30歳、魔法使いです
最近なろう界隈でおっさん主人公が人気らしいので流行にあやかりたい気持ちで書きました。
初めておっさん主人公書いたので生暖かい目で見てください。
ついにこの時が来た。
深夜の暗い部屋の中、壁時計の時を正確に刻む音が響く。現在の日付は3月20日。時刻は午後11時57分。あと3分ほどで3月21日を迎えようとしている。
また1つ俺は歳を重ねようとしている。
早いもので三十路の仲間入りを果たそうとしている。思い返せば、いい思い出なんてないような気がする。
何事もなく家の近くの高校へ行き、そのまま変哲もない一般企業へ就職。
出会いもなく、生まれて約30年彼女というものには無縁の生活だった。
そう、いわば俺は[童貞]というものだ。なんか文句あっか?
高校の同級生や同僚はどんどんと結婚し子供を授かり順風満帆な人生を歩んでいる。
終いには新人にも先を越されてしまった。
家庭を持てばそっちを優先してしまうため次第に飲みに行く機会も減ってしまった。
昔は就職すれば自然に彼女が出来て結婚して幸せに過ごすと思っていたがアクションを起こさないやつにそんな都合の良いことが起きるほど世の中は甘くない。
物思いに耽っていると携帯に通知が来た。
そっちに目をやるとSNSのアプリから誕生日通知だった。
定型文だが思ってもいないことに少し頬が緩んでしまう。
SNSといえばこういう噂を目にしたことがある。
【30歳童貞だと魔法使いになれる】
100%嘘の都市伝説だが不意にそんなことを思い出してしまった。
「本当に魔法使いになれたら異世界に行ってやるよ...」
誰もいない部屋に俺の声だけが響く。
深くため息を吐いた瞬間、窓の外が眩く光り出す。咄嗟に俺は窓へ駆け寄りガラッと開け放つ。
ーーそこには天使がいた。
純白の羽根、穢れを知らない無垢の輪。神話などで語り継がれる天使の姿そのものだった。
「..................」
そんな光景に俺は呆然と立ち竦んでいた。
もちろん、いきなりのことで理解が追いつかないのもあった。
が、しかし。天使は窓の縁にしがみついてわなわなと手を震えさせていた。
「あ、あの...よければ助けてくれませんか?」
アルトとソプラノの中間ほどの声音で天使は言った。姿や声を聞く限り女の子のようだ。潤んだ瞳で俺を見上げる。
「いや、羽根があるんだから飛べばいいだろ」
実際天使には小さいながらも羽が存在している。パタパタとさせながら天使は必死な口調でこう言った。
「こんな小さい羽で飛べると思うんですか!? 地球の重力を考えてくださいよ! そりゃあ月くらいなら飛べると思いますけども! 大体、天使=飛べるって発想やめてください! ていうかいい加減手が限界なんで早く助けてください、迅速かつ丁寧に!」
怒涛の剣幕に戸惑ってしまう。というか、迅速かつ丁寧にってどこの上司だよ。
迅速に対応したら丁寧になんて出来やしないんだよ。
「天使だからって偉そうに言うなよ。今の立場、どっちが上か分かってんだろうな? 幸いここは3階だから足から落ちれば死にはしないだろ。それじゃ俺は30歳の誕生日を噛み締めたいからこのへんで...」
といって、ゆっくりと窓を閉める。
「わーっ! すみません! 私が100%悪かったです! なんでも1つ願いを叶えますので助けてくださいお願いしますぅ!」
半分ほど閉めていた窓を開け直し天使の手を掴んで思い切り引き上げる。
天使は驚くほど軽く痩せ型の俺でも容易に持ち上げることが出来た。
「こ、ここまで天使にさせたのはあなたが初めてだと思いますよ...」
大きく肩で息をしながら天使は呟いた。
「やめろ、照れる」
「全然褒めてないです...」
もはや王道のやり取りを交わしたあと、コホンッと咳払いをして本題へ入り出す。
「私がここに来た理由ですが、宮野さんがそのぉ...ど...どうて...」
得意気に話していたと思うと急に言葉を詰まらせる天使に俺は首を傾げた。
そして天使が言いたいことを察した俺は不敵な笑みを浮かべる。
「どうしたんだ?」
「ど、どう.........どぅてぃ......なので」
顔がゆでダコのように紅くしている天使を見て心が晴れる。
やばい、なにかイケない道へ進んでいる気がする。
