承
「ほら、既にいるじゃない。その『身分知らずの主人公様』が」
この国の王族の一人とは思えないほど歪められた笑顔で、ジュールは微笑んだ。
その不敵な笑みを見たノックスは自分の頭をまた探ってみる。ああ、確かにいたではないか。私の婚約者とも何やら親密気にしていた。あの嫌でも目につく桃色が。
「それは、あのリリアージュ令嬢の事を言っているの?」
「そうよ、それ。最近アノア男爵が漸く平民街から見つけ出した、昔手を出した平民の娘。桃色の髪に安物のドレス」
「リリアージュ・アノア令嬢ですわね。ええ、確かに。彼女は主人公としての条件を見事全て満たしている人です」
「名前が言いにくい所も満たしているなんて、申し分無しなのね。凄いわ」
女性三人が乾いた笑みを浮かべているのに対して、ヴァンだけは口をへの字にしたまま不機嫌そうに黙っていた。体を気味悪く這いずる苛立ちを溜息でどうにか押し殺した後、重々しく口を開く。
「そいつなら僕にもよく話しかけて来たやつだ」
「え、ヴァンにも?」
驚いた。私の婚約者は女好きだし、確かに目を引く美しい顔をしているからあの手の令嬢に人気なのは分かる。だけどヴァンはどちらかと言うと女性受けしない性格だ。顔こそ端整だが、性格は氷よりも冷たい。自分と会話して価値があると判断した者にしか口を開かず、役立たずや無知とは目も合わせない。
「もしかして、貴方も王太子の取り巻きの一人となってしまうの?」
「なっ、心外だ!僕はそんな簡単に現を抜かす程、ノックスの瞳からは愚かに見えているのか?」
「アノア令嬢は身分の高い子息全員に須らく声を掛けているみたいですわねえ。この前王太子様とお話しされているのを見掛けましたけど、ジュール様は何か知っています?」
顔を怒りにより赤くしたままのヴァンをまあまあと優しく宥め、アガサはおっとりとした瞳のまま、今度はヴァンと対比するようにさっと顔を青く染めたジュールを見た。その視線に釣られ私もジュールへ視線を向けると、ジュールが先程までとは打って変わって顔色が優れないのを不思議に思う。いつも上に立つ人間として相応しい、悠々とした態度を取るジュールだ。こうして力無い表情は、友好的な関係のこの席に座るジュール以外の三人にもあまり見せた事はない。だからこそ、異常な様子の彼女が心配だった。
紅が少し色褪せた唇を震わせて、ジュールは口をゆっくり開く。
「兄様は仰っていたわ。最近は婚約者と上手くやれている気がしない。自分は最低な人間だ、と。思い詰めた様子でしたから、私は恋の助言をして・・・」
「な、なんと言ったの?」
「・・・兄様には幸せになっていただきたいわ。だから、自分を信じて本当の愛を見つけてほしい。と言ったの。私」
断定は出来ない。だが、私を含むジュール以外の三人はふっ、と口を噤んだ。
確かに熱く見つめ合う光景など王太子様とその婚約者の間で見た事は無かったけれど、まさかアノア令嬢が活発に動き出したその頃に丁度婚約者について王太子様が思い悩むなんて。少しタイミングが重なり過ぎだと言えるだろう。
王太子様はお優しい方だ。王となる為の教育を一身に受けたとは聞いているが、人を疑うのが苦手であり、部下が失態を犯しても罪を自分が被るなど。王子とは思えない程純粋でいらっしゃる。
より顔を青く染めるジュールになんと声を掛ければ良いか悩んでいる時、近くの机からカタンとカップの倒れる音がした。その音に弾かれてその方向へ顔を向けると、同じく音が気になったのか周囲の人全員から視線を向けられる王太子様の婚約者、そして私の友人である公爵令嬢シャルロットが自慢の美貌を歪めて固まっていた。そして少しの間を置いて『今なんと仰いましたか?』とか細い声を漏らす。
「すまないシャルロット。俺との婚約を破棄してほしい」
「・・・何故かお聞きしても?」
婚約を破棄。その言葉に私達は身を震わせる。そしてその発言者である人物が自分の実の兄であるジュールは、言葉も無いと言った様子で身を凍らせた。
可哀想に、形の良い瞳は零れ落ちそうな程見開かれている。
