3.高二病
ああ、彼は狂ってしまったのか。
人を殺す気持ちなどわかりようもないが、彼がそれに溺れていることは確かなようだ。普通に生きている人とは違う選択をして、彼は最高の刺激を見つけてしまった。
「……僕には理解できないよ」
「それなら実際やってみればいい。この快感がわかるはずだ。なあ、一緒に人を殺してみないか?」
「そういうことじゃないよ。自分の将来を台無しにしてまで刺激を求めるなんて、僕には理解できない……」
「なるほどな。だがよく考えてみろ。このまま適当に平凡な人生を送るぐらいなら、今ある日常をぶっ壊して、最大限に楽しんだ方がよくないか?」
確かに僕もそんなことを一度考えた時期がある。しかし彼がやっていることはあまりにも代償が大きい。
「……君はもしかして高二病ってやつなの?」
「……さあな」
いつもクールなのにはそういう理由があったのか。
「もう18歳だから死刑にだってなる可能性はあると思うよ。それでもいいの?」
「かまわないさ。その覚悟で行動を起こしたんだ」
「そっか……」
もしも僕が彼の悩みに気づいていたら、やり方を変えてくれていただろうか。もしも僕が彼ともっと親密になっていたら、踏みとどまってくれていただろうか。状況が何か一つでも違えば、結果は変わっていたかもしれない。
しかし今更考えても仕方がないことだ。いずれにせよ、彼が殺人を犯したのであれば、罪を償わなければならない。それだけは変わらない。
「もう一度確認しておくけどさ、それは妄想やゲームの中の世界でもなく、紛れもない現実でのことなんだよね?」
「ああ、そうだ」
「……さっき、殺したのは一人じゃないような言い方だったけど、殺した人はまだいるの?」
「そうだな……5、6人ぐらいか。快感だと言っていた割には、少ないと思っただろ? 殺すのって結構大変なんだぜ」
彼は完全に感覚がおかしくなっているようだ。
「それで、僕も殺す気?」
僕は冗談まじりの口調で彼に問いかけた。
「さあ、な」
彼はこちらから目線をはずし、ほくそ笑んでいた。僕も苦笑するしかなかった。
「ま、今はどっちでもいいだろ」
「いや全然良くないよ」
「でもお前のことだから、自分の目で確認しないと気が済まないだろ?」
「もちろんそうだね」
「だからどっちにしてもそれまでは俺と一緒にいるし、今は関係ないわけだ」
「いやその後が困るんですけど……」
「はは」
正直なところ、殺される気配は全くなかった。殺人による刺激を求めている彼が、僕をさっさと殺さないのは奇妙だ。殺そうと思えば、彼が僕を密室に呼び出して殺すなんてこと、他愛もない。にもかかわらず、今僕が生きているということは、他に呼び出した目的があるということだ。
おそらく彼は、このことを誰かと共有したいのではないだろうか。可能であれば、僕を仲間に引き入れて一緒に人殺しを楽しみたい、とか思っていたのかもしれない。
ほとんど自分のことを語らない彼が、僕に秘密を話してくれたことで、僕たちは本当の親友にやっとなれた気がした。
「それじゃあさっそく学校に行こうぜ」
「学校? ……あ、そこにある、ってことね」
「ああ、俺の部室に来れば全てわかるさ」
僕らは薄暗い夜道を歩きだした。