「なんだ? よく聞こえないからもう1回言ってくれ」
しばしの沈黙の末、腹を括ったのか大きく息を吸って、
「宮野さんはッ! 30歳童貞なのでッ! 魔法使いにッ! してあげますッ!」
このマンション全体に響くような声で叫んだ。この声を聞いたやつは俺が少女に下ネタを言わせて興奮しているクソ変態やろうと思うだろう。
「お、おい。ボリューム考えろよ...」
間近で聞いてしまい耳がガンガンして顔をしかめる。
「す、すみません...」
頭を下げて小さくなって謝る天使。
「それで、魔法使いって?」
「あれ?ご存知ないですか?30歳まで童貞っていう人は魔法使いになるっていう噂」
「いや、知っているが。あれってガセじゃないのか?」
「もちろん、全員が魔法使いになったら世界が終わってしまうので選ばれた人だけっていうことになりますね」
たしかに、30歳童貞だけなら日本だけでも数十万人くらいいるだろう。それらが全員魔法使いだったら大変なことだ。
「あと、魔法使いになる条件として異世界になるんですけど現代に未練ありませんか?」
「異世界?」
オウム返しに聞き直す。天使はゆっくりと頷く。
「まあRPGみたいな世界だと思ってください。二度と帰って来れないので慎重に選択してください」
「いいぜ、行ってやる」
「................え?」
「だから、異世界に行くって」
「いや...もう少し躊躇っても...」
元々この世界に未練なんてものはない。
実力至上主義の社会では実績を積まないやつは下に追いやられ年齢なんてものは関係なく上下関係が完成していく。
そんな社会に未練があるやつはよっぽどのエリート街道まっしぐらやったくらいだ。
それならまだ新しい世界に挑戦してみる価値がある。
「俺の意見は変わらないぜ。早く異世界とやらに飛ばせ」
「そのまえに魔法の説明をします」
「ああ、そうだったな」
異世界に飛ばされて魔法が使えなかったら意味が無い。
「まず、魔法についてですが種類とかはRPGを思い浮かべて結構です。発動の仕方も脳内で想像するだけで大丈夫です。本来は修行等を積まないとダメなのですが宮野さんは...そのぉ...寂しい人生だったので特別です」
「寂しい人生ってオイ...」
たしかに楽しい人生だったかと聞かれたら答えはNOだ。
俺は自虐気味に鼻を鳴らす。
「それと、異世界については特に制限することはありません。広大な世界を冒険するのもギルドを経営して大金持ちになるのも自由です。しかし、死んだらそれまでですので気を付けてください」
さすがに死者を蘇らせる魔法はない、というわけか。
「以上で説明は終わりです。何か質問はありますか?」
「1ついいか、記憶とかはどうなるんだ?」
「引き継ぐことも出来ますし消去することも可能です」
「じゃあ記憶はそのままで頼む」
なにかの役に立ちそうなので記憶は引き継ぐことにした。
「では転生始めますよ」
そう言って立ち上がった天使は両手を合わせた。刹那、俺の足元に淡い黄色の魔法陣が出現した。
そこで俺は1つ思い出したことがあった。
「あ! そういえばおまえ、助けた時になんでも1つ願いを叶えますのでって言ったよなぁ?」
「チッ、たしかに言いましたけどそれがどうかしたんですか?」
露骨に嫌そうな顔をして小さく舌打ちをしたがすぐに表情を元に戻して天使が問う。
俺は満面の笑みでこう答える。
「おまえも道連れだ、天使」
「.......え? え"え"え"え"え"え"え"え"え"」
今日1番の天使の大絶叫が響く。
「まさか神の遣いの天使様が約束を破るんじゃないだろうなぁ? これで破ったら堕天するんじゃないのか? あーほら綺麗な白色の羽が黒くなり始めた」
嘘だ、全く黒くなっておらず純白のままだ。だが如何せん羽が小さいため自分で羽を見ることは不可能だ。
間に受けたのか冷静さを欠いている天使。
「あぁもう! わかりましたよ! 行けばいいんでしょ! 行けば!」
半ば投げやりに俺の方へ歩み寄り、同じ魔法陣に入る。
そして俺を半泣きの瞳で見上げる。
「責任取ってくださいよ!」
といった瞬間、魔法陣はこれ以上にないほど光り輝き俺の視界を奪う。
身体が浮くような錯覚に襲われ気持ち悪くなる。
ーー光が収まり、恐る恐る目を開けるとそこは深い森の中だった。