「俺は婚約者の君より、男爵令嬢のリリアージュを愛してしまった。不埒な俺は君のように凛とした素晴らしい令嬢には相応しくない。父王には全て話す。君に罪は一切ない事を」
「そんな真似をして、王太子という座が揺らぐ事は承知の上なのですか。私の父より、この婚約を持ち掛けたのは王家からと聞きました。それでも、宜しいのですね」
「今更感情は捨てられない。俺は廃嫡されるとしても、素直に頷く。それでもリリアージュと共にいたい」
「・・・そうですか」
そんな会話に周りは耳を大きくしている。当の本人達は成る可く事を荒立てないようにと配慮してこの庭園での告白を決めたのだろうが、それは失敗だろう。この時間帯は茶会を開く令嬢達が沢山いる。それに私達のように趣味を嗜む者もいるのだから。その場面で、何とまさか王太子と公爵令嬢という上位階級の二人による婚約破棄が成されたのだ。それはもう。嫌でも皆注目するだろう。この調子では噂が全体に回るのは早そうだ。
だがその場にまた油を注ぐように濃い桃色が揺れる。暗い空気が流れるそのテーブルに、ふわりと一人の女性が現れた。
「アレク様?何故シャルロット様を気遣うのです!その人は、その人は・・・。今まで私を虐めていた張本人だというのに!」
「なに?」
突如二人の会話に割り込んだアノア令嬢は、そのパチリと開かれた大きな瞳にこれでもかと涙を溜め、心の痛みを堪えるように唇をきつく結ぶ。
そんな様子のアノア令嬢の言葉を聞いた王太子様は顔を顰める。
ノックスの中に嫌な予感が走った。それは隣で苛立ちを隠しもせずに舌打ちするヴァンも同じだろう。これはそう。今の今まで私達が散々語り散らしていた幻の『婚約破棄物』だ!
「詳しく聞かせてくれないか、リリアージュ」
「は、はい。アレク様。私、前々からアレク様に相談をしていましたよね。物を無くしたり、一人だけ教えられた時間がずれていたり。・・・大切な。大切な髪飾りが壊れていたりしたと」
「ああ。聞いている。だがそれは君の不注意だと自分で片を付けたじゃないか」
「違ったのです!」
キンと甲高い声が響く。周囲はより注目をし始める始末。今更穏便に事を済ますのは無理だと言える。なのにも関わらず、これからこの公の場で断罪される筋書きのシャルロットは涼しい顔をしていた。これはもしや、返り討ちのパターンではないか?
ふと視界をずらすと、王太子様とシャルロットのテーブルの奥。数人の女性が薔薇園のアーチに集まっている所に見慣れた金髪がいた。そいつは私と目が合うと、何がそんなに面白いのかにっこり笑う。男の顔しか知らない令嬢からすれば、溜息を溢さずにはいられないほどの美しい笑顔だ。
そう。そこには私の婚約者、アランがいた。女好きで計算高く、最低な奴。
尚も私の顔を見てニコニコ笑う彼奴を睨んでいると、私の視線が向けられている先に気が付いたヴァンが私の顔を掴み、無理矢理自分の方を向かせた。不機嫌そうに歪められたままでいる赤色の瞳と目が合う。令嬢相手にそんな無骨な事をと怒りたかったが、止める。そうだな。今はあの男にも、ヴァンにも怒っている場合じゃない。今目の前で一応友人だと呼んでいた令嬢が糾弾されつつあるのだから。私はヴァンの手を振り解いて自由になると、もう一度彼等の話を聞くため視線を王太子様達のテーブルに戻した。
「全てはシャルロット様の仕組んだ事だったのです。アレク様。私の私物を盗み、捨てている所を見たと言う方が私に打ち明けてくれました。それに自分の取り巻きの三人にも強要させ、私に伝える時間をわざとずらし恥をかかせていたのです!」
「それは本当か、シャルロット」
「・・・アレク様はどう思います?本当に、そんな事を私がしたと思いますか」
「御託はよせ。今俺は、真実かどうかを聞いている。それ以外の言葉はいらない」
「そうですか。分かりました、正直に答えましょう。いいえ、私は身に覚えがありません。アレク様。その証言した生徒の見間違えでは?」
