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とある休日

作者: しんこり



まだ肌寒さの残る三月の日曜日の朝、三畳の狭い部屋に、耳障りな音が鳴り響く。

意識もおぼろげな状態で、手探りでその源を探り、思い切り叩きつけた。

静かになった部屋で、掛け布団を蹴り飛ばし、伸びをして、立ち上がる。

いつも通りの毎日だけど、今日はすこし特別だ。カレンダーで今日の日付に、丸がついていることを確認して、誰に言うわけでもなく呟く。

「ハッピーバースデイ。」

今日は、僕の十九歳の誕生日だ。


世間でいうニートとは、そんなに珍しいものじゃない。高校生の頃はそんなものなるかと意気込んでいた僕だって、大学に落ちて、たいして勉強もせずバイト漬けの毎日だ。

ふとスマホに目を落とし、メールやLINEを確認しても、誰からもお祝いの言葉なんて届いていない。

そりゃそうだろう。バイト先の人達に連絡先は教えてないし、家族とは定時連絡すらとっていない。高校の友達なんて、ぼっちにはほとんどいなかったし、そもそもどこにいるかも、何をしてるかも知らないんだから。

「さぁて。行くか。」

ひとりぼっちのバースデイ。なら、何をしたっていいはずだ。お金もいつもより沢山使って、目いっぱい楽しむとしよう。

外に出て恥ずかしくない程度の服に着替え、ポケットに鍵と財布を突っ込み、家を出た。


鍵を閉め忘れた気がしないでもないけど、まぁいいか。たいして取られて困るものも置いていない。


「どうしたものか…」

僕には存外趣味は無い。そもそも、なんにも興味がないのだ。強いていうなら部屋に引きこもってネトゲ位はやる。でも別に上手いわけでもなく、暇つぶしの一環でしかない。

そんな僕が行くところなど、

「とりあえず…ゲーセンかな…」

今どきの若者の典型的なパターンだった。


1通り店内を見て回って、目に付いたのは大きな黄色いくまが入った、3本足のクレーンゲーム。こういうのは確率気だからやらない方がいいと誰かが言っていた気もするが、構わない。泣けなしだが金はある。

しかし、まさか3回で取れるとは思っていなかった。なんだ?誕生日だから特別な力でも働いているのだろうか。

とる気のなかったクマとにらめっこしていると、ふと少女がこちらを見ていることに気づいた。

少女とクマを三回ほど繰り返し見た後、まぁこんなものあの狭い部屋に置いておいても邪魔だから、

「これ、いるかい?」

と、声をかけた。

すると、少女は少し驚いたような顔をした後に、控えめに頷いた。

思わず可愛らしいと思ってしまう。いや、ロリコンではない。断じて。

クマを渡してあげると、パァっと、そこだけ花が咲いたような笑顔を浮かべ、「ありがとう!」の声とともに、母親であろう女性の元へ走り去っていった。

なるほど。人にありがとうと言われるのはこんなにも嬉しいことなのか。

思わず笑みを零した。


しかし、結局その後何も取れることはなく、考えたくもないほどの金額を浪費して、ゲーセンを出た。


気づけば1時を過ぎていた。腹も減ってきたが、これと言って食べたいものもない。どこまで自分に無関心なのだと呆れるが、本音だ。

仕方ないので、スマホのマップで周辺を検索してみると、すこぶる美味いらしいラーメン屋を見つけた。

なるほど。ラーメンは好きだ。そこにしよう。


 五分ほど歩き、目的のラーメン屋についた。扉を開き、のれんをめくると、さすが人気店というべきか。お昼時もぼちぼち過ぎたにもかかわらず、テーブル席は家族連れで埋まり切っていた。

