンスターを倒したとみる」
見た目だけで純度が高いとか分かるのだろうか、それがプロというものなのか。
「上物の魔石じゃ。即決してくれるなら3金貨じゃ」
持ち主である俺の顔をジッと見つめる老婆。正直、この金額が高いのか安いのか分からないため、決めようがない。
「おい、エナ。3金貨ってどうなんだ?」
老婆に聞こえないボリュームでエナを呼ぶ。
「別にいいと思うよ。1金貨だけで1ヶ月は不自由ない生活が送れるから」
仮に1金貨10万だとしたら30万!
命懸けの報酬と思えば少し安い気もしたが無一文の今そんな贅沢は言ってられない。
「わかった、交渉成立だ」
「へへ、毎度あり」
巾着袋に金貨を3枚入れている老婆。
「あ、少し手間だが均等に2つに分けてくれ」
老婆は巾着をもう1つ取り出して金貨1枚と銀貨を100枚ほど詰める。
銀貨100枚=1金貨らしい。
100枚も入っている巾着はパンパンになり持つだけで音が鳴る。
もう1つは手に持ち、店を出る。
「それ、レイちゃんの分?」
「いや、あんたのだ。俺だけじゃ絶対にギガンテスはおろかスライムすら倒せなかったと思うからな」
俺はエナにもう1つの巾着を渡す。
「え、いいよ。好きで助けたわけだし」
「その好意に対する報酬だ。受け取ってくれ」
俺の気持ちを察したエナは渋々巾着を受け取る。
「じゃあ冒険者ギルドに行こうか」
換金所から2分ほど歩くと一際大きな施設があった。入口のところには盾に剣が交差している看板があった。
これが冒険者ギルドのマークのようだ。
両開きの扉を開けると酒場のような光景が目に入る。
丸い木製のテーブルが何席もあり、その席はほぼ満席で朝っぱらから酒を浴びるように飲んでいた。中には酔いつぶれて突っ伏しているやつがいた。
思っていたギルドと全く違う。
想像としては屈強な男達が蔓延っている感じだった。
「冒険者さま、ギルドに来るのは初めてでしょうか?」
受付の女性に声を掛けられ我に返る。
その女性は両耳が尖っており、お淑やかな雰囲気が漂っている。
エルフだろうか。それくらいは俺でも知っている。
「初めてだから登録したいんだけど...」
仲介に入ったエナ。納得したように机から書類のようなものを取り出し羽根ペンを差し出す。
「では、これに必要事項をお書き下さい」
差し出された書類を見てみるとよく分からない複雑な文字が書かれていた。
あ、ヤバい。これは言語が違うというパターンだ。どうしよう...。
こういうとき、翻訳する魔法があるはずだ。
落ち着いて目を瞑り自身に魔法を掛ける。
不安に駆られながらも目を開け書類を再度見ると日本語に直されていた。
心で小さくガッツポーズをして羽根ペンを手に取る。
書類には名前、歳、現在所属しているチーム名などといった個人情報だった。
必要事項を書き上げ受付の女性に渡す。
目を通して判子を押すと代わりにカードのようなものを渡してくれた。
「これに魔力を流し込んでください」
「あ、はい」
受け取ったカードに力を込めて流し込む。すると、淡く光出して文字が追加された。
「これがあなたの身分証になります。提示を求められた時は同じように魔力を流し込んでください。追加された文字が光りますので。くれぐれもなくさないようにしてください」
俺の魔力だけに反応して光る文字が俺のカードということの証明になるということか。
「登録できた?」
「あぁ、助かったよ」
「せっかくだから何か食べる? 何も食べないんじゃない?」
そういえばこの世界に来てから何も口にしていない。食欲よりも勝ることが多すぎてすっかり忘れていた。
エナは空いている席に座り、近くにいた店員に料理を適当に注文する。
しばらくして焼かれた魚や鳥の丸焼きなど規格外の料理が運ばれてきた。
「あたしの奢りだから気にしないでね」
「わるいな、ご馳走になる」
「ありがとうございます...」
「大丈夫レイちゃん? なんか元気がないようだけど」
エナも気付いたのかレイの顔を覗き込む。
レイは立ち上がりこういった。
「すみません、ちょっと出てきます」
せっかく来た食事に一口も手をつけないで冒険者ギルドをあとにしようとする。
「あ、おい。ちょっと待て、欲しいもんあったらこれで買え。待ってるからちゃんと帰ってこいよ」
巾着を渡す。さすがにお腹は減っているはずだから好きな物を買えばいい。
「..........行ってきます」
今にも消え入りそうな声で返事をして、レイは冒険者ギルドをあとにした。
浅くため息を吐いて椅子に座り直す。
「どうしたんだろうね?」
「さあ、あとで聞いてみる」
まだあいつと知り合ってそんなに時間は経っていない。気を遣って疲れているのかもしれない。リフレッシュになってくれればいいのだが。
次回はレイちゃんメインの話です。