シャルロットの言葉に、アノア令嬢は酷い!とついに涙を流す。男とは女の涙に弱いものであり、こういった口喧嘩の場合は先に泣いた者勝ちになってしまう流れがある。さて、このまま婚約破棄物はどう着地をするか。動揺した様子や狼狽えた表情の無いシャルロットを見るに、どうやら悪役令嬢側はまだ決定的な証拠を隠し持っているに違いない。
やはりこれはざまあ物か。
「アレク様、信じてください・・・!私は事実だけを話しましたっ。それに、私が被害を受けているのに、嘘の犯人を追求する理由がありませんわ!」
「シャルロット。リリアージュはこう言っているが?」
「さあ?私は身に覚えがないと既に言いましたわ。その令嬢に虚言癖があるのでは?」
そんな言い方をすれば、余計怪しまれると分かっているだろうに。どこまでもプライドが高い子だ。それか、この態度も計算の内なのだろうか。
「シャルロット、残念だ。君に罪は一切ない形で婚約を破棄したかったが。もう一度改めよう。君には失望した。身分が下の令嬢を虐める様な人間は次期王妃として相応しくない。婚約を破棄する」
今度はこの庭園に響き渡る様な凜とした声で王太子様は告げた。右手でアノア令嬢をしっかりと支え、軽蔑した視線をシャルロットに注いでいる。その発言と共に、どこに待機していたのかゾロゾロと第一王子派の取り巻き達が三人現れた。
「今のリリアージュとアレクの話は聞いていた。我が婚約者がその悪女の取り巻きの一人として、リリアージュを虐めていた事を悲しく思う。そんな女とは俺だって、婚約を破棄させてもらう」
「その通りだ。俺も破棄する」
「僕もだ。残念だが婚約を破棄しよう。これで僕達は他人だ」
取り巻き達三人はこれまた、何故か都合良くこの庭園にいたそれぞれの婚約者の元へ行き婚約破棄を申し出た。自分達の言葉だけで勝手に破棄は出来ないが、これは申請という事だろう。彼等は王太子やヴァン同様、アノア令嬢に言い寄られていた令息達で。ヴァンや私の婚約者程ではないにしろ身分の高い連中だ。
「ヴァンは行かなくて良いの?」
「虫酸の走る様な事を言わないでくれないか。僕はあれ程低脳ではないさ。それに、あの女が『男爵令嬢』でこれが婚約破棄へ繋がる筋書きだと分かっていながら、その罠に飛び込む様な馬鹿はいないだろう?」
「さあね。それじゃあ、うちの婚約者はどう動くかが楽しみだわ」
「大変ですわねえ。まさか、集団婚約破棄だなんて。現実はやはり想像の斜め下を行ってくれるので楽しいですわ」
「・・・ジュールは大丈夫か?」
ジュール。そうだ。すっかり婚約破棄劇場に呑まれ思考の外へ飛び出てしまっていたが、ジュールの実兄が目の前で、男爵令嬢の口車に乗せられ婚約破棄をしてしまったのだ。
「ええ、大丈夫よ。それに私はシャルロットが兄様の婚約者であった事も不本意だったの。表沙汰は令嬢の鑑の様な顔をしておいて、中身は自分の事しか考えていない典型的な『主人公』だったのだもの。これで後は、筋書き通りに主人公による返り討ちが起これば、あの男爵令嬢からもシャルロットからも兄様を切り離せる。その後は塔に幽閉でもしておけばアレク兄様も反省するでしょう」
「だから止めなかったのね、ジュール。貴女の性格なら、あの場に割り込んで王太子様に平手打ちでもすると思っていたのだけど。シャルロットも気に入っていなかったなんてね」
ノックスは自分の友人が貶されているというのに、咎めるどころか楽しそうに笑った。そう、シャルロット。家同士の関係で友人と呼ぶ程度には付き合ってきたが、ジュールの言う通り確かに私達傍観者からしてみれば、あの主人公の性格は気に入らないものだった。物語の主人公を好きになれないのだ。話の展開がどう進もうと知った事ではない。
王太子様の取り巻き達三人にそれぞれ婚約破棄をされた令嬢達は、だがしかしこれもまた困った表情をするだけで焦るそぶりを見せない。目配せしたかと思えばシャルロットの周りに集まり、何やら不敵にニヤリと笑う。何だかその様子も演技のようにわざとらしくて蛆が這う。