 客から丸見えな厨房には、男性が二人、忙しそうに調理していた。

 とりあえず空いていたカウンター席に座って、メニューをとる。

 自営業だからなのかは分からないが、書いてある内容はシンプルなもので、一通りの味と、数種類のトッピング、後はチャーハンとギョーザだけだった。

 そんなに大食いなわけではないので、醤油ラーメンだけ頼んだ。

 待ち時間特にすることもなく、スマホをいじっていると、

「兄ちゃん若いねぇ!大学生かい?」

 店主らしき大柄なおっちゃんが話しかけてきた。腰に手を当てがって、体までしっかりとこちらに向けて。

 いや、作れよ。ラーメン。若いほうの人めっちゃ忙しそうじゃん。

「いえ。大学落ちて今一浪です。」

「そうか。そりゃ大変だな。」

 それだけ言って、厨房に戻っていった。

 なんだ、デリカシーのないおっさんかと思ったがそういうわけでもないのか。

「お待たせしましたー!」

 今度は若いほうの男性がラーメンを持ってきた。

 それだけでそそくさと戻っていくあたり、コミュ障なんだろうか。時代の波にのまれたな。

 さて、出されたラーメンはもやしに海苔、ネギにチャーシューといったシンプルなトッピングだった。

 ぺろりと平ら上げ、お会計をお願いすると、今度はおっちゃんのほうが出てきた。

まぁコミュ障には無理だろう。

ラーメン一杯で七百円というまあ妥当な額を払い、店を出ようとすると、

「もし大学に行く目的もないなら、家来いよ。人も足りてないしさ。あいつも似たような理由でここにいるしよ。」

 そういって後ろの男性を親指で指した。 

まさか初対面の人間にここまで親切にされるとは。この店の評判は店長の人柄なのだろうか。

「考えておきます。」

と、一言だけ言って店を出た。

美味かった。実に。誕生日に相応しかっただろう。


次は映画でも見るかと最寄りの映画館を探していると、右に金髪、左にメガネ、そして真ん中には…正直特徴のない普通のやつという何ともバランスの悪い見覚えのある三人組の男子が歩いてきた。

正直、いちばん会いたくない人達だ。気付かないふりをしよう。どうせあっちも気づかないだろうし。

しかし、そんな些細な願いは届かず、すれ違い、真ん中のやつに声をかけられた。

「あれ?×××××じゃね?」

なぜ声をかけた。ここは知らないふりをするのがセオリーじゃないのか。こちとら高校の友達なんて、会いたくもないのに。

「おぉ。久しぶりー。」

名前なんて覚えてるわけねーだろ。基本ぼっちだったんだよ。

心の中で一人愚痴をこぼしていると、右にいた金髪の青年が言った。

「お前大学落ちたんだっけ?どうよ?浪人生活は。」

悪気はないんだろうが癇に障るな。その言い方。

「いや、勉強してる暇なんかないよー。バイト漬けの毎日さ。」

「だよなー。」

そこで、少し違和感に気づいた。名前は知らないけど、顔は覚えてるこいつらは、いつも4人組だったはずだ。もう1人は…

「あぁ、あいつか?死んだよ。」

いつの間にか声に出てたらしい。左の眼鏡をかけたやつが答えた。

「えっ、死んだって…」

「あいつの家、父親が浮気してて、離婚して、母親も欝になって、どうしようもなくなったんだってさ。」

淡々と語るその目には、すこしだけ、涙が浮かんでいた。

「そうか…悪いこと聞いたな。」

「別にいいって。そんじゃまたな。」

そうして別れた。もう少し話したかったけど、たぶんこれ以上話したら、戻れなくなりそうだったから。


映画も見終わり、そろそろ日が落ちてきた頃、ケータイの着信音が鳴った。見てみると、バイト先の先輩からだった。嫌な予感を感じながら、電話に出ると、

「あー!出た出た!あのさ、今日の夜急な予定が入っちゃって。シフト代わってくんねーかな?」

…突然すぎるだろうよ。先輩。

「すいません。今日はもう代われないですね」

「いやいや、そんなこと言わずに!ほら!人助けだと思っ」

切った。いや、正しいだろう。それに、夜は明確な予定があるんだ。



もう、日が沈んだ。最後に行く場所は決めてある。最近出来たと噂のビル。十五階立てのその屋上には、街を見渡せる展望台がある。

綺麗だと思う。うん。

やりたいことは…無いけど楽しかった。

予定外なこともあったけど、それなりにいい日だったんじゃないか。

色んな人と話したり、感謝されたり…。こんな経験もうできないかもと思っていたから、純粋にうれしかった。ただ、それだけのこと。


今日は僕の誕生日。特別な日。なんでもない、休日。


今日出会った人が、明日生きてるとは限らない。


ハッピーバースデイ。僕。


最後に聞いたのは、頭が潰れる音だった。


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