そう思っている内に、シャルロットがくつくつと小さく笑い出した。その様子に周りが少しずつ気が付き始めたと同時に、肩を揺らす程大きく笑い声を上げる。この後返り討ちが待っていると知らない人から見れば、気が狂ったように映るだろう。
「ええ、ええ。婚約破棄、勿論受けさせていただきますわ。ありがとうございます、アレク様」
「ど、どう言う事だ?」
「私はとうの昔から貴方に対しての感情を捨てていたのです。だって、ねえ?そうでしょう。貴方はいつも無知で、愚かだった。それに婚約者として私がいるのにも関わらず他の女性に手を伸ばすような方は信用出来ませんわ」
「私が、無知で、愚か?」
王太子様は信じられないとでも言うように表情を固める。
「ええそうです。自覚がないなんて可哀想。私はいつも、将来王妃の椅子に座る為努力してきました。刺繍も、勉学も、マナーも。貴方の隣に立って恥ずかしくないように。なのに貴方ときたら!国務を放ったらかして男爵令嬢に鼻の下を伸ばすなんて最低です。そんな男、こちらから願い下げだわ」
「だが君はリリアージュを虐めたのだろう!どれ程王妃となる為に努力をしていたとしても、心根が腐っていては意味がないはずだ」
「心根が腐っているのは私ではなく、貴方の横にいるその令嬢では?ありもしない嫌がらせを作り上げ、王妃の座を横から易々奪ってみせたのですからね?」
何を根拠に!と王太子様が声を荒げる。男爵令嬢は思ってもみなかった展開に顔を青く染めるだけで、口を開けないと言った様子だった。
「それは私が説明しましょう。私達が嫌がらせを強要されたとリリアージュ様は言っていましたが、そんな事実は一切ありません」
「そうですわ!反対に私達が授業に出席するよう注意しても、私はそんな事をしなくても才能があると断ったのはリリアージュ様の方です!」
「シャルロット様は何もしておりません!それどころか、お優しいシャルロット様は複数の異性に近付き過ぎのリリアージュ様に、私達令嬢を代表して注意を呼びかけてくれたのです!なのに、リリアージュ様は、それを無下にして!」
王太子様もその取り巻き三人も、アノア令嬢にそれは本当かと詰め寄る。
だが青ざめたままのアノア令嬢は何も言う事はない。小さく口から、嘘、嘘よと見苦しい言葉をこぼすだけだ。
「アレク様。この婚約は王に頼まれた為、私の父も断り切れず渋々頷いた事だとは言いましたわね。それをご自身の手で帳消しにしたのです。王からの罰を受ける覚悟はありますね?」
「良くて平民落ち。最悪、その隣の令嬢と共に縛り首かしら?」
「そうよ!それくらいされて当然だわ!シャルロット様を信じずに、あろう事か罵ったのですから!」
「そうよ!それがお似合いだわ!」
きゃあきゃあと今度はシャルロットの煩い取り巻き三人衆が騒ぎ立てる。
王太子様に向かって縛り首だのと申すなんて、何方が無礼か分かったものではない。隣のジュールも流石に我慢の限界が近いのか、ギリギリと白い歯が音を立てている。ジュールはいくら毒舌で猫のように気儘な性格でも、王太子様の事は心から愛しているのだ。唯一正妻の子供として実兄であるアレク様に向ける思いは、他の兄弟とはやはり違うのだろう。だからこそ、そんな王太子様が罵倒されているのだ。頭に来ない方がおかしい。それも身分が下の者たちに汚らしく言われている光景など、我慢出来るはずがない。
「皆さん、ありがとう。私は良い友人を持ったわ」
嘘つき。自分より下の者を友人と呼ぶ事などなかった癖に。同じ公爵令嬢である立場で、自分が第一王子の婚約者になった時私を見下し笑っていた癖に。よく回る口だと今度は私が笑ってやる。
「ですが私の元婚約者とその愛人の罰は私達でなく、この方々に決めていただきましょう?」
カタンと立ち上がりシャルロットが向かった先にいたのは、王とその王妃であった。あまりの事に周りも騒然とする。
哀れなジュールは失神しそうになっていた。私もあり得ない、とヴァンと目配せした。こんな時間に。こんな場所に。王様と王妃様が直々に足を運ぶなんて。家臣たちが慌てふためく姿が目に浮かぶ。一体どこからの伝手で頼み込めばそんな事が叶うのか。
「父上!」
「アレク。お前には失望したと言わざるを得ない。この婚約がどれ程大切だったか知っているな?なのにも関わらず、こんな。人目のある場所で婚約破棄を行いシャルロット嬢に恥をかかすなど。王太子として不相応だ」
「貴方は今日より息子ではありません。これ以上我が王家に泥を塗るのはやめてちょうだい、アレク!」
その場に、王直々に罰が言い渡される。王太子であったアレク様は平民落ちと成され、通常は資金に充てる持ち物も全てシャルロットが請求した慰謝料の代わりとし、全てが没収され無一文の状態となる事が決定された。
そしてリリアージュ嬢は王太子含む複数の子息を誑かした罰を国家反逆とし縛り首の刑が言い渡された。
なんとも。まあ。小説通り。私達が危惧し馬鹿にした設定通りに事はなされた。あまりの事にアガサも声を上げない。感受性の高い彼女は、いつもこのような場面に遭遇すると人一倍に反応を示すのに。アレク様も、リリアージュ嬢も、顔を青く染め呆然としている。まさか急に王が現れ、それ程の罪を背負わされるとは思ってもいなかったのだろう。私も思っていなかった。
王様はそんなアレク様に最早興味など無いのか、視線を他へ投げる。
「そうだな。王位継承権はアレクには無くなった。次の王太子は私から宣告する。それは第四王子のリアムだ」
また周囲は騒めく。何と言った。王は今、第四王子と言ったか?
遠くのテーブルで一人菓子を摘みながら侍女と気さくに話していた第四王子が慌てて顔を上げ、「な、なんて俺が?」と慌てたように言った。
何だか王子とは思えないその口調にげんなりする。それならまだ、ジュールの方が不敵とした態度で男らしいと思うが。
「第二王子は病弱だ。あれは体が弱くなかなかベッドから出られない。それに第三王子は遠方の姫と婚約を結んでしまった。姫との婚約を断ち切ってまで家に帰らせるのは難しい」
「だ、だから消去法で俺ってわけですか」
慌てて立ち上がった第四王子は困ったように笑う。
「確かにアレク兄様の失態はここで見てました。けど、俺は少し前まで遠方に行ってたし王になる教育も受けてません。今更王になれって言われても困りますって!」
私はヴァンを占い師でも見るような目で見つめた。ヴァンもその視線に気が付いたのか、嫌そうに顔を逸らす。
先程ヴァンが話していた男主人公物の流れ通りになってしまった。まったく、この現実では何故そうも設定が山盛りなのか。王道の良いところを、我儘にどちらも取るから既に周りは収拾が付かない状況になってしまっているではないか。
「いいえ、陛下。リアム様は大変優れた方です。遠方の学園でも多くの友人に囲まれ勉学に励まれ、弱音一つ吐く事はありませんでした。リアム様以上に王に相応しい方はいないかと」
「おい、ニア!勝手に俺を持ち上げるようなこと言うなってば!俺がこのまま王太子になっちまうだろ!」
「ふむ。リアムは王太子になりたくない様子だな。理由を聞いて良いか?」
「は、はあ。その、俺はアレク兄様みたいに聡明でもないし、剣の腕もない。だからこんな俺なんかが王になったとしても国を駄目にするだけだと思って。それに俺には厳粛な王の座は似合わない気がするんですよ」
つまり王という身分は面倒臭い、と。王本人である父親の前でそんな事あっけらかんと言えるのだから大したものだ。
ジュールはとっくの昔に勢いを失い、口を押さえ目を瞑っている。アガサが慌てて水を持ってくるよう近くの侍女に伝え、自分が膝に掛けていた毛布をジュールへ渡す。そして背中を摩るように介抱した。
「ジュール様。しっかりしてくださいまし。もしこれ以上は見たくないのなら私が付き添いますので、建物に参りましょう。これ以上我慢する必要などこの茶番にはありませんわ」
「ありがとうアガサ。けど、いいの。私は第一王女として、アレク兄様の実妹として。最後までこの茶番を見る必要がある。途中で抜けては情けないわ」
「あまり無理はしないでね。顔色がとても悪いわ。死人のような色をしている」
私へジュールは微笑んで、そしてもう一度姿勢を正すとまた強い意志のこもった瞳を渦中へ向けた。なんと意思の強い心なのだろう。私なら早々に涙を零し目を塞いでいた。
「ほう、面白い。そう自分らしさを捨てずにいられる者ほど、王の座は相応しいのだ。リアム。やはりお前は王太子となれ」
「えー!?嘘だろ、俺は絶対王太子なんかならないと思ってたのに!」
「やりましたねリアム様。大出世です」
「ニアは黙っててくれ!」
とんだ茶番だ。よくもまあ、そんな汚い言葉遣いで公の場で話せるものだ。
あのニアという侍女もなんだ?やけに自己主張が激しい。侍女は言葉を発する事も簡単には許されないというのに。まるで友人のように第四王子と接している。まったく気味が悪い。
第四王子、リアム。確かに存在こそ知っていたが、彼の誉れ高い話は一度も聞いた事がない。それといった長所がない事から遠方へ飛ばされたと聞いたが、何故このタイミングで戻ってきていたのか。王が、こうなる事を知っていて手紙を出していた?だとしたらこの場に王を呼んだのはシャルロット?だが彼女にそれだけの力があったかどうか。もう一人、誰かが裏の、そのまた奥に潜んでいる気がしてならない。
「尽力せよ、リアム」
「うへー、分かりましたよ。でもその令嬢達も可哀想だ。アレク兄様の取り巻き達についでだから、みたいな軽い感覚で婚約破棄されてしまって。折角全員美人なのに」
「び、美人だなんてそんな・・・。リアム様は口が上手ですわね」
「そうよ、私達そんな事。婚約者からも言われた事がないのに」
かあ、と顔を赤く染めたシャルロットの取り巻き達が第四王子に近付く。
全員が気恥ずかしげにする様子を見て第四王子はけろりとした顔で、「そんな事ないよ」と言ってみせた。
「その婚約者達は酷い奴らだな。こんな美人で、友人思いの優しい女性を放っておくなんて。見る目がないんだろう」
「リアム様・・・」
「素敵・・・!」
アレク様を支えていた三人の取り巻き達が顔を曇らせ、唇を噛み締める。彼らにとっては酷い屈辱だろう。尊敬していた第一王子は見事に場外へ蹴り飛ばされ、後釜のようにパッと出の無能な第四王子がその場を美味しくいただくのだから。
私はそんな光景に内臓が口から飛び出してしまいそうなほどの嫌悪感を強く覚え、咄嗟に口を押さえた。するとヴァンが私の手と自分の手を重ね、体調が悪いのかと聞く。大丈夫だと言うが、ヴァンは納得していない様子で、慣れていない手つきで不恰好に私の頭を撫でた。まさかヴァンがそんな事をしてくるとは思ってもいなかったので少しポカンとする。だが恥ずかしそうにパッと離されたヴァンの手で正気に戻り、ありがとうと言った。おかげで少し気分がましになった。
「うふふ、私も皆さんには幸せになってもらいたいもの。王太子の婚約者は、私はもう辞めるわ。後は貴女達の好きなままに進んでちょうだい」
「はい、シャルロット様」
最後の纏めとばかりにシャルロットは優しく微笑みながらそう言った。するとその言葉に触発されたのか、王がまた口を開く。王妃様は早い内に近くの衛兵に案内され少し離れた屋根のある椅子に座られた。すかさずメイドが紅茶を運ぶ。
従者達も大忙しだ。
「すまなかったなシャルロット嬢。婚約破棄という肩書きが君に付いてしまった。その詫びとして、また新しい婚約を取り付けよう。王の監修という名の下で婚約が成されれば、それは強固となるだろう。アレクの他に、誰か思い人はいないだろうか?」
「そうですわね。では、一人。昔からずっと痛みを分かち合っていて、今回も私を心から支えてくれた方がいます。その方でもよろしいでしょうか?」
それは、アレク様の事を言えなくなるのではないだろうか。遠回しに自分も婚約者以外に恋をしていたと言っている。
だが周囲の取り巻きや王様、王妃様はそんな事聞こえてもいないようにただ微笑むだけ。どういう事なのだ。
「良かろう。名を申してみろ」
「はい。アラン・エドガー様ですわ」
アラン・エドガー。それは確かに私の婚約者の名前だった。
続きは明日投稿します。最終話も明後日の